5 仲間
ごほんと咳払いをしたノエルは、ちょっとだけ脱線していた話をもとに戻す。
「お前は俺の仲間だと言ったよな」
「ええ、もちろんです」
仲間かどうかという質問に、アンヌは元気よく肯定する。
一旦そこで言質をとったノエルは、アンヌを見定めるように次の質問を投げかけた。
「お前はレオノーラを、殺すことができるか?」
アンヌは「うーん」と少し考えたが、すぐに結論を出した。
「無理ですね! 私は親愛なるレオノーラ様の下僕なので」
きっぱりと言いきったアンヌ。
ノエルは終始無表情だったが、彼の拳がぎゅっと強く握られていることに気づく。
そんな様子を見たアンヌは、ノエルの額を左手の人差し指でぽんと軽く押した。
「ふふ、残念ながらノエル様、今のところ貴方にレオノーラ様を殺す力はありません。なんなら、私すら倒すことすら不可能でしょうね」
ノエルは何も反論できなかった。
魔族に敗れ、体を奪われてしまったという事実が、ノエルに追い打ちをかける。
「残念ながら、弱者が強者を征すことはできません。弱肉強食とは、この世界――特に我々にとっては、覆すことのできない絶対的な理なのですよ」
無言になるノエルだったが、アンヌは更にこう言った。
「それに、レオノーラ様を殺すことはオススメできません」
「どういう意味だ?」
「だって、レオノーラ様の死はすなわち、ノエル様の体の死を意味するのですから」
アンヌの言ったことは、至極当たり前の話だった。
レオノーラを殺すということは、ノエルの体の死も意味する。肉体を入れ替えられているのだから、当然の話だ。
だから一旦体を元に戻してからレオノーラを殺す必要がある、とアンヌは言う。
「ならどうすれば、俺は元に戻れるんだ?」
「転換術は、どうやら一種の契約魔法のようです。契約の解除には『術者の死亡』『術者の同意』『術式の破壊』のいずれかが必要です。
まあ一つ目の『術者の死亡』は先程の通り却下ですので、実質2通りしかありませんね」
アンヌの立てた三本の指は、すぐに二本になった。
残念ながら、既に選択肢はあまり用意されていないようだ。
「二つ目は『術者の同意』――これは文字通り、術者が解除に同意すれば契約は消滅します。レオノーラ様は目的が達成されれば、元の体に戻るつもりでしょうし」
そもそも契約魔法は、対象者をある条件で縛っている形式だ。契約を満了するか、あるいは術者自身が契約を破棄するか。
レオノーラが手綱を手放すのを待てば、この契約魔法というのは効力を持たなくなる。ある意味正当な方法であり、レオノーラもいずれこの方法でもとに戻るつもりだろう。
だが……これは即ち、レオノーラが納得するところまで肉体を使わせてあげれば、元の体に戻れるのではないかという話だ。
「つまり奴が、王国を破壊しきるのを待つということか?」
「まあ平たく言えばそうですね。……いえ、正確に言いますと、私もレオノーラ様の目的を詳しく知っているわけではないんです。ただ王国にとって、良くない結末であることには変わりないでしょうね」
レオノーラの目的とは、王国を乗っ取るか、破壊すること。このどちらかであることは、想像に難くない。なぜその目的にノエルの肉体が必要なのかは依然として不明だが、おそらくノエルの立場を利用して何かを計画しているのだろう。
「もちろん、レオノーラ様を屈服させれば話は違うかも知れませんが……私にはあの御方がそのように負ける姿が想像できません」
アンヌの脳内には、いくらズタボロになっても妖艶な笑みを浮かべながら、這いつくばってでも抵抗するレオノーラの姿が浮かんだ。あのプライドの高さと実力ならば、敗北という概念すら存在しなさそうだ。
つまりこの方法は非現実的。
……というか、そもそも彼女に勝つことは可能なのだろうか?
アンヌは彼女の強さを再び思い返し、身震いした。
「最後の『術式の破壊』――これは非常に強引な方法ですが、単純な契約魔法の解除にはよく使われます」
アンヌは最後の指である三本目を折りたたんだ。
『術式の破壊』といえば聞こえが悪いが、どちらかというと錠前をピッキングして開けるような話だ。魔術を構成しているパーツを一つずつ丁寧に分解して取り除くことで、その機能を停止させる。
「これは可能なのか?」
「うーん、術式が高度すぎて可能かどうかは、正直な所全く分かりません! しかも、破壊にミスったらレオノーラ様とノエル様の二人とも死にます!」
「ダメじゃねえか」
そんな身も蓋もない展開に、思わずノエルはツッコミを入れた。
「だって、複数の術式が何重にも入れ子になったり、色んな所が相互作用したりしていて、観察しても全然わかんないんですもん。よくこんなもの作ったな、って感じですよ。まあよっぽど時間を掛ければ、不可能ではないですけどね」
「まだこの中で一番マシな方法だということか」
「そういうことです」
アンヌはうんうんと自慢気に頷いた。
あまり出来ないことを誇るんじゃない。
「でもどちらにせよ、レオノーラ様を無力化させるのは必須です。術者本人がいないと、術式の破壊もできませんから」
アンヌ曰く、結局のところ、いずれの方法にしてもレオノーラとの直接対決は避けられないようである。
どの方法であっても、既に主導権はあちらにある。肉体という人質を取られている以上、彼女よりも優位に立つことは必須であるようだ。
「――俺は、本当に戻れるのか?」
「今のままじゃ無理ですね。それか王国の運命と引き換えですね~。なんてったって、肝心のノエル様が雑魚なので」
ひねり出すような口調のノエルだったが、対してアンヌは真っ向から彼を否定した。雑魚呼ばわりされたノエルは、思わずアンヌの目を見た。
ノエルは第3騎士団のトップに若くして上り詰めた実力のある騎士だ。ノエル自身も驕り高ぶっていたわけではないが、雑魚と言われるのは心外だろう。
「ノエル様、よく思い返してみてください。あなたはレオノーラ様になにか抵抗できましたか?
……少なくとも、私相手には勝てるようにはならなければいけません」
イントネーションが若干小馬鹿にしたような感じだったが、ノエルはただ黙って受け入れるしかなかった。暗に「現時点のノエルはアンヌにすら及ばない」ということを告げられているのだ。
ノエルはなにも言わず、自分の両手を見る。
仲間を救えなかったこと……その悔しさと怒りが重くのしかかる。
「でも救いが一切無い訳ではありません! 現在、レオノーラ様は一切の魔術は使えません。人間の体だから当然ですね。あの御方なら、何かしらの対策はしているでしょうが……勝機があるとすればそこです」
「どういう意味だ?」
ノエルは思わず聞き返す。
「あの御方の強さは、今まで誰も成し遂げなかった偉業をいとも簡単に達成されるその技術力。その世界の理を覆すほどの膨大で圧倒的な魔力です」
アンヌは、ノエルの両手を握る。そして、彼をじっと見つめて言った。
「魔力は肉体に宿ります。今ノエル様は、その絶大な力の一片を握っているのです。
……目線を変えれば、レオノーラ様はその力の根源を今失っている状態なのです」
アンヌのその言葉を聞いて、ノエルはふっと笑った。
「……よく分からないな」
「ん、何がです?」
「俺を助ける理由――俺を仲間だと言う理由が」
若干の自嘲も入っていただろうか、ノエルはそんな微妙な表情をしながら吐き捨てる。
対してアンヌは握っていた手を離し、おもむろに立ち上がった。
「つまらないこと聞くんですね……全ては、計画通りに動いています。
ええ、全て順調に――」
意味有りげな笑みを浮かべるアンヌ。その表情を見るまで忘れていたが、そういえば彼女が魔族だったことをノエルは思い出した。
「なんだよそれ……」
「ふふ、ノエル様にも悪くない話でしょう?」
どうやらまだ理由は教えてくれないらしい。
ノエルはふと、アンヌの顔を見た。
――どこか無邪気に笑うアンヌの表情は、あの夜見た忌々しい景色を思い返させるものだった。
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