第4章 冤罪③
週末の《
月が変わり、七月。今月はアレが控えている。
――そう、期末テストだ。
ゲーム三昧の俺だが、集中力を鍛えるためのランニングと、授業の復習は欠かさない。なぜならゲーム三昧の生活を親が容認してくれているのは、全科目平均点を維持するというお約束条項があるからだ。
この鉄の掟を破ると――つまり平均点を割ると、次回の中間テスト、あるいは期末テストまでゲームは一日一時間という強烈なペナルティが課せられることとなっている。
普段は最低限の復習を日課にしているのでそれほど慌てることはないのだが、年に一度――七月の期末テストだけは別だ。
――夏休み! そう、七月のあとにくるのは八月。夏休みだ。夏休みの間ゲームが一日一時間とは、俺にとって拷問以外の何物でもない。
であるからして、七月の期末テストは俺にとって必ず超えなければならない壁である。今回ばかりは普段の復習だけでなく、授業にも全力を尽くさなければならない。
しかも《ワルプルギス・オンライン》は八月半ばで一周年を迎える。となると八月に入った辺りで一周年イベントがくることが考えられる。これは絶対に外せない。
唸れ脳細胞! 血潮を燃やせ! 覚悟はいいか、学習デバイス――この俺の! 《神眼》で! お前の記録媒体に刻まれた文字を一文字残らず駆逐してやる――
「――眠そうだねぇ」
昼休み。学習デバイスを片付けもせずうつらうつらとしていると、凛子が声をかけてきた。
「む、むう。授業はちゃんと聞いてたぞ」
「コソレベリングの徹夜が効いてる感じ?」
「ああ――ちょっと根を詰めすぎたかもな」
「生活リズム崩しちゃダメだよ」
「でも、魔女殺しキメてノーデスはほんとに凄かったよね」
――と、急に女子に話しかけられた。クラスメイトで、凛子の友達だ。
「ああ――
眠い頭に思いがけない人物から突然の言葉を投げられて一瞬困惑したが、はたと思い当たる。凛子の友達だもんな、《ワルプルギス・オンライン》をプレイしていても不思議じゃない。
「烏さんも《ワルプル》やってんだ? 意外だな、あんまりそういうイメージないや」
烏さんは、ゲームが絡まなければ温和で柔和な凛子とよく似たタイプの女子――そういうイメージだった。華奢で、大人しいタイプで――確か図書委員だったような? 凛子と仲良くなるべくしてなった、という印象だったが――
まさか趣味も被ってるとは。そりゃ凛子にとってはいい友達だわ。
……それにしては《月光》にスカウトするわけでもないし、それらしいキャラと遊んでいるのを見た憶えもないが……
そんな風に考えていると、凛子は悪戯が見事ハマった子供のように笑って尋ねてきた。
「――わからない?」
「あ? なにが?」
「この娘のフルネーム知ってる?」
「ああ? そりゃクラスメイトでお前の友達だろ? ちゃんと憶えてるよ。烏舞子さんだろ? 烏さん、合ってるよな?」
烏さんに確認すると、彼女はうんと頷く。そりゃ俺は人の顔と名前憶えるの苦手な方だけど、凛子、お前の友達くらいちゃんと認識してるぞ……
しかし凛子は、ますます面白そうに――
「聞き覚えない? 舞子の名前」
「は? 女子のつながりなんてお前とナオさんぐらいだぞ? 聞き覚えなんて――……」
舞子、マイコねぇ……憶えなんて……――
……………………
「……おい」
烏さんに声をかける。烏さんは「ん?」と小首を傾げて見せた。おうそれ見覚えあるぞおい。
「烏さんてラース陣営?」
「うん」
「ギルドは《親衛隊》だよな?」
「そうだよ」
「殴りプリ?」
「珍しいでしょ?」
「お前マイトか!」
一応周りを気遣って――リアルでキャラ名出すのはあんまりいいマナーじゃないからな――小声で指摘すると、烏さんが笑顔で頷く。
「喋り方、全然違うじゃんか!」
「そりゃフルダイブTSしてるんだもん。男アバターで女言葉を使ってたら周りだって興ざめでしょう? ちゃんとロールプレイするよ、そこは」
「――碧、私たちこれから食堂でお昼にするんだけど、一緒にどう?」
笑顔で答える烏さんに、俺の様子が面白くて仕方ないと言った様子の凛子。
「……まあ、いいけど」
俺はとりあえず学習デバイスを片付け、食堂へ移動するため日々母さんが持たせてくれる弁当袋を用意した。
◆ ◆ ◆
「――じゃあ凛子と仲良くなった時はもう烏さんは《ワルプル》始めてたんだ?」
「うん、兄さんに誘われてね」
食堂に移動し、俺と凛子は持参の弁当を、烏さんは日替わり定食を前に、俺たちはテーブルに着いて話をしていた。
まあ、つまり――気が合いそう、というところで同じゲームをプレイしているのが判明して仲良くなったというわけだ。
「ホントは昨日、お疲れさま会の前にみんなにも教えるつもりだったんだけど、碧の話と悪質プレイヤーの話でちょっとタイミング逃したっていうか」
ああ、あの妙な目配せはそういうことだったのか。凛子がマイトを呼び捨てにする理由もこういうことだったわけだ。
「――なんか悪かったな。俺が話遮っちまったもんな」
烏さんに謝ると、彼女は首を横に振る。
「ううん、いいの――もともと話そうと思ったのも、岩瀬くんと一緒に遊んだのに私だけそれ知ってて岩瀬くんが知らないのはなんか騙してるみたいで私が気持ち悪かったからだから」
「烏さんは俺のキャラ知ってたんだな」
「前からね。ほら、岩瀬くんは例の動画の前からラース陣営じゃ目立ってたし、凛子からも聞いてたし……私もビルド的にスキルが近接重視だから一緒に遊んでみたかったっていうのは本当だよ」
「へぇ……そういやゲームん中で聞かなかったけどなんか参考になった?」
俺がそう尋ねると、烏さんは首を横に振る。
「プレイングがすごすぎて私にはちょっと真似できないかなそうにないなっていうのがわかったよ。咄嗟に武器手放してモンクスキル使うまではまだわかるけど……その後地面に落ちる前にダガー掴み直してアサシンスキル使ってたよね? 判断とアバター操作の精確さがちょっと意味わかんない」
――まあ、そうか。俺のプレイングは《神眼》前提だからな。真似ようと思ってできることじゃない。
「――でも、短剣を装備したままじゃ《撃震脚》が撃てないから一旦短剣手放そう、とか、突入の時の誘導とか、階段登ったあとの流れとか――発想はすごく新鮮だった。それを実行できるのもまたすごいんだけど」
と、大人しい印象の烏さんが少し興奮気味に言う。
「でしょう? 碧の凄いところってプレイの精確さだけじゃないからね。反応も意味わかんないくらい速いんだけど、判断の速さとか発想の柔らかさとか、ゲームそのものが上手いんだよ」
「ね、ちょっとだけだけどコンビ組んでみてよくわかった。凛子の言う通りだった」
そう言って凛子と烏さんが笑い合う。
「あー……もしかして《親衛隊》のパーティ云々って話、お前の仕込みか?」
弁当に箸をつけながら凛子に尋ねると、凛子は慌てて「違う違う」と手を振って――
「《トネリコ》さんが最後の打ち合わせの時に、昨日ロキさんが言ってた流れで碧の話をして、ラース陣営は《月光》だけじゃないって見せてやろうぜって」
なるほどなぁ。確かに《トネリコ》も相当気合入れて頑張ってくれたみたいだしな。
「そしたら《親衛隊》さんもすごくやる気を出してくれて、碧にウチの一パーティ預けるって言い出して――っていう流れ」
「ふぅん、じゃあ烏さんはたまたまギルマスにそのパーティメンバーに選ばれたってわけか」
「たまたま、っていうか……《
少し気恥ずかしそうに烏さんが言う。
「へえ」
「だから何て言うか、きっと私に命令とか指示とかしやすいと思うんだよね。それで私に『お前フレンドと一緒に行ってこい』って……結局岩瀬くんがハイドアタックって言い出したから、帯同するのは私だけになったわけだけど」
「なるほどなー、世間て意外と狭いな」
世間と言うか《ワルプルギス・オンライン》界隈が、だが。うちのクラスでも男子の半分以上がプレイしてるみたいだし、ニアミスしてるクラスメイトが他にもいるのかもな。
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