8 再会

「だんちょー!!!! 生きてたんですね!!」

「やめろ抱きつくな、気持ち悪い」


 緊張の糸から開放されたカインは、まるで幼い子供かのようにノエルへと飛びついた。成人した男が少女に抱きつく姿は、傍から見れば明らかに変な関係に見えるが、よくよく考えれば男同士だとしても変なままだ。

 初めのうちカインは「団長は女でもなければ、魔族でもないっす」とか言って信じようとしなかったが、アンヌの説明もあってか、ようやく目の前の魔族がノエルであることに気づいたようだ。


「す、すいません。……でも、団長も、大変だったんすね」


 カインは自身が経験したこの2日間を振り返りながら、そしてノエル団長が経験したこの2日間を想像しながら、ゆっくりとそう言った。

 それに対してノエルは、何も言わずにただ一回だけ頷いた。


「ところで団長」

「なんだ?」

「その隣の魔族も、実は仲間の騎士なんですか?」


 カインは、アンヌのことを指さしながら言った。

 ああ、そうかとノエルは気がついた。ノエルが魔族の姿に変えられてしまった様を見て勘違いしたようだが、残念なことにアンヌは正真正銘の魔族だ。生まれたときから、今日に至るまで。


 見た目は魔族だが、中身は同族――のようなカインの淡い期待は、すぐに打ち砕かれることとなる。


「私はアンヌと言います!

 ……なにか期待しているところ申し訳ないんですが、私は生まれたときからずっとこの姿です」

「えっ、……ということは、ホンモノの魔族っすか!?」


 カインは驚いたように声を上げた。それに対しノエルは肯定する。


「ああ、だから信用しないほうがいいぞ」

「えっ、酷いです!!」


 アンヌは顔面を両手で覆い隠しながら、大袈裟に言ってみせた。なんと白白しいことか、自分が全く信用されていないことなど既に知っているくせに。


 ノエルの忠告に、カインはこくこくと頷いた。そして、アンヌのことをなんとも言えない表情で見つめた。

 ノエルは思った。このくらいの温度感が丁度いいな、と。


「ノエル様? 大体、私は『騎士』と言ったらダメなのに、なぜ彼が『団長』と呼ぶことは認めるんですか? というか騎士団長だったんですね、すごいですね!」


 アンヌがそんなことを言ってきたが、ノエルはただ「ありがとう……?」と微妙な感じで感謝の言葉を言うだけだった。それに対してアンヌは、「褒めてないです!」とまたぷんすかと喚いていた。

 騒がしいやつだな、とノエルは呆れた様子だ。


「あーえっと、団長は、これからどうするつもりなんですか? 自分の体を取り戻しに行くんですか」


 カインがそう聞くと、ノエルは「そうだ」と簡潔に答えた。


「俺も付いていきたいっす。……団長、我儘なのは分かっていますが、俺も第3騎士団の騎士です。俺、まだ団長の下で働きたいっす」


 まだ第3騎士団に来て半年だと言うのに、その忠誠心は目を見張るものだ。カインは真剣な目で、ノエルを真っ直ぐに捉えた。


「本当にいいのか? なあカイン……俺はもう騎士ではない。この姿を見ろ。俺の側にいるということは、魔族に与したということと同義だ」

「それでも、構いません」


 カインはきっぱりと答えた。その強い意志を感じさせられる声に、ノエルは拒否することなど出来なかった。

 はあ、と若干呆れたように、しかしちょっとだけ嬉しそうに、ノエルはため息をついた。そして、右手をカインの首元に伸ばすと、その襟元に装着されていたバッジをぶちっと勢いよく外した。そう、リンドブルグ王国騎士団の証である襟章を。


「カイン、俺たちはもう騎士ではない。俺たちは死んだも同然だ――俺の肉体を取り戻し、そして王国を破壊しようとする奴らを止めるんだ」

「団長……どこまでも着いていきます!」


 目をキラキラと輝かせるカインに、ノエルはふっと少しだけ笑った。


「ああ、同行者たる私の了承は必要ないんですね。ええ、そうですか。ノエル様は仲のいい友達同士の宴席に、勝手に自分だけの知り合いを呼ぶタイプの方なんですね。まあ、全然いいんですけどね。我々に加わることも、『団長』呼びすることも……ええ、全然なんとも思ってないですけどね」


 一連の様子を静観していたアンヌだったが、ついに口を開いたかと思うと、今度は厭味ったらしく早口で捲し立てた。

 めんどくさい奴だ……とノエルは困った様子で天を仰いだ。

 そもそも勝手に自分を「仲のいい友達」扱いをしているが、ノエルがアンヌのことを友達だと思ったことは一度もない。


「……何をそんなに怒っているんだ」

「いえ何も、全く怒ってなどいません。ですが……これから毎日お話をしましょう。ノエル様の好きな食べ物とか、好きな女性のタイプとか」

「はぁ……?」


 なにをこれほどこの魔族は俺に興味があるのだろうか、とノエルは心の中で思った。

 カインはカインで「俺も気になるっす!」とか言ってて、よく分からない。

 お互い対抗心があるように見えて、実は相性が良いのではないだろうか。


 若干面倒になったノエルは、強引に話題を変え、目的地についての質問をする。


「おい、そんなことよりアンヌ。俺たちはどこに向かうつもりなんだ?」

「ああ、確かに伝えていませんでしたね……」


 アンヌは少しだけ勿体ぶって、目的地を発表した。


「我々は、セリーヌ共和国へ向かいます!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る