第2話
「脅迫?」
翌朝。
高校生の俺たちにとって、土曜の朝は休日であり、俺は朝からベーコンエッグを焼いていた。
料理中にエプロンはしない派だったが、制服のまま料理をして洗い物をしているときにズボンを水ハネでおしっこ漏らした状態にしたことをロゼのクソボケに三週間くらいバカにされてからエプロンをするようになった。
ロゼは青い顔のまま、部屋から出てきたと思ったら、いきなり泣きそうな顔でテーブルに座ってすべてを白状した。
「うん……昨日の手紙に、書いてあった。
私が……超エリート天才美少女アサシン『イバラ姫』だって知ってるって……」
俺はまだテーブルの上にある手紙を持ち上げて中身を読んでから言った。
「盛ったな?」
「盛った……」
手紙にはただ「おまえが暗殺者なのは知っている。土曜の昼、旧市街地の廃工場まで現金三百万円を持って来い。支払わなければ、全てバラす」とだけ書いてあった。
そう。
俺の目の前に座って、朝から泣きべそをかきながら「なんでこんなことにぃ」とえぐえぐしているこの女。
ロゼッタ・アームドソーンは凄腕の暗殺者である。
ひょんなことから知り合い、今は俺と暮らしている(ちなみにこのアパートはもともと俺の部屋だったが勝手に住み着かれた。広い部屋も取られた)。
「どうしよう……どこでバレたの……? 絶対に痕跡は残していないはずなのに……」
「そう思ってるのは本人だけだったってことだろ」
「あんなに変装とメイクの練習をしたのに! こんなことありえないわよ!」
確かにロゼッタは変装の達人だ。
『仕事』を終えて変装を解く時も、念入りに服装や姿勢やメイクを仕上げた日には俺でも誰だか分からない日がある。
本人いわく、『一番加工しないといけないのは目元』らしい。知ったような口をききやがる。
「どこから情報がバレたかなんて考えたって仕方ない。それより、これからどうするかだ」
「どうって……うーん、あ、そうだ! この手紙を出したやつを消せばいいんだわ!」
私って天才! とロゼは手を組み目をキラキラ輝かせる。俺はため息をついた。
「バカか。仮に見つけ出して始末したとしても、そいつが自分が死んだらお前の正体を警察なりマスコミなりに流すように仕掛けてたら終わりだろ」
「そ、そっか……須藤は頭が回るわね」
褒められたが、なぜか嬉しくない。
「それよりも……こういう時は、払っちまった方がいいぜ」
「払うって……はあ!?」
ロゼがテーブルをドンと叩いて立ち上がった。木製の足が嫌な軋みを立てる。
力考えろイバラ姫……
「じょ、冗談じゃないわ! 三百万よ!? 昨日の仕事の報酬がほとんど無くなっちゃう!」
「まだよかったじゃねぇか。使う前で」
「今月の欲しいものリストはまだまだ大量に残ってるのよ!?」
「それはつまり、俺がどんなに止めても無駄遣いをやめる気はなかったってことか……」
大変なんだぞ……豚バラすら買えないって……
「もう豆腐は食い飽きたよ……」
「豆腐の話なんかしてないわよ!」
「豆腐の話をしてんだよ!」
うまく水切りしないと味が染み込まなくて下処理がめんどくせぇのである。
そんなことより。
「なあ、たかだか仕事一回分の金じゃねぇか。この脅迫者だって、三百万取れたら満足してもうお前と関わらないかもしれないぜ。向こうだって、凄腕暗殺者のお前と何度も接触するのはマズイって分かってるはずなんだから」
「う、うーん……それは確かにそうだけど……」
ロゼは腕組みをして考え込む。
「でも……」
「この手紙によれば、土曜の昼に金を持って来いって話だ。もう数時間しかない。考えてる間に、やつはお前の情報を公開しちまうかもしれない。だが、金さえ支払っちまえば、少なくとも相手にイバラ姫の正体をバラすメリットなんかない」
「そう……そうよね。この清廉潔白で品行方正な私に個人的な恨みがあるやつなんかいるわけないし、金目当てよね」
ガリッ!
俺が奥歯を噛み砕く音が鳴った。
「どしたの須藤? 痔?」
「ああ……そうだな……」
「大変ね……」
「ああ……大変だよ……」
ロゼはふーと息をついた。
「……わかった。お金、払うしかないわね」
「そうか。決めたか」
「うん。また稼げばいいしね。でも……昨日のターゲット、殺すの大変だったんだけどなァ」
名残惜しそうにロゼは天を仰ぐ。
「そうなのか?」
「そうよ。だってトイレにエロ本持って入ったまま、出てこないんだもん」
「出てこないって、どれぐらいだ?」
「一時間」
「それは……また……。で、どうしたんだよ。出てきたのか?」
「ううん。焦れったいから強行突入して殺った。もー、変なもん見ちゃったわよ……」
ああ……
気の毒に……。
「さんびゃくまーん! さんびゃくまーん!」と未練たらたらで喚く暗殺者を無視しつつ。
俺はもはやこの地球上には存在しない被害者の冥福を祈った。
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