第3章 《魔女たちの夜》⑪

「――ラースの眷属か!」


 くわと目を見開いたグラトニーが叫ぶ。


りにきたぜ、グラトニー!」


「眷属ごときがよく吠える!」


 怒鳴り、グラトニーが構える。ラース様が魔女でありながらプリーストであるように、こいつにもジョブがある。グラトニーは自分の身の丈よりも大きい両手剣を操る剣士だ。


 構えたグラトニーの両手に、吹き荒ぶ嵐のようなエフェクトを伴って大剣が現れる。


 しかし俺はグラトニーが剣を召喚するより早く《ファントムドライヴ》を発動していた。今しがたプレイヤーを蹴飛ばして道は開けている。プレイヤーの背中を踏み越え、そして《カオスディザスター》を発動。スターグラディウスとそれを握る右腕が、混沌の稲妻とでも言うべきエフェクトを纏う。


「小癪なぁっ!」


 グラトニーが迎撃のため剣を振る。モーションに見覚えがない――特別なエフェクトもない。攻撃スキルじゃないことは確定だ。《パリィ》か《スラッシュパリィ》か?


 俺の方は既に《カオスディザスター》のモーションに入っている。見たとこ3フレーム差で《カオスディザスター》が届かず、《パリィ》あるいは《スラッシュパリィ》が間に合ってしまう。


 かと言ってこの《パリィ》のスカ(空振り)を取るためにモーションを遅らせるようなことをすればスキルがファンブルする。つまり俺のモーションはもう止められない。


 だったら――


「――ぉおおおっ!」


 気合一閃、俺はグラトニーに肉薄する瞬間、両足が地を離れているその刹那に体を捻転させた。スキルモーションを維持したまま俺の体がわずかに捻れ――


 どっ、と肩口に大剣が浴びせられる。これが通常攻撃だったら苛烈なダメージが入っていたところだったが、俺のHPゲージは減っていない。《パリィ》や《スラッシュパリィ》であればシステム的なダメージはなく――そしてこちらの武器に当たっていないため、《パリィ》は成立しない。


 一見攻撃に見えるアクションに突っ込むのはなかなかに度胸を要するが、VRゲーならではのテクニックだ。


「ぐっ――」


 額がこすれそうな距離で、やられたと言わんばかりにグラトニーが目をむく。そのきっかり3フレーム後、袈裟斬りを狙った俺のスターグラディウスが体を捻った分だけ狙いを逸し、グラトニーの額を斬りつけた。


 パリン、と大きなガラスが砕けたような音が響く。グラトニーにかけられていたバフの類が全て剥がれた音だ。同時に黒い稲妻のようなエフェクトが魔女の体を貫いた。グラトニーのHPゲージがガリガリと削れていく。


「――ラースのいぬごときがぁっ!」


 額から流血を滴らせるグラトニーが叫ぶ。しかしノックバックのせいでスキル硬直を差し引いても先に動けるのは俺だ。


 殺ったぜ、グラトニー!


「殺らせるかっ!」


 勝利を確信した瞬間、周囲にいた防衛プレイヤーたちが魔法スキルでそれぞれ俺をターゲットする。慌ててグラトニーにバフを掛け直そうとするプレイヤーもいた。


 ――遅えよ! 俺を止めたきゃ《ファントムドライヴ》見た瞬間に《カオスディザスター》読みでそのスキル硬直狙った近接スキルの準備をするぐらいじゃないと――詠唱キャストして間に合うと思うなよ!


 俺は《カオスディザスター》のスキル硬直開けジャストで《背後取りバックサイド》を発動――防衛プレイヤーたちのターゲットをすべて振り切ってグラトニーの後ろへ回る。


「――貴様ぁっ!」


 グラトニーがノックバックの中で顔だけ振り向くが、しかし何ができるわけでもない。俺はそのままグラトニーの脾臓をスターグラディウスで抉る。


 使ったスキルはアサシン最大スキル《デッドリーアサルト》。《魔女たちの夜(ワルプルギス)》においての魔女たちはボスではなく、フラッグ――故にバフを剥がせばそんなに固くない。《カオスディザスター》に《デッドリーアサルト》――これで足りるはずだ。


 十五本の剣閃がグラトニーの傷を穿つ。グラトニーは苦悶の声を上げながら痙攣のように追加攻撃の十五回分、ヒットストップに揺れて――


 そして、HPゲージを全損させ、光のオブジェクトと化して砕け散る。


 通常のボス戦ではないので、LAやMVPの表示はでない。代わりに全プレイヤーの視界にシステムメッセージが流れる。


『暴食の魔女グラトニーが撃破されました。これ以降グラトニー陣営のプレイヤーは死亡後復活(リスポーン)できず、イベントエリアより退出となります。ご注意ください』


 ――よし! 後は生還するだけ――


「――ぐあっ!」


 グラトニーが光となって砕け散るのとほとんど同時に、マイトの悲鳴が響く。周囲に目を向けると、防衛プレイヤーの向こうで倒れる彼の姿があった。多勢に無勢でやられたか――


「やってくれたな《公認チーター》……せめてウチの床舐めさせてやる」


 防衛プレイヤーの一人がそう言って、そして全員で俺を取り囲む。全部で十二人――よく見るとマイトの側で二人ほど防衛プレイヤーも倒れている。ドサクサに紛れて二人道連れにしたのか、やるじゃんか……


「すぐに起こ蘇生してやるから、そのままそこで寝てろ!」


 倒れたマイトにそう叫ぶ。ゲームのルール上、倒されたプレイヤーは仲間プレイヤーの蘇生を待つか、自陣でリスポーンするか選ぶことができるのだ。


 ――本番はここからだ。魔女殺しをして死に戻るだけならそう難しいことじゃない。ここから死なずに帰るのが難しいのだ。


 マイトを見捨てることもしない。それをしてしまえば、仲間を捨て石にして――と言われかねないからな。


「さすがに舐めすぎじゃねえか、おい!」


 近くにいた盾職のプレイヤーが盾を構えて突撃してくる。《シールドバッシュ》――喰らえばノックバックとヒットストップで止まったところをいいようにされるだろうが――


 ――だが、俺の目には見えている。なんのために途中で出くわした盾職三人にここまで案内させたと思ってるんだ――ここでひとまとめにするためだよ!


 今こそカイに徹夜で手伝ってもらったコソ練ならぬコソレベリングの成果を見せるときだ。


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