7 絶望の起床
――パキッ。
そんな音に、ノエルは気づいた。
枝が折れるような軽い音。森の中では定番の音かもしれないが、この音色だけが単一で聞こえるのは少しだけ不自然だ。
これは確実に何かがいる。ノエルはそう確信した。
ふとアンヌを見ると……こいつ、全然気づいてねえ!
「おいアンヌ、あそこに何かいるぞ」
ノエルが小声でそう伝えると、アンヌはキョロキョロと辺りを見回し始めた。音が聞こえたのは、ノエルから見て左側だった。二人とも歩みを止め、目を閉じ、耳から入ってくる情報に専念する。
静かになった森には、一見誰もいないように感じるが、やはり……
「……いますね」
「ああ」
小さな声、かつ最小限の単語で会話をする。
そして一瞬目をあわせ、頷きあう二人。もはやそこには言語は不要。通じ合った二人は、アイコンタクトだけで次の手順を共有できていた。
ノエルは静かに小さなナイフを取り出し、体の前に構えた。まずは静かに、ゆっくりと距離を取り、退路を断つと同時に刺激しないように接近する。
「たのもー!!!!!!!!」
「違う!」
前言撤回。
全然、通じ合えてなどいなかった。
アンヌはそんなクソデカい声を出しながら、樹木に向かって魔法を放った。
水平に放物線を描いたその魔法は、まるでブーメランのように木の幹を横から綺麗に回り込んで、隠れていた人間にクリーンヒット。
「バカ、やりすぎだ!」
樹木から吹き飛ばされるように現れたのは、一人の男。
「ぎゃあ」とかいう、これまた間抜けな悲鳴をあげながら、アンヌの魔法に捕らえられていた。
思ってたのと違う!
魔族の脳筋ぶりに頭を抱えた。ノエルはアンヌに猛抗議しながらも、地面に倒れ込んだ男の元へと駆け寄った。
「ノエル様! そんな心配しなくても、ただ脅かしただけですよ!」
「そうじゃないが…………。はぁ、お前とはもう少しお互いを知るための時間が必要だな」
「へっ!? 私が悪いんですか!」
背後で騒いでいるアンヌは無視しつつ、地面にうつ伏せになって倒れている男を観察する。
アンヌが手加減していたのか、怪我は特になく、ただ気絶しているだけのようだった。そして次に気づいたのは、彼の服装。
白地に青の差し色の入った制服、武器や防具は身につけていないが、この金色の襟章は明らかにリンドブルグ王国騎士団の証だ。
「カイン、起きろ」
「……もしかして、お知り合いですか?」
「俺の部下だ」
ノエルがそう呼ぶ目の前の男は、カイン――第3騎士団に半年前に所属したばかりの、新人の騎士だった。ノエルの直属の部下。訓練のためにノエルとともにこの地へやってきていたのだ。
てっきり全員死んでしまったのかと思いきや、どうやらカインは運良く生き延びていたようだ。
ノエルは、カインの頬をぺしぺしと叩いて起こそうとするが、どうにも目が覚めない。
そしておもむろに取り出したるは、動物の革でできた水袋。
中には今しがた沢で汲んだばかりのキンキンに冷えた水が入っている。
動物の角でできた蓋を外して、ノエルは勢いよく水を掛けた――カインの顔面に。
「うわ、冷てぇっ!」
ゲホゲホと
カインは顔面についた水滴を手で拭い、少し眩しそうにしながら目を開いた。
「いきなり何するんすか、危うく溺れるとこ……ろ……」
カインが今の状況を理解するまでに、そう時間は掛からなかった。
仰向けになったまま、小さな震えた声でなにかを呟くと、恐怖からかわなわなと震えだした。
「うわああああああああああ!!!!!!
殺さないでください、命だけは!!!! 俺は食べても美味しくないっすよ!!!」
カインの顔を覗き込むように見ていたノエルだったが、目が合った瞬間、カインはパニックに陥り、必死に後退りをしながら逃げようとするのだった。
ああ、とノエルは静かに納得する。ノエルは、数時間ほど前の自分の姿を思い返した。湖面に映り込んだ魔族の姿を見た、自分自身のことを。
カインもあの時現場に居たはずだ。
どのようにして生き残ったのかは分からないが、尋常じゃない恐怖にこの2日間カインが苛まれていたことは、想像に難くなかった。
「……難しいとは思うが、落ち着いてくれ。お前を攻撃するつもりはない」
だからなるべく、ノエルは優しく落ち着いた声を出すことを心がけた。
まずは攻撃する意図を見せないこと、それが一番大事だ。
ノエルは膝を付き、一人の騎士としてノエルに向かい合った。
「俺はノエルだ――――カイン、よく頑張ったな」
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