第四の試み

「そうだな……神は一本足の怪物で、聖なる動物はアシカだ。木の葉を信仰の対象とし、木の葉を踏みつけることは罪になる。だから森の中には入れないってわけさ。この宗教を木の葉教と名づけよう。

あと、左巻きが吉で、右巻きは凶ってことにしよう。つむじが右巻きの人間は徐々に淘汰されて、木の葉教圏には左巻きの人間しか残っていない。他の宗教の信者達は木の葉教徒のことを軽蔑を込めて左巻き教徒と呼ぶんだ。時計の針も当然左巻きさ。胸にはいつも木の葉を下げていて、ことあるごとにそれを見せるんだ、こんな風にさ、『悪魔よ去れ!』」

「ちょっと、びっくりするじゃない」

「あーごめんごめん。一方で、海の近くに住む部族は貝殻教徒だ。もちろん貝殻を信仰していて右巻きが吉、左巻きは凶だから木の葉教徒とは犬猿の仲なのさ。元々は同じ神を信仰していたのに、今では互いに憎み合っているんだ、破門し合ったりしてさ……あんた、天使として何か意見ある?」

「別に」

「そして木の葉教徒は二回の衆参同日選挙で勝利して日本に神権政治を打ち立てるんだ。俺は最高宗教指導者として政府を外から指導するのさ。指導って言葉、いいよね……動物園のアシカを解放したりしてさ……」

「平和ね……」

「それからいろんなものを聖別するんだ。例えばほら、こんなところにカタツムリが。聖別!(と言いながら指で周りに円を描く)」

「聖別!(といいながら机のホコリの周りに円を描く)」

「そうさ、どんなホコリも拡大すればどんな聖堂にも劣らぬ大伽藍だからね。聖別!(と言いながらさっきの位置から移動したカタツムリの周りにまた円を描く)。

でも、その平和な日々も長続きしない……おお見ろ、木の葉教徒が貝殻教徒に迫害されているじゃないか。俺は全国の都道府県知事を説得して木の葉軍を編成して貝殻教徒の本拠地に攻め込んでいく。でも敵は意外と手ごわい。反撃にあって、冬が来て、食料も尽きてきて泣きながら家に帰るところを貝殻ゲリラたちがしつこく攻撃してくるのさ。ところがやつらの一部がつけあがって海岸に寝そべっていたアシカをイジメたもんだから、神の怒りに触れちゃってさ……まったくバカなやつらだ……空が暗くなたかと思うと神がヌッと現れて、貝殻野郎どもをその東京ドームほどもある巨大な一本足でドスン、ドスン、ドスン」

「……」

「……」

「……それを私にやって欲しいの?」

「いや、もういい」

「あなたって、私がいなくてもいいみたいね。自分一人で十分楽しんでいるじゃないの」

「そうは言っても妄想と現実は違うさ」

「そうでもないのよ。物語の世界も実際の世界と本質的な差はないの」

「はあ? じゃあ角の生えた兎とか毛の生えた亀とか言えば、それが現実になるってえの?」

「そこにいるじゃない?」

見ると、フローリングの床の上を、肉色の角を生やした白いモフモフの兎がクンクン匂いを嗅ぎまわっていた。その横では、ふさふさと亜麻色の毛を甲羅から生やした亀が、長い首を伸ばしてまごまごしている。

「ああすごいですね。でもさ、じゃあ人が一人もいない世界ではどうなのよ? 人がいなくっても1+1は2でしょ?」

「そこが違うのよ」とメフィはにっこりと笑って言った。「あなた、この世界の法則を知りたい?」

「知りたい」とFは素直に言った。「俺はこう見えても理系だったんだ。この世界の法則を知りたいねえ。きっとそれって、E=mc2みたいにとてもシンプルなんだろ? 俺はあんたからそれを聞いたらすぐさま新聞社にたれ込むよ。明日の朝刊の一面は真っ白で、どまん中にそのシンプルな公式だけが印刷されてるんだ。その瞬間に俺のノーベル賞が確定して世界中の物理学者は失職するわけさ。だろ?」

「ふふふ。まあそんな風にはいかないのよ」

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