第4章 冤罪②
「――あー、そういや話遮る形になっちゃったな。何言いかけたんだ?」
俺はふと気になってシトラスに尋ねる。マイトがいることを疑問に思ったのだが、先にこっちの話をするべきだと思って遮っちゃったんだよな。
「え? ああ――いや、それは後でいいや。ね?」
「うん」
俺の言葉にシトラスはマイトに目配せして、マイトはそれに頷く。なんだなんだ、なんか意味ありげじゃねえか……やっぱりこいつらなんかあんのか?
……まあ、俺が口挟むことじゃねーんだろうけどよ。
「あれ、ロック、なんか機嫌悪い? みんな軽く言うけど、でも本当はみんなロックがいなければ今回の《
「わぁってるよ、軽口本気にして拗ねたりしねえよ」
「そう? ならいいけど――」
そう言ってシトラスは仕切り直し、
「えっとね? 注意喚起っていうか――みんなにも知っておいて欲しいんだけど」
「――それって俺も聞いていい話?」
マイトが尋ねると、シトラスは少し真面目な顔でうんと頷く。
「もしかしたら《親衛隊》さんで改めて聞くかもだけどね」
そうして、シトラスが切り出す。シトラスがこう切り出すときは、俺たちはしっかりと聞く形だ。メンバーのことを考えて《月光》を形にしているのはシトラスだ。みんな彼女が俺たちのリーダーであることを理解している。
ゲストであるマイトも俺たちに倣ってシトラスの話を聞く。
「あんまり気持ちのいい話じゃないんだけど――」
そう言って切り出したシトラス――和気あいあいとしていた一同だが、各々口元を引き締めてシトラスに傾注する。
「これは砦の外で防衛をしてくれてた《銀翼》さんと《黒猫》さんの報告なんだけど、昨日のプレイ中、攻めてきた陣営の中にマナーの悪いプレイヤーがちらほらいたって」
「――《
ロキが尋ねる。ロキの言葉通り《
「……それが、自分のキルを稼ぐために前にいる味方を
シトラスが放ったその言葉に、俺はもちろん全員がぐっと息を飲む。
俺が魔女の間でグラトニー陣営のプレイヤーを蹴飛ばして周りの連中を転ばせたのとは違う。アレは敵対プレイヤーで、敵に対する攻撃だ。
……キルの横取りについては戦術的にスイッチして相手を戸惑わせる、という手法がないわけじゃない。しかし味方を蹴飛ばして敵プレイヤーを転ばせるだと……?
悪質、の一言だ。
「それはそういう戦術だったってわけじゃなくて?」
カイが尋ねると、シトラスは首を横に振る。
「ううん、明らかに戸惑ったり、蹴ったプレイヤーに文句言ってたって」
「じゃあ利己的な行為だったわけやね。えげつないなぁ」
「――そこまでしてキル取りたかったってこと?」
ぽつり、とナオさんが呟く。
「どないやろな。そこまでしてキル稼いでもたかが知れとるやろ」
ロキが吐き捨てるように言う。たかが知れてる、というのは陣営内のスコアランキングのことだろう。
勝ち負け問わず、陣営内でもキルデス比でプレイヤーごとにランキングされ、上位者はゲーム内通貨やアイテムを取得することができる。
――ちなみに俺は今回、ラース陣営で三位だった。一位はナオさんで、二位はロキ。二人共魔女の間での迎撃でキルを荒稼ぎしたからな。
俺も初動はともかく防衛に回ってからはそこそこ稼いだが――プレイスタイルやビルドの違いだろう、二人は俺と比べて単純に火力が高いからな。
――ギルドミーティングによって毎回陣営リーダーを交代で回す理由はここにある。ルール上、魔女の直衛を担当する陣営リーダーはスコアを稼ぎやすい――毎回陣営リーダーを固定にすると、そのギルドのメンバーでランキング上位を埋めてしまいかねないからだ。
このランキング報酬は正直オマケ程度のもので、これを狙ってプレイすることはない――のだが、それはあくまでも俺たちの感覚で――
ランキング報酬の消耗品詰め合わせやドロップアイテムの販売などを通さず直接手に入るゲーム内通貨は、人によっては貴重かもしれない。
それを前提に考えると、少々穿った見方もできる。
「……今回に限ってはたかが知れてる、ってことはないかもな」
「あ? どういうことや?」
「普段通りの《
俺の言葉にシトラスがはっとする。
「……殺せるプレイヤーの絶対数が少ないから、1キルの比重が重くなる……」
「それ。七陣営でバトルロイヤルのいつもの《
「なるほどなぁ。でも、そもそも陣営ランキングにそこまで目の色変えるやろか」
「わからないよ? あたしらは《月光》が陣営リーダーで防衛に回るときは大体ランキングされるようになったから特に気にしなくなっちゃったけど……でも報酬はともかく、最初にランキングに載ったときは嬉しかったじゃない? あたし、嬉しくてSNSに画像あげたよ」
アンクの疑問にナオさんがそう返す。
――ふと、件の槍使いの顔が脳裏を横切る。
「……ノーマナーとはまた違うかも知んねえけど、《黒猫》さんのヘルプに行った時変なプレイヤーがいたな」
「ああ、あの自称配信者!」
俺の言葉にマイトが頷く。
「――自称配信者?」
クエスチョンマークのエモーションアイコンを表示させて、シトラス。
「うん。配信中だって言ってロックさんに絡んできた槍使いがいたんだよ。一応ログアウトしたあとにアーカイブ探したんだけど見つからなくて」
マイトがそう言って肩を竦める。
「や、いくらなんでもあのプレイングは自分から晒せないだろ。消したんじゃね?」
「……どういうこと?」
これはカイだ。興味津々といった様子で尋ねてくる。
「出くわした瞬間に『勝負しろよ《公認チーター》』っつって名乗ろうとしてきたから、その隙にぶっ飛ばした。卑怯者って言われたよ。あの傍若無人ぷりが『利己的なプレイヤー』ってイメージとかぶって思い出した」
「かぁー、そんなプレイヤーが俺と同じ槍使いかと思うと頭ぁ抱えたなるわ」
ロキが頭を振る横で、アンクがふっと考え込んで、
「利己的なプレイヤーはランキング入り、自称配信者は今最も有名な《ワルプル》プレイヤーのロックくんと絡んで視聴者稼ぎ……《ワルプル》は競技タイトル認定されて注目度上がってるゲームやからね、意識低めなプロが目立ちたかったのかな?」
「……そう考えると新規参入してきたプロが六陣営同盟を煽った、って噂と合致するね」
ナオさんがそう締める。
「せやね。利己的なプレイ、ノーマナーなんて長期的に見てマイナスしかあらへん。話題性に乗っかってちょっと目立ちたいだけやろね。利口なプロやったらこんなことせえへんよ」
「でもこういうプレイヤーが出てきたってことは、これから《ワルプル》にそういうプレイヤーが増えるかもしれないってことだよね」
ナオさんとアンクの言葉にシトラスが顔を曇らせる。
「ちぃっと増えるかもしれんけど、別に気にせんでええやろ。そんなプレイ続けとったら運営に通報される。それで改善せえへんかったら垢バンや」
はっ、とロキが笑い飛ばし――
「とりあえず態度悪いプレイヤーがいるっちゅうのはわかったわ。注意しとけってことやな?」
「うん」
「よし、じゃあつまらん話はこれで終いや。ゲストまで呼んで――いつもの《
「――うん! えっとね」
ロキの言葉にシトラスが顔を綻ばせる。
「みんなで装備全部外して、その状態で使える攻撃スキル一個だけ選んで、
そんな提案をぶちあげるシトラス。なんだそのチキチキデスゲームは。
「……途中でフィールドボス沸いたら即終わらへん?」
至極まっとうな疑問を口にするアンク。シトラスは笑顔で――
「その時はロックが超反応でタゲとって私たちからボス隔離してくれるよ」
「は?
「ボス隔離中の
「俺だけデスペナ積めってこと!?」
「まあまあ、ロックさん――フィールドボスなんてそうそう沸かないよ」
「カイはさりげなくフラグ立てんのやめろ」
「攻撃スキルかー。シト姐、バフや回復アイテムはどうするのん?」
「バフも戦闘中の回復もなし! 勝ったら次の敵と戦う前に私がみんなを回復するよ」
「こらこら、俺を無視してレギュレーション詰めるんじゃねえよ」
「よっしゃ、行こか」
ロキがそう言って立ち上がると、他の面々もそれに続く。やれやれ、フィールドボスが沸かないことを祈るしかないな――そう思って立ち上がると、マイトだけが困惑気味に、
「え、みんなレベル高いよね? 遊びでデスペナってオッケーなの?」
「《
「――や、サブジョブモンクだし。みんな素手なら多分一番火力出るし。みんなと同じ条件でやるよ」
「ジブン、ノレるなぁ!」
「よろしくです!」
――……そんな感じで『ペロペロ! 第一回床舐めるまで帰れません!』が開催されることとなった。一回目もこれからやるってのに、もう既に二回目やるつもりかよ……
始めたら始めたで、メンバーと選ぶスキルでだいぶ戦況が変わるという趣向性も戦略性も高い企画で、予想に反してだいぶ盛り上がり、《月光》では定期的に遊ばれるようになったのだが――
――しかし、ロキが笑い飛ばしたシトラスの懸念がその後の《月光》に深い影を落とすことになることを、『床舐めるまで帰れません』に興じるこの時の俺たちはまだ知らなかった。
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