第23話 翌朝
翌朝、新しい決意を胸に、千紗は目を覚ました。お前なんて、どうせ何も出来ないくせになんて、誰にも言わせない。とにかく、なんとしても、ダイエットは、成功させるつもりだ。そして、めでたく痩せた暁には、伸行を、ぎゃふんといわせてやるのだ。
それにしても、今朝は、いつにもまして、空腹を感じる。やはり、昨日の晩、伸行と激しく喧嘩したからだろうか。人間、怒るとお腹がすくというけれど、今朝の千紗の空腹は、獣じみた荒々しさすらあった。机でも椅子でも、ビスケットのように噛み砕いて、食べてしまいそうだ。
しかし、と、やまあらしのように盛り上がった髪の毛を振りたてて、千紗は、敢然と自分の空腹を蹴散らした。絶対に自分の食欲に、負けないつもりだ。
制服に着替えて部屋を出ると、弟が、食卓から、憎悪のこもった目で、自分を睨んでいる。その手が、お皿の上のトーストを、かばうようにおさえているのを見て、千紗は、鼻で笑った。ふんだ、あんたのパンなんか、取るもんか。
そのまま洗面所に向かう千紗に、弟が言った。
「おう、姉ちゃん、俺の顔の傷、どうしてくれるんだ」
千紗は、弟の言葉を無視して、ゆっくりと顔を洗い、歯を磨いた。
「おう、この傷、どうしてくれるんだよ」
伸行が、執拗に食い下がる。
「傷? どの傷だよ?」
伸行が、顔の左側を千紗に見せた。その頬には、昨晩、千紗が引っ掻いた跡が、くっきりとした三本の筋となって、赤く腫れている。熱を持って、結構痛そうだった。
「へ、知るもんか」
ざまあみろ、と思いながら千紗が言うと、
「千紗、伸行に謝りなさい」
と、やはり食卓で朝食を食べていた母が、厳しい声で言った。千紗は、思わずむきになる。
「なんで? お互い様でしょ。伸行だって、あたしのこと、ぶったり蹴ったり、したじゃない。それに、あたしだって昨日、伸行に、髪の毛、相当抜かれたんだよ。太ももだって、あざだらけだし」
「俺の髪の毛だって、ぬいただろ。俺の脚だって、あざだらけだぞ」
「だから、お互い様だって言ってんの」
「お互い様じゃないわ。伸行の顔を、ちゃんと見てごらん。これはやりすぎだわ。あなたはお姉ちゃんでしょ。伸行に謝りなさい」
母の言葉に、千紗は、急に感情的になって叫んだ。
「じゃあ、伸行は、あたしに何も謝らなくていいの。弟だったら、何やっても、許されるの?」
「そんなことは、言ってません。落ち着きなさい、千紗」
「あたしは、落ち着いてるよ。でも、謝らない。謝る理由なんてないもん」
そう言うと、鞄をつかんで玄関に急いだ。
「千紗、お弁当!」
「いらない!!」
捨て台詞をはくと、たたきを蹴るようにして、家を出た。なんだよ、なんだよ。お母さんまで、伸行の味方して。千紗は、やりきれない思いを、山ほど抱えたまま、全力で坂を下り、何とか息を整え涙をふくと、山田奈緒の家に向かって、歩き出した。
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