第3章 《魔女たちの夜》⑥

 ラース様のそんな言葉と同時に視界にウィンドウがポップする。『《魔女たちの夜ワルプルギス》に参加しますか?』――予めギルドマスターが参加予約をしているギルドのメンバーには、この時間にこのメッセージが表示される。これに対しイエスを選択すると、イベント専用のマップに転送されるというわけだ。


 俺は迷わずに『イエス』をタップ――視界がブレて専用マップに転送される。


 転送された先は、今回ラース陣営に割り振られた砦のホール状になっている一室だ。ここで同陣営他ギルドの面々と合流し、バトルロイヤル開始に備えるというわけだ。


 システムメニューを開き、ラース陣営が割り振られたエリアを確認する。砦の内装・造りはどこも同じなので、内装だけでは確認できない。また、他の陣営がどのエリアに割り振られたかもここで確認できる。


 ――今回割り振られたのは荒野エリアだ。俺的にはそこまで悪くないエリアだが、


「うーん……」


 すぐ近くに転送されたシトラスが、俺と同じようにシステムメニューからマップを確認して額を押さえる。


「あれ、嫌か? 無難だろ、荒野」


「今回は沼地か遺跡を引きたかったな」


 シトラスはそう答える。《魔女たちの夜ワルプルギス》のイベントエリアは、極端に言えば七等分された円グラフのようなマップになっていて、荒野エリア、沼地エリア、廃墟エリア、草原エリア、森林エリア、遺跡エリア、火山エリア、となっている。


 毎回このタイミングでランダムに割り振られるため、事前にフィールドに適した準備をすることはできない。


 シトラスが口にした沼地と遺跡のエリアは、防衛有利とされているエリアだ。沼地は沼と鬱蒼とした植物で侵入が難しく、遺跡はいわゆるダンジョンめいた造りになっているので攻める側として考えるとやりにくい。


 対して荒野エリアは障害物となり得るものがほとんどなく、攻めようと思えばガンガンに攻められる。しかしそれは、守る側にとっても同じで――つまり隠れるものが何もないので、誰がどこからどれだけ攻めてくるのか容易に察知できる。


 防衛の場合、どういった陣形を敷いて備えているかも察知されやすいということだが、しかし俺としては分かりやすくて嫌いじゃない。


 まあ、全陣営がラース陣営を狙ってくるであろう状況を考えたら、より防衛に適した砦が良かったと思うのはリーダーとしては当然かも知れない。


 他にも荒野に近い特徴の草原エリア、乱戦・ゲリラ向きの森林エリアと廃墟エリア、防衛側と攻撃側、どちらにとって有利に働くかわからないランダム要素の『噴火』がある火山エリアとバリエーションに富んでいる。


 俺にとってありがたいのは自陣が森林と廃墟でなかったことだ。基本的に単騎駆けが得意な俺はこのエリアに攻め入るのが得意だからだ。


 シトラスが他の参加ギルドを確認し、ギルマスたちと戦略の最終確認を進める中で、ロキとアンクが《月光》の参加メンバーを確認し、チームを割り振っている。《月光》は大手ギルドの一つで、所属メンバーは俺たちだけじゃない――《魔女たちの夜ワルプルギス》では他ギルドと折衝するシトラスに代わり、ギルド内をまとめるのは親分肌のあの二人だ。


 そんな中、名前こそうろ覚えだが――これまで《魔女たちの夜ワルプルギス》で共闘してきて顔見知りになった他ギルドのメンバーたちが声をかけてくる。


「よっ。動画観たぜ、《公認チーター》」


「すげえことになってるじゃんよ」


 魔法使いとプリーストのコンビに肩を竦めて返す。


「はいはい、《公認チーター》いじりはもうお腹いっぱいだよ……で、すごいことって?」


「又聞きだから確定情報じゃねーんだけどさ……他陣営は今回の《魔女たちの夜ワルプルギス》、ラース陣営落ちるまで協力体制取るんだってよ」


「トレンドに入るほどじゃないんだけど、SNSに『#ラース包囲網』とか、もっとダイレクトに『#《公認チーター》包囲網』とかってタグがあんのよ。結構マジっぽくない?」


 マジか。今までそんな同盟めいた協力体制を敷いての《魔女たちの夜ワルプルギス》なんてなかったぞ、おい……


 ――と、二人からそんな話を聞いていると別のプレイヤーが話に加わってくる。


「――多分それガチ情報。ウチのギルドに所属してるプロゲーマーが、ラース陣営にいるせいで仲間に誘われなかったってボヤいててさ」


「……他陣営ではもう《魔女たちの夜ワルプルギス》で陣営戦略に口出すほどプロゲーマーが力をつけてるってことか?」


「やあ、どうかな。でも有名プロならレベル低くったって話聞こうって思わない? そうじゃなくてもロックは今、《ワルプル》で一番有名なプレイヤーだから……《魔女たちの夜ワルプルギス》でぶっ叩ければ有名になれるって思うやつはいっぱいいるだろ――それこそプロ・アマ問わずさ」


 モンクスタイルの彼がそう言ってやれやれとため息をつく。


「で、うちのギルマスはもう諦めムード。ロックはただ自分の好きなようにルールの中でゲーム楽しんでるだけだから恨む気はねえって言ってたけど……」


「……そこまで?」


 尋ねると、渋い顔でモンクの彼が頷く。


「いくらミラドラ戦で実質ノーダメだったロックでも《魔女たちの夜ワルプルギス》に参加すりゃあ誰かに落とされるはずだから、ここまでキツイ状況は今回だけだと思うって言ったんだよ。そしたら来月も同じ状況だったら再来月は陣営移籍して別陣営でラース包囲網に参加するってさ」


 ……それが俺のせいなら申し訳ない気もするが。


「それがさ」


「うん?」


 俺が口を開くと、三人は『なんだ?』とばかりに聞く体勢になる。


「今回ノーデス狙ってんだよね、俺」


「……マジで言ってるの、それ」


「なんならどっかで一人は魔女を殺したい」


 言外に正気を疑っているようなことを言うモンクにそう返すと、魔法使いとプリーストの二人がゲラゲラと笑い出す。


「やっぱどっかぶっ飛んでるなー、お前」


「流れ次第だけど――近くで戦うことがあれば手伝うよ」


「サンキューな――……よう、ギルマスに言っとけよ。俺と一緒に徒党組んで襲ってくる連中を気持ちよくぶっ飛ばすか、敵陣営に移籍して毎回ラース陣営に轢き殺されるの、どっちが楽しそうかよく考えなってさ」


「……勝算は?」


「なきゃこんなこと言えるかよ」


 モンクの問いかけにそう答えると、


「……少なくともラース陣営が最初に脱落するようなことはなさそうだな。ゲーム投げるのはまだ早いってギルマスに言っとくわ」


 そう言い残してモンクが踵を返す。魔法使いとプリーストも同様だ。


 そして――


「《月光》集合!」

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