第3章 《魔女たちの夜》⑨

『《魔女たちの夜ワルプルギス》開始まで後三十秒です。参加プレイヤーは準備を済ませ、開始に備えてください』――システムメッセージとともに、視界の中でカウントダウンが始まる。


 それを見て、俺は俺と一緒に砦の正門近くで待機するマイトに告げる。


「開幕、《潜行ハイド》で沼地に直行な」


「オーライ。支援はどうする?」


「ステータスのバフはアバターの操作感変わるからいいや。移動速度アップは持ってるならかけて欲しい」


「ほいきた――《移動速度上昇ウォークアシスト》」


 マイトの詠唱とともに、俺と彼の足元に魔法陣が浮かび、白い光に下から照らされる。これで効果が続く限り、俺とマイトの移動速度に補正がかかる。しかもこれは聖魔法属する――つまりラース陣営の恩恵を受けているため、他陣営の《移動速度上昇ウォークアシスト》より上昇率・効果時間が高い。


 他にも彼は自身にいくつかのバフをかけて――


「防衛とかち合ったらどうすんの?」


「基本的には無視して迂回。ワンタッチで仕留めたとしても襲撃がバレるから防衛が厚くなる。多分隣のエリアだから開幕突の警戒のために斥候はいるはずだけど――同盟組んでるなら初動は他陣営と足並み揃えて正面から攻めてくると思う。だから直でこっちに攻めてくる部隊はいないはずだ」


「了解――都度指示くれな?」


「わかった。余裕ないとき命令っぽく言っちゃうかもだけど簡便な」


「オーケーオーケー。今日は部下だと思ってくれていいよ」


 マイトが小気味いい返事を返してきて――そしてカウントダウンが進み、ゼロになる。


 俺とマイトはほぼ同時に《潜行ハイド》を発動――互いの姿が半透明になるのを確認する。


 本来は不可視のステータスを得るスキルだ。しかし完全に見えないと味方をも撹乱してしまうため、こうしてパーティメンバーや《魔女たちの夜ワルプルギス》の同陣営に対してはこうして半透明に見えるというわけだ。


『《魔女たちの夜ワルプルギス》開始』


 システムメッセージ――今頃本陣ではラース様が勇ましい号を発しているだろう。俺とマイトはシステムメッセージと同時に砦を飛び出し、遮蔽物が殆どない荒野のフィールドを沼地エリア目指して走る。


 グラトニー陣営が他陣営と合流してラース陣営に攻撃を仕掛けるなら、まずは砦からマップ中央に向かうはず――こうして横から奇襲をかければ本陣の横っ腹を強襲できるはずだが。


 足が軽い、という実感はないが、フィールドの景色が結構な速さで後ろに流れていく。普段の五割増し以上の移動速度だ。正直これだけでもマイトの同行はありがたい。


 そんな中、確認し忘れていた事に気づく。


「そう言えば、だけど――マイトの基本戦法ってどんなだ?」


 殴りプリだから基本は耐えて殴り返す、で合っているとは思うが――


「初手は《物理無効アタックキャンセラー》と《魔法返しマジックカウンター》で凌いで、後はもうなるべく耐えて殴り返す、かな。状況次第じゃ回復して耐えるってこともできなくはないけど」


「《パリィ》系は?」


「攻撃スキルはモンク系をメインに取ってるんだ。刃物系のスキルはほぼ取ってない。《白刃取り》と《受け流し》、《オートカウンター》は持ってるよ」


 俺の質問にマイトが答えてくれる。《白刃取り》は敵の武器攻撃を無効化しつつ特殊ヒットストップを与えるモンクスキルで、《受け流し》は敵の物理攻撃をその名の通り受け流し、攻撃を無効化しながら相手に特殊ヒットストップを与えるモンクスキルだ。

 

 基本的にはどちらもコンボ始動スキルで、《パリィ》のように能動的に捌いていくスキルではなく、受けのスキルと言える。


 とは言えきっちり相手の攻撃を見切って使えれば強力なカウンターにもなり得るが。


「了解、俺は『見て反応』だ。隙があればスキルでも通常攻撃でもねじ込んでいくし、見えたら《パリィ》からの反撃で削ってくってのが基本戦法」


「それ、さらっと言えるのがすごいよなぁ」


 そんな話をしながらも、足は目一杯動かしている。そう間をおかず沼地エリアとの境界が見えてくる。


 鬱蒼とした不気味な植物。立ち込める霧――荒野からはっきりと『ここから先が沼地エリアですよ』とばかりに景観が変わるのはゲームだからだろうが――それでも現実と見間違うほどの美麗なグラフィックのこのゲームで、沼地エリアは廃墟エリアと並んで不気味な景色だ。


 その境界で立ち止まると、数メートル遅れてついてきていたマイトも足を止めた。


 お互い《潜行ハイド》を維持したまま、声を掛け合う。


「……斥候はいなさそうじゃん?」


「ぱっと見はな――俺ら、ほぼ最速でここまで来たから単純に向こうの斥候がここまで来れてないだけってこともあるかも。ここからは警戒しながら行こう。俺が先に行く。周り気にしながら着いてきてくれ」


 俺の言葉にマイトが頷き――そして俺たちは走るのを止め、歩きに切り替える。


 それでも《移動速度上昇ウォークアシスト》のお陰で歩きにくい沼地エリアをすいすいと進めた。そのまましばらく進み――


 俺は無言で足を止め、ハンドサインで止まるように後ろのマイトに伝える。背後のマイトが足を止めて身を低くしたのが気配で伝わってきた。


 そのまま近くの大きな茂みの影に隠れ、小声でマイトに告げる。


「斥候だ。見えるか?」


「――ああ、あれは……ハンターと盾職だな」


 目を細めて、マイト。鬱陶しいほどの植物の向こうに、弓を手にしたプレイヤーと盾を持ったプレイヤーが立っているのが見えているはずだ。


 当初の予定ではプレイヤーとかちあったら迂回、のつもりだったが……しかし思いの外深くまで侵入できてしまったため、斥候の向こうには砦の影も見えている。


 ――さて。


「かちあったら迂回、って話したろ?」


「おー」


「砦もう見えてるし、見つかるの覚悟であいつらスルーして全速力で砦に突撃しない? この距離ならハンターの《トラップ》にかかって《潜行ハイド》が解けても、奴らが本陣と連絡取り合って警戒態勢敷く前に砦に着くだろ」


 俺がそう言うと、マイトがにやっと笑う。


「クレバーなプレイヤーだと思ってたけど……もしかしてロックさんって脳筋?」


「いや、どっちかっつうと効率厨かな。迂回して時間かけるより、パっと強襲したほうが相手混乱するんじゃね? って」


「ほんとぁ? ここまで近づいたのに迂回するの面倒になっただけじゃなくて? でも嫌いじゃないよ、そういうの。あー、念のため《移動速度上昇ウォークアシスト》かけ直す?」


「いらね、ハイドアタックが成功するにしても失敗するにしても、この効果時間が切れるまでに決着着くよ」


「オッケー、じゃあ行こうか」


 そう言ってマイトも立ち上がる。こいつノレるな。


「《潜行ハイド》が解かれたら掛け直しな? 砦に入るまでは『そこにいる』ってバレても相手はこっちタゲれないから、《潜行ハイド》の解除で一手間かけさせられる」


「了解」


「じゃあ、行くぞ。続けよ?」


 そう言って俺は茂みから全速力で飛び出した。同時にばさっと茂みが大きく揺れ、音を立てる。


「――!」


「敵?」


 盾職のプレイヤーが音に驚いて身構え、警戒したハンターが弓を引いてこちらを向く。しかし俺たちの姿は見えず――


「――見えない! 《潜行ハイド》してる!」


「任せろ――」


 ハンターが叫び、盾職が剣を抜き、肩に担ぐ。あのモーションは――


 俺は急停止し、足を踏ん張る。ほぼ同時に後ろを着いてきたマイトが背中に激突。


「っ――」


 マイトのうめき声が耳元で聞こえる。しかし謝る余裕はない。眼の前で地面が爆ぜて土が舞い上がる。剣士の範囲攻撃、《ライオットブレード》だ。音でアタリをつけて当てずっぽうで攻撃してきやがった! 当たればこっちの《潜行ハイド》を解除できるって寸法だ。


 判断が早い――しかし『見た』。お陰で《ライオットブレード》の範囲外で止まることに成功する。


 ここで時間はかけたくない。俺は既に再び駆け出し――そしてマイトも着いてきている。


「外した!? くそ、どこにいやがる――!」


「――っ! 足音そっち行った! 戦うつもりがねえ、ハイドアタックか!」


 俺たちがスルーするつもりであることに気づいたらしい二人が叫んで俺たちを追ってくる。向こうも《移動速度上昇ウォークアシスト》を使っているようだが、しかし陣営補正で俺たちの方が早い。追ってくる足音、そして声は少しずつ遠くなっていく。


 ――そして、目の前に迫る砦と、それを守るグラトニー陣営のプレイヤーたち。ざっと見たところ二、三パーティ――十人ちょっとだ。


 中に直衛パーティがいるにしても防衛が薄い――やっぱ同盟組んでラース陣営に強襲かけるつもりか。


 早いとこグラトニー陣営を落としてシトラスたちの負担を減らしてやらねえとな!

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