第2章 フルダイブ・スポーツ③
「――ラース様ぁ」
「はぁい」
呼びかけると、鈴の音のような声で
「ラース様が淹れてくれたお茶が飲みてえっす」
「あ、僕も」
「ちょっと? ラース様になに言ってんのよ!」
コスプレをするほどラース様を敬愛するシトラスが目を三角にするが、いつの間にか俺たちの話を聞くように部屋の隅でにこにこしていたラース様は、一向に気にする様子はなく――
「はぁい、どうぞ」
俺たち三人の前に、湯気の立つカップを置く。
――《ワルプルギス・オンライン》には五感シミュレーターが実装されていて、オブジェクトに触れるだけでなくリアルに限りなく違い感触が味わえる。
このへんの技術はゲームではなく医療系の技術発展に基づいて進化してきた分野だが、まあ細かいことを置いておくと《ワルプルギス・オンライン》の中ではリアルに近い感覚で飲み食いできるということだ。
頼むとアイテムとしてぽん、と出てくるのはゲームっぽいが――それでもカップに満たされた紅茶は芳しい香りを放っている。
俺はそのラース様が淹れてくれた紅茶に口をつけ、
「美味しいです、ラース様」
「あらあら、お粗末様です」
にっこりと、ラース様。
「――で、なんの話だったっけ? 俺が《月光》抜けてラース様と疑似同棲するか悩んでる話だっけ?」
「そんな話してない!! え!? 本気!?」
シトラスがいきり立つ。いや、冗談だろ、そんなに過剰な反応しなくてもいいじゃん。
「冗談だよ――《ワルプル》が競技タイトル化したらどうしてギスりそうなのか、な」
俺はカップを置いて、
「――格ゲーやFPSってさ、すげー公平なのよ」
「公平?」
オウム返しにシトラスが尋ねてくる。カイの方は理解しているらしく、ラース様の紅茶を美味しそうに飲んでいた。
「ああ。わかりやすく格ゲーで説明すると、格ゲーって決められたキャラを選んで戦うだろ? エディットできるタイプのタイトルもあるけど、基本は同じ。パラメーターの振り分けも合計値っつーか上限っつーか、そういうの決まってるから、誰かだけ極端に強くなるってことはない。強キャラ弱キャラはあっても、極論じゃあ強キャラ使えば? 強いビルド使えば? って話だからさ」
「FPSも似たようなもんだよね。武器の性能は変わらないわけだし」
「だよな。少なくとも《ワルプル》よりはよっぽど公平だよ」
「……なるほど」
俺とカイの言葉に、シトラスは神妙な面持ちで頷く。
「MMORPGは純粋なプレー以外の介入要素がでかすぎる。例えばレベルで縛ったレギュレーションだった場合、装備が良ければ良いほど有利になるだろ? いい装備ってのは大抵強いモンスターのレアドロップだ。極端な話、超強い武器をドロップするモンスターが出るマップを、とあるプロゲーマーとそのファンやシンパが独占したら他のプレイヤーはその武器を手に入れるチャンスが極端に減る」
「――ギルドイベントの成績でもランキング報酬があるから、チームでプレイするプロ選手のみで構成されたギルドなんかも出てきそうだよね。どう思う、ロックさん」
「ああ、俺もそう思う。ラース陣営は補正が強いからな、これから始めるプロでラース陣営選ぶプレイヤーは多いんじゃないかな。今んとこ《月光》はトップギルドの一つだからギルドイベントでシトラスが陣営リーダー務めることが多いけど、これからは声のデカいプロギルドが自分たちでやるって言い出すかもな」
毎月月末に行われるギルドイベント。俺たち《月光》は度々このイベントでランキングのトップを飾りその恩恵を受けている。トップギルドだからというのもあるが、どうしたってシトラスが陣営リーダーを務める場合は《月光》メンバーが中心となる。当たり前と言えば当たり前だが――
「俺はさ、このゲームを目一杯楽しめればそれでいいんだよ。だからプロギルドが陣営リーダーをやってもそれそのものには文句ない。でもシトラスがラース陣営を勝利させてきたって実績は本物だろ? そこらへんを無視して《月光》を押しのけるようなギルドが出てきたら勝ちの目も薄くなるし、何よりそんなリーダーに命令されるのは面白くないな」
「……そんなにギスギスするかな?」
カップを両手で抱えて、シトラス。
「可能性の話だよ」
「僕はあり得ると思うな。プロは生活かかってるわけじゃない? プロがギルドを作ったら、僕らみたいな楽しいギルドにはならないでしょ」
不安げなシトラスにぼかした俺だったが、カイがそれを台無しにしてくる。
「――……そうなったらヤだな」
「そうなったらギルイベ参加しなければいいんじゃない? 《月光》のギルドプランは『エンジョイ』でしょ?」
シトラスの暗い表情を吹き飛ばすようなことを言ったのもカイだった。そうだ、《月光》は《ワルプルギス・オンライン》をめちゃめちゃ遊び尽くしてやろうとシトラスが立ち上げたギルドで――シトラス本人や、カイ、俺、その他主要メンバーががエンジョイしまくった結果、トップギルドの一つになった。もともとトップを目指していたわけじゃない。
「それじゃあさ」
と、シトラスが口を開く。
「結局、競技タイトル化は《ワルプル》にとっていいことなの? よくないことなの?」
「えっ、それは……」
「うーん……どうなのかな」
そんな無邪気にも思えるシトラスの質問に、俺もカイも腕を組んで考え込んでしまった。
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