第3章 《魔女たちの夜》⑫

 繰り出された《シールドバッシュ》を《パリィ》でいなし、体を入れ替える。他の連中はそれぞれ思い思いに魔法スキルを詠唱しているが、最速で発動しそうな攻撃魔法も即時発動の近接スキルには間に合わない――つまり、俺のほうが早い。


 俺は手にしていたスターグラディウスを自分から宙に放り投げる。アームドロップ――通常は装備ファンブルとなるためにまずやらない行動だが、これで今の俺の装備は素手になったわけだ。


 ――そして素手になると、モンクのスキルを使えるようになる。これが狙いだ。


 裂帛の気合とともに、砦の床を踏み抜く。


「《撃震脚》!」


 俺の足を中心に蜘蛛の巣のように床にヒビが入り――これはエフェクトですぐに元に戻るのだが――そのヒビからオーラのようなエフェクトが噴出し、魔女の間に居たすべての防衛プレイヤーにヒットストップを強いる。


 モンクの多彩なコンボスキル――その始動技の一つだ。SPが重く、《撃震脚》そのものにダメージはない。ただこれに続くスキルを放つためのスキル――それも、他にコンボスキルを持っているなら取得を悩むレベルのコスパの悪さ。なにせこれに続くスキル《砕破》がコンボとしてコストに見合った火力が出ない。


 だが今回、こうして魔女殺しをしたあとに生還するためには絶対に欲しいスキルだった。カイに手伝ってもらったのはそのためだ。取得コストも重くて一レベじゃ足りない計算で、カイに手伝ってもらえなかったら取れなかっただろう。


 ――《撃震脚》の正確な性能は、『強烈な震脚で周辺の敵性ユニットに0.2秒の特殊ヒットストップを与える。このヒットストップ中はスキル《砕破》を発動することができ、ヒットストップ中のプレイヤーに追撃することができる』だ。


 ただ、《砕破》はダメージこそ出ないものの、この《撃震脚》を食らったプレイヤー全員にダメージを与える範囲攻撃AoEだ。火力は見込めなくても場合によっては使える状況があるのかもしれない――しかし《ウォークライ》と同じで《撃震脚》もダメージが発生しないため、《潜行ハイド》の炙り出しには使えない。


 ――とまあ普段使いにはマジで取得する意味を考えてしまういわゆる浪漫スキルなんだが、この0.2秒――200フレームのヒットストップは俺にとっては神スキルだ。


 通常戦闘ならわざわざこんなスキルを使わなくても《パリィ》で切り抜けられるから今まで取得していなかったが、《魔女たちの夜ワルプルギス》でノーデスを目指すなら頼りになる。


 コンボの《砕破》に繋げない場合、《撃震脚》のスキル硬直として50フレームの硬直が課せられるが、差し引き150フレーム有利――常人には反応できるかどうかギリギリの有利フレームだが、俺はやりたい放題できるってわけだ。


 宙で弧を描いていたスターグラディウスを掴む。これで短剣装備状態――いつも通りのスキルが使える。


「ぐぅっ……!」


 ――《シールドバッシュ》を仕掛けてきたプレイヤーは体を入れ替えたお陰で背後が取れている。何も考えずにそのまま《バックスタブ》――クリティカル判定に《カオスハンド》が乗ってその盾職はそのまま膝から崩れ落ちる。


 返す刃で次のターゲットに《ソニックスラッシュ》から《アビスインパクト》のコンボを叩き込む。


「がはっ……!」


 こちらは《アビスインパクト》にクリティカルが出ず通常ヒットだったものの、《ソニックスラッシュ》がクリティカルでHPを削り切る。


 とりあえず二人――これで150フレームは使い切ってしまった。俺が《アビスインパクト》の硬直から復帰する頃には防衛プレイヤーたちも《撃震脚》のヒットストップから復帰している。


「怯むな、攻めろ! ハイドアタックなんて決められて、その上生かして帰すなんて防衛の恥だぞ!」


 俺を囲むプレイヤーたちのうち、外側で法杖を持った魔法使い風のプレイヤーが鼓舞するように煽る。


 ――しかし、俺と直接相対する眼の前のプレイヤーは、たったシールドバッシュをいなされてあっという間に殺された仲間を見たせいか、俺に対してどう動いていいのか分からないらしい。ガン盾のまま固まっている。


 それと同様に固まってる――あるいは迷ってる奴がほとんどだ。まあ《撃震脚》なんて滅多に見ないだろうし――それもコンボに派生させずに別のスキルで二人瞬殺だ。俺が何をしたのかわからないやつもいるだろう。


 その軽いパニックの隙をついて俺を中心に展開していた防衛プレイヤーの囲みから脱出する。そしてもう一度スターグラディウスを手放して《撃震脚》――反撃を試みようと再び詠唱に入っていた少ないプレイヤーも《撃震脚》のヒットストップで詠唱を中断させられる。


 ――正直SPさえ気にしなければこのまま《撃震脚》でハメて一人ずつ殺していく、ということもできそうなのだが――表の連中が駆けつけてきて、遠間から魔法を撃たれた時点で詰みに近い形になる。『詰めろ』ってやつだ。


 もう幾ばくも余裕がないはず――ここの連中を皆殺しにするのが目的じゃない、あくまで生還――殺し合いはこの辺で終了だ。


 150フレームの有利――この0.15秒をどう使うかは既に考えてある。最初に切ったカードと同じだ。


 ヒットストップ中のプレイヤー――狙った訳では無いが、法杖の魔法使いだった――の背中を思い切り蹴って他プレイヤーに突っ込ませる。抗いようのない状況で、四、五人を巻き込んで転倒する魔法使い。


「――後ろから卑怯だぞ!」


「《魔女たちの夜ワルプルギス》じゃなければ、一対一で正面から正々堂々やってやるよ!」


 恨み言を吐くプレイヤーに言い返しつつ、俺は急いでストレージから蘇生アイテムを選択、使用する。パッと跳ね起きるマイト――


「表のプレイヤーがもう来てる!」


 開口一番、マイトが叫ぶ。早速か!


「いちいち相手なんかしてらんねえ、撤退だ!」


「オーライ――《移動速度上昇ウォークアシスト》! こっちへ!」


 転がった殺されたことで切れたバフをかけ直し、マイトは一目散に駆け出す――向かう先は屋上か。俺もその後を着いていく。


 ゾンビアタックを得意とする《親衛隊》のマイトだ、こういう状況で防衛プレイヤーを出し抜く心得があるのだろう――屋上に向かうということは俺が考えていた脱出プランとそう変わらないはずだ。


 通路を、そして屋上へ出るはしごを駆け上がり、砦の外に出た瞬間に俺とマイトは互いに確認することなく《潜行ハイド》を発動させる。


 直後、表に居たプレイヤーか、魔女の間のプレイヤーかは分からないが、ともかく追手が屋上へ上がってくるが――


「くそっ、いねえ!」


「飛び降りて逃げたのか?」


「違う、《潜行ハイド》だ!」


範囲攻撃AoEであぶり出すか?」


「無駄だろ……もう魔女を落としたんだ、逃げに徹されたらどうしようもない」


 それぞれが思い思いに叫び、屋上の縁から下を見下ろしたり、あるいは悔しがって地団駄を踏んだりしている。次々とプレイヤーが屋上へ出てきて同じような行動を取るが、俺たちを見つけられるわけもなく――一人、また一人と中へ戻っていく。


 ――俺とマイトは、《潜行ハイド》で姿を消したまま物見櫓の屋根の上からそれを眺めていた。


 隣で俺と同じようにちっちゃくなって座るマイトに耳打ちする。


「なるほどなぁ、勉強になるわ……ここならまあ見つからないわな」


 屋上に出たマイトは、俺を先導するように迷わず物見櫓へ向かい、その屋根へと駆け上がった。なるほど、物見櫓で周囲の警戒はしても、その屋根まではなかなか注意が向かないだろう。


 これで屋上からプレイヤーが居なくなるのを待てば、労せず脱出できるというわけである。飛び降りてフィールドに戻るも、スニーキングで砦を突破するのも自由自在だ。


「《親衛隊》でゾンビアタック成功したときに、追撃受けたくないときは《潜行ハイド》してここに登るんだ。今まで看破されたことないよ。でもロックさんだってノーデス狙うって言ってたし脱出方法考えてたんだろ?」


「俺はそのへんの窓から飛び降りたふりで窓枠にぶら下がってやり過ごそうと思ってたよ。こっちのが全然楽だ」


「そりゃあ着いてきて良かったよ。ちょっとでも貢献しないと……ただのお荷物だった、で終わりたくないからさ」


 そう言ってマイトが苦笑する。


「そんなことないって。《移動速度上昇ウォークアシスト》は本当にありがたかったぜ。追手振り切れるし、なによりここに乗り込むまでの時間を短縮できたのはデカい。かち合った斥候がもっと草原エリア寄りだったらここまで上手くいかなかったかもだし」


 ひそひそとそんな話をしていると、屋上から一人ずつプレイヤーが去っていき、とうとう俺とマイトを残して無人となった。


 帰り道でよほどのことがなければここから死ぬことはないだろう。つまり、実質的にノーデスでの魔女殺し達成だ。


 当初の予定と違い完全ソロではなくマイトの助けはあったが――まあ、それを差し引いてもシトラスに『達成した』と言える内容だろう。


「――よし、んじゃそろそろ砦に戻るか。マイトも《親衛隊》に戻るだろ?」


 時間的にほぼ最速での決着だった。他の陣営でもまだ初動の攻防をしている最中だろう。今回、《親衛隊》の役割は聞いていないが本陣防衛にその名前を聞かなかった。どこかで敵陣営を迎撃してるか、あるいはどこかに開幕突撃を仕掛けているか――


 しかし、俺の問にマイトは首を横に振った。


「ロックさんが良ければ、初動終わっても今日は時間いっぱいロックさんの手伝いしろって、うちの隊長ギルマスが。それともソロにこだわっってる?」


「だったらギルドに入らないよ。ソロに思い入れあるのはシナリオ攻略だけ――普段はPT狩りもするし、《魔女たちの夜ワルプルギス》はこうやって誰かと遊ぶのが楽しいもんな。いいぜ、砦に戻ってうちを攻めてるヤツらのケツに噛みつきにいくか」


 俺はマイトの言葉を聞いて、それをそのままメッセージとしてシトラスに送る。反応はない――指揮と防衛で忙しいのだろう。


「――よし、じゃあそろそろ行くか。裏手から飛び降りてそのまま《潜行ハイド》で草原エリアに抜けよう。落下ダメージで死なないよな?」


「そんなヤワなVIT耐久力じゃ殴りプリはできないって」


 俺の軽口にマイトがそう返してくる。こうして俺はノーデスでの魔女殺しを終えて、我らがラース様のおわす本陣へと向かった。

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