第二の試み
「分かった」とFは言った。「今のでよーく分かったよ。やっぱり俺は人から承認されたいんだ。みんなから凄いヤツと認められ、尊敬され、崇め奉られ、後世まで語り伝えられたいのだ」
「義経みたいに?」
「義経?……ちょっとちがうな。あいつは結局承認されなかったじゃないか」
「ゲーデルみたいに?」
「誰だそれ」
「不完全性定理を証明した人よ」
「んー……もっとこう、明るい感じの人がいいな、承認されるにしてもさ。俺は陰惨なのは嫌いなんだ」
「ゲーテみたいに?」
「それだ」とFは予定調和の叫び声を上げた。「俺はこれからファウストを書くんだ」
「ゲーテの小説のパロディなの?」
「まさか。俺のがオリジナルさ。ゲーテのはなかったことにするんだ」
「……。文学史のテキストや文献の中の引用の修正が大変だわ」
「別にあんたがやるわけじゃないだろう。な? やってくれ。一振りやっちゃってくれ」
メフィはいかにもやる気なさそうに杖を一振りした。
「できたわよ」
「え?」
「だから、あなたはファウストという小説を書いて、それがあらゆる文学賞を総なめにしたことに、いま世間ではなってるわ」
「したことにっていうのは引っ掛かるな。実際に総なめにしたんだろ?」
「そうよ」メフィは面倒くさそうに答えた。「でもあなたの場合、どっちだって同じじゃない?」
「まあそうか。なんか実感わかないなー」
「そうでしょうね。じゃあ、私が記者になって、あなたにインタビューしてあげるわ。(声色を変えて)ええ、今回は爆笑SFホラー純文学作品『ファウスト』で芥川賞直木賞ノーベル賞江戸川乱歩賞ファンタジーノベル大賞ライトノベル新人賞大宅壮一ノンフィクション賞日本俳句大賞とR-18文学賞の同時受賞ということで、おめでとうございます。現在の御心境は?」
「最高です」
「受賞された賞をみていますと人類総出で大絶賛という感じですが、いかがでしょう?」
「まあ、当然です」
「ファウストの執筆にはどれほどかかりましたか?」
「三歳のときから書き始めたので、二十年ですか」
「ご苦労された点は?」
「母の国へ行くための鍵の部分かな」
「それはどういった部分なんですか」
「その~」
するとFは突然全身の力が抜けたみたいにクニャリと上体を折り曲げて椅子からすべり落ちた。尻を持ち上げた三角形の姿勢で床に這っている。
「ど、どうされました?」
「もうヤダ」
「は?」
「もうヤダ。つくづく自分がイヤになってきた」
「一体どうされたんでしょう?」
「もういいよ記者のフリは。どうされましたってさあ、これってただ、あんたと二人でごっこ遊びしてるのと全然変わらないじゃん、つうかただのごっこ遊びじゃん」
「……今ごろ気づいたの? だから言ったじゃない、あなたの場合、どっちだって同じだって」
「そうなんだよな。自分の力でなんとかしないと喜びもない。現実の抵抗を体で感じながら力をふるって、困難を乗り越えて未来を切り開くっていうか、そこに満足があるんだよね。つまり君がいるかぎり僕には本当の満足はないってことだ」
「よく分かったわね、その通りよ。それで、どうするの?」
「だから自分の力で何か意味のあることをしてみたいんだよ。なあ、分かるだろ?」
「っていうのを私の魔法でやってもらいたいんでしょ?」
「そうそう。いやちがうって……矛盾してるよな。分かってるよ自分でも。だいたいあんたがいけなんだ、中途半端で、肝心なところで役に立たないじゃないか、あんたという存在は」
「そうね」
「いや待てよ……あんたのその魔法の力をみんなが使えるようにすれば、世のなかの大抵の問題は解決するよな。俺があんたを生け捕りにして……いや、つまり生け捕りにしたように見せかけて……」
「あなた、そんなに人の役に立ちたいの?」
「だって結局それだけが意味のあることじゃん?」
「かまいやしないじゃない、そんな、他人のことなんか、どうだって」
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