第三の試み
Fはたじろいだ。これが天使をとおしてむき出しになった神の顔なのだろうか……? というか、こいつはホントに天使なんだろうか。いやだから、誰もこいつが天使だなんて言ってないって。俺が勝手にそう思い込んだだけじゃん。でも天使じゃなけりゃあ、何? 宇宙を混沌に陥れるためにやってきた悪魔? それとも死神? 俺をうんざりさせて自殺させようっていう?
「そうやって人に承認されようとやっきになるよりも、あなたが承認してやりなさいよ」
「は? 承認? 俺が? 誰を?」
「誰もかれもよ。それともあなたは、自分の判断基準ってものがないの? 死ぬまで人に判断されるだけなの?」
「ん~そんなこと考えたこともなかったなあ」
「考えなさいよ。あなたが世界の帝王となることだってできるのよ」
「……あんたってさ、ホント何なの?」
「何だっていいじゃない」
「そうだね」とFはおとなしく言った。「世界の帝王ね。うん、世界を支配するのも悪くないな。(自分に向かって小声で囁く。)俺は街の中央にある高い塔に住んでいて、そこからは下界を一望できる。世界の群衆がああもうあんなに小さく、蟻みたいにうごめいてやがるなんか笑える、それを俺はクーラーがギンギンに効いたガラス張りの部屋からタンブラー片手に見下ろすのだ」
「こんな風に?」
メフィが待ってましたとばかりに杖を振ると、Fは下界を見下ろす高い塔の頂上にあるガラス張りの部屋にいる。外は夜で、眼下には宝石を撒き散らしたような街の灯りが見渡す限り縦横に広がっている。
「悪いけど、こう簡単にできちゃうと、ありがたみが全然ないんだよねーあ、そうそう、洪水を起こしてくれよ」
すると突然、ものすごい豪雨と暴風が始まった。川という川は見る見るうちに水かさを増して溢れ出す。艀につながれたヨットは木の葉のように舞い、沖に流されたり互いにぶつかり合う。低い土地には水が流れ込み、車や家がプカプカと浮き上がる。やがて風呂に水を張る時みたいに水かさがグングン増していって地上の建物はすべて水底に消える。その様子を塔の上からFは「うわ」とか「すげえ」とか呟きながら双眼鏡で眺める。
「洪水はやめだ。次は硫黄の火を降らせよう」
すると地上の真中に排水溝のような穴があき、水は大きな渦巻きを描きながら吸い込まれて消えてしまう。明かりを消したかのように空が暗くなったかと思うと、ガミラス星人の放射能爆弾そっくりの硫黄の玉が空から炎を上げながら降ってくる。それが地上に落ちるたびに黄色から橙色の美しいグラデーションがドーム状に広がっていく。Fはすっかりその光景に見とれてしまう。双眼鏡でみると、その炎のドームを背景にしてちっちゃな黒い人の影が右往左往している。
「とても現実の出来事とは思えないねえ」とFは呟く。「神ってやつも、きっとリアリティーが感じられないからいくらでも酷いことができちゃうんだろうな……。ていうか、やってみて分かったけど、俺は本当は陰惨なことが嫌いなんだ。痛いこととか、人がお互いに傷つけあったりとか、そういうのはもううんざりさ。さんざんマンガや映画で見てきたからな……俺が欲しいのはそういうんじゃないんだ、俺が欲しいのは明るい話さ……笑えて、前向きになれて、人がみんな仲良しで幸せに生きている、そしてそこに俺が一枚噛んでいるっていうのはどうだろう」
「一枚噛むって、つまり何をしたいの? パーティーの司会でもしたいの?」
「ちょっとちがうな」
「崖から転がり落ちそうになったどんくさい子供をつかまえる役とか?」
「うーん、それも悪くないけど、もうちょっとこう没入感のあるというか、全人格的に関わりたいんだよね、人と」
「チャールズ・マンソンみたいに?」
「ああ近くなってきた。言っとくけど俺は陰惨なのはイヤなんだよ。陰惨なのはイヤだから、暗い部分は全部削って、もっとこう、どうぶつの森の中のマンソン、みたいな、かわいらしくって気さくな感じでさ」
「それはどうぶつの森の中でやればいいんじゃない?」
「まあそれはそうなんですが、ね。そうなんですれども、ね。それを言っちゃあ何だってどうぶつの森の中でやればいいじゃないっすか。それをあえてゲームの中じゃなくって現実の中で、現実というハードの中で、現実の身体を使ってやるっていうか」
「ようするにそれは新興宗教ね」
「それな」
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