第17話 菜緒の思い
ところが、予想に反して、翌朝はとても簡単に、朝ごはんを抜くことが出来た。なに、単に時間がなかっただけなのだが。何しろ最近、朝、起きられない千紗なのだ。いや、今までだって、起きられてやしないではないか、という意見もあるかと思うが、以前の千紗は、時間が来ればぱっと目覚め、起きた途端にエンジン全開で、非常に短い時間の中で、てきぱきと準備をし、朝ごはんもしっかり食べて、元気に学校に行くことが出来ていた。それが、出来なくなってしまった、と、言いたいのだ。
何しろ、朝、目が覚めても、なかなか起き上がれない。体が重く感じられて、うんと力を入れないと、体を起こせないのだ。ダイエットしている最中だというのに、以前より体が重く感じられるなんて、本当にどうなってるんだ。ぶつぶつ言いながらやっと起き上がり、のろのろと身支度を調えていると、もう、本当にぎりぎりの時間なってしまうのだ。
千紗の得意技の、朝のスパートがかけられない。ゆえに、そのまま鞄を持って家を出るしかなくなってしまうというわけだ。
「ごめん、山ちゃん、遅くなって」
なんだか、いつもに比べて、腑抜けた感じの千紗を見て、奈緒は目を丸くする。
「おはよう、ごんちゃん。どうしたの? なんか具合悪そう」
「いやぁ、具合なんか悪くないよ。でもなんか、この頃、体が重くってさ、うまく走れないんだ。山ちゃん急ぐなら、あたし置いて、先に行ってよ」
「走らなくても、間に合うから、大丈夫。それよりごんちゃん、本当に大丈夫なの?」
「だ~いじょうぶさぁ」
と、千紗は、弱々しいながらも笑って見せた。
「ただ、朝ごはん食べそびれちゃったから、なんか体に力が入らなくてさ、ははは…」
そんな千紗を、奈緒は心配そうに見つめた。
喜ぶにしろ、落ち込むにしろ、生き生きとパワフルなのが、千紗の魅力なのに、最近の千紗ときたら、ため息ばかりついて、自分を否定ばかりしている。そして、太ったやせたと、わずか数百グラムの体重の増減に、とても神経質になって、どんどん元気をなくしている。
中でも、奈緒が気に入らないのは、勝手に自分をデブだと思い込み、それがすごく悪いことだと思っているところだ。それが、あの鮎川さやかを基準にして考えているらしいことが、ますます気に入らない。
千紗が、直接、そう口に出して言ったわけではないが、長い付き合いから、奈緒にはお見通しだった。そして、彼女とくらべて、自分は何もかも劣ると思い込んでいる。それが一番気に食わない。
千紗は、さやかのことを、かわいいし、細くて華奢だし、だけどスポーツは万能で、これぞ理想の女の子ってもんだ、と思っているらしいが、奈緒からみれば、ただのやせっぽでしかない。
確かに男の子に人気があるし、可愛いということになっているけれど、あの手のかわいさなんて、百円ショップで束になって売られている、造花のバラみたいなもんじゃないかと思ってしまう。みんな、大騒ぎしすぎだってば。
なのに、ゴンちゃんまでが、鮎川さやかと自分を比べて、すっかり自信を失いかけているなんて。
確かに、ゴンちゃんは、怪力で食いしん坊で、歩き方も、まぁ、どすどすしていると言えば、言えなくもないし、お世辞にも俊足ではないけれど、おかしい時は思いっきり笑い、怒るときは力いっぱい怒り、ドジを踏む時は景気良く踏む、潔い女の子だ。
大声でよくしゃべるから、何だか騒がしい印象かもしれないけれど、人の心に土足で踏み込まないように気を遣う、心のルールには、とても敏感な人だ。そしてそんなゴンちゃんの心は、いつでもポカポカとあったかい。
ゴンちゃんは、ゴンちゃんのままでいい。すごくいい。それが奈緒の率直な思いだ。だから、そう言ってるのに、どうやら今の千紗は、奈緒の言葉を、単なる励まし、同情、または、自分がやせているからデブに寛大、と受け取ってしまって、わかってもらえない。
確かに、自分がやせっぽちなのは、時々本当に嫌になるけど、だから、ごんちゃんを、そのままでいいと思ってるんじゃないって部分が、ちっとも伝わらない。
大体、こんなばかばかしいダイエットを続けて、体に良いわけがない。でも、そんな当たり前のことを言っても、今のごんちゃんは、耳を貸さないだろう。
いったい、どうすればいいんだろう。奈緒は、胸にくすぶる複雑な思いを吐き出すように、千紗に見えないように、小さくため息をひとつついた。
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