第2章 フルダイブ・スポーツ④
「――ああ、そう言えばカイ、お前に用事があってギルドハウスに顔を出したんだった」
思い出して話しかけると、カイが顔を上げる。
「ええ、わざわざ来てくれたの? ギルチャでメッセージくれれば僕がロックさんのところに行ったのに」
「や、話の向きじゃ結局ハウスにくることになったから別に構わないよ」
俺は恐縮そうに言うカイに対し、システムメニューから開いたアイテムストレージ、そこから取り出した一振りの両手剣を取り出してカイに投げ渡す。
「おっと――何これ? すご、かっこよ」
受けとったカイは、その両手剣のおどろおどろしい意匠を見て感嘆の声を上げる。
「ミラドラのMVPドロップ」
「うっそ、激レアじゃん!」
驚いたカイは宝物を見るような目で手の中の両手剣――幻影剣ミラージュブリンガーを見る。
「なに、どうして? 自慢?」
「自慢するだけなら渡すかよ。やるよ、それ。お前ミラドラでMVP取ったけどドロップしょぼかったって言ってたろ? 持ってないと思って。お前が要らなきゃギルドチェストにぽい、だ。欲しい誰かが使うだろ」
「いやいや、いらないなら誰かに売りなよ!」
「そうだよ! 流石にこんな超レアアイテムを人にあげるのは――……それってまだそんなに出回ってないでしょ?」
カイに続き、シトラスも驚声を上げる。
「それにロックさん、剣士スキルも取ってるでしょ? 自分で使うかもじゃん?」
「いや、それがな――」
俺は二人が更に驚くかもしれない事実を告げる。
「俺、二日連続でミラドラいわせたろ?」
「え? うん――」
「ソロだからMVP確定じゃん?」
「そうだね。LAも確定だね」
「LA報酬は二日連続でしょっぱかったわ……けどMVP報酬がまさかの二日連続レアドロップでさ」
言いながら俺はもう一振りの幻影剣ミラージュブリンガーをアイテムストレージから取り出す。
「うわー……無駄にいい引きだ」
カイがなんとも言えない顔で俺を見る。
「ほんとにな……つーわけで、ダブってるから心配すんな。カイが欲しいならあげるよ。お前剣士だから両手剣使うだろ?」
「うん……でもほんとにいいの? 悪いけど僕、一人称が僕だからって実はボクっ娘の美少女でしたってオチはないよ? 普通に男子だよ?」
「お前にそんなオチ求めてねえよ……違う装備なら俺もほくほくだったんだけどなー。それにその幻影剣、ATKはそれなりに高いけどボスドロップの割に微妙だぞ」
「どんな効果?」
実物を手にしていないシトラスにはその特殊効果はわからない。ワクワクとした様子で尋ねるシトラスにカイはシステムメニュー経由でミラージュブリンガーのプロパティを確認し――
椅子から立ち上がると、しゃらんと金属音を鳴らして抜剣した。そして――
「――え、剣が?」
抜いた途端、見えなくなった幻影剣に驚くシトラス。
「SP消費で《
「……微妙……や、対人戦じゃワンチャンあるかもだけど」
残念そうな表情を見せるシトラス。しかし意外にもカイは嬉しそうだ。
「いや、僕こういうの大好き。ホントにもらっていいの?」
「いいよ。その代わり、いらなくなったら売却しないでギルドチェストな。ATKは優秀だから、それだけでも中堅プレイヤーは使いたいだろ」
「ギルド資産にってわけだね。ぜんぜんOK」
鼻歌まじりに納刀したカイは、本当に嬉しそうに。
「やったぁ。これはお礼に女声の練習して、ロックさんに『実は本当のところカイは女の子なのかもしれない』というドリームを見せてあげないと」
「いやがらせか」
「あー、これで対人戦したら面白いだろうなー。試し切りしたいなー」
そんなことを言いながらカイは色んな角度からミラージュブリンガーを眺めつつ、その合間にちらちらと俺に視線を送ってくる。
こんにゃろ……
「そんな手品みてえな手で俺に勝てるつもりか? ……や、俺があげといてこんなこと言うのもなんだけど。いいぜ、遊んでやるよ」
挑発に乗ったわけでもないが、たまには身内で対人戦して遊ぶのも悪くない。俺が了承すると、シトラスも乗ってくる。
「えー、カイくんがやるなら私もロックと対戦したい!」
「いいよ。じゃあ庭に出るか」
そうして俺たちは三人で連れ立ってギルドハウスの庭に出た。
庭といっても、うちのギルドハウスは所属するトップランナーたちが揃いも揃って私財のほとんどを投入して購入した、実装されているギルドハウスの中でも最高級のものだ。
ハウスは豪邸だし、庭も小さいグラウンドほどある。こうして対人戦をするのに困らないし、ギルドイベント前は有志のメンバーで戦術訓練をできるほどだ。
シトラスより後からゲームを始めたのでギルドハウスの購入に貢献していない俺は、先のように不要なレアドロップを譲ったり、メンバーのリクエストに応えたりで貢献している。
ギルド狩りにも誘われたらなるべく参加するしな――俺自身がクリアしているマップでなら。
「三人とも、怪我をしたらダメですよぉ」
俺たちに着いてきたラース様に見守られながら――俺と対峙するのはシトラスだ。
「
シトラスがルールを確認してくる。このゲームの
シトラスが申し出た瀕死決着はオーソドックスなルールで、賭けなし、オーバーキルでも殺さないで相手にHPを残すというお遊びルールだ。今回カイがしたがったように新装備の試し斬りにも利用されるし、新しいスキルを使った戦術確認、ただの暇つぶし――ともかく、デスペナをつけないで気軽に楽しく遊べるというわけだ。
ちなみにこのゲームのデスペナは次のレベルまでに必要な経験値の一割ロストだ。低レベルならともかく、高レベル帯にいる俺たちにとって遊びで捨てられるもんじゃない。
「もちろん」
彼女の提案に頷くと、ぽんと目の前にPvPの申請ウィンドウが現れた。一応ルールを確認し、承認ボタンをタップ。
同時に俺とシトラスの間に《10》という数字のオブジェクトが現れる。それが《9》、《8》……とカウントダウンされていき――これが《0》になったら開戦というわけだ。
この辺はこれまでにあった多くのタイトルを踏襲している形だ。いやまあ、こんなところで斬新な演出をされても仕方ない。わかりやすくてありがたいぐらいだ。
数字がカウントダウンされる中、俺はシトラスに告げる。
「お前、開幕にできるだけバフかけちゃえよ。その間待ってるから」
「――え?」
「後衛のお前と近接速攻型の俺がよーいどんで勝負したら
「いいの?」
「いいよ」
「――……じゃあ遠慮なく」
舐められた、と怒り出すシトラスじゃあない。互いのビルドはよくわかっている。むしろ万全の用意させることで、俺が変な気の使い方をするつもりがないことが伝わっただろう。
カウントが《0》になる。同時に、シトラスは手にした錫杖を天に突き上げた。
「――《
シトラスの足元に魔法陣が浮かび上がり、黄金の光が彼女を包む。聖魔法属性の、全てのステータスにバフをかけるプリーストの真意とも言える代表スキルだ。おまけにラース陣営の補正付き。これでシトラスのステータスはがっつり盛られたわけだ。
「――《
おお、プリーストのバフに、魔法使いのバフまで……シトラスのやつ、結構本気だな?
「お待たせ、ロック」
「もういいのか」
「うん、いつでも」
そう言ってシトラスは両手で錫杖を握り、腰を落とす。
「はいよ。じゃあ、こいつが割れたらスタートな」
俺はそう言ってアイテムストレージから空き瓶というアイテム――なんの伏線もない、中身が入っていないただの瓶だ――を取り出す。
そいつをぽいっと宙に放り――空き瓶は弧を描き、地面に落ちてパリンと砕けた。
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