第2章 フルダイブ・スポーツ②

「ロックさん」


 放課後、帰宅して即ログイン――街に戻り、シトラスがギルドマスターを務めるギルド《月光》の拠点となっているギルドハウスに入ると、綺麗なお姉さんが声をかけてきた。


 修道服をパンキッシュにカスタムしたような、そこそこ露出してるが発禁がかかるほどでもなく――要約すると邪教のシスターっぽい出で立ち。


 しかし反して金色に輝く長い髪は聖女を思わせる。穏やかな微笑みを浮かべ、慈愛の精神を忘れない――そんな穏やかな美人さん。


 一言で言えば可愛いおねいさん、だ。お姉さんじゃないところがポイントな。二言で言えばめちゃめちゃ可愛いおねいさんである。三言で言えば――ってもういいか。


 この人こそ、《ワルプルギス・オンライン》を代表するとも言える七人の魔女の一人、我らが主、《憤怒の魔女》ラースその人である。


 まあ、端的に言うとNPCである。しかし超々高度なAIで動く魔女ユニットは、プレイヤーの間で『中の人がいるのでは?』と噂されるほどリアルな反応を見せてくれる。


 うちのギルドハウスにいるのはたまたまではない。マスコットユニットとして、ゲーム内でコストを払うことでギルドハウスに常設――『主として眷属の拠点を視察してもらう』ことができるのだ。


 ギルドイベントではギルドユニットとして護衛したり、シナリオクエストでは主として眷属であるプレイヤーを支援したり、あるいは共闘したり――そんな魔女ユニットは大人気で、ギルドハウスに設置できるという機能はプレイヤーに大好評だ。


 中には個人でギルドを設立、一人で支払うには莫大なコストをかけて魔女ユニットを設置して疑似同棲するガチ恋勢もいるとか。ううむ、気持ちはわからんでもないが……


「ああ、ラース様。こんちゃす」


 我らが主であるラース様にいつものように挨拶すると、ラース様は笑顔から一転、頬をぷくっと膨らませた。


「もう、ロックさん――あなた、また一人で戦いに行きましたね? 私、一人で危険なことはしないでくださいっていつも言ってますよね?」


 眉を吊り上げたラース様が、頬を膨らませたまま俺にそう告げる。


 あ、そうか――幻魔竜を倒したことでAIの言動パターン増えたのか。


「大丈夫ですよ、ラース様。楽勝でした」


「そりゃあ私もロックさんの腕は信用してますけど……でも、私の言うこと聞いてくださいって言ってるんです! あんまり心配させないでください。嫌いになっちゃいますよ」


 ぷいっとそっぽを向いて、ラース様。これが《憤怒の魔女》の怒り方かよ。この可愛いおねいさんはどうやったら俺の家に来てくれるんだろうか……このギルド抜けて個人ギルド作ればいいのか?


 ――と。


「――おお、何そのパターン。僕知らないけど……ソロでボス倒したらそんなパターン増えるの? 僕も挑戦してみようかな」


 急に後ろから声をかけられる。振り返ると、そこには見知った顔が――いや、ギルドメンバーしか入れないギルドハウスにいるのだから、見知っているのは当然なのだが。


 とにかく、ギルドメンバーの一人がそこにいた。


「おす、カイ」


「どうも、ロックさん――見たよ、聞いたよ」


 そう言って俺がカイと呼んだ少年風のアバターを持つプレイヤーがニヤリと笑う。


 このカイというプレイヤーは、シトラスが他ゲーで知り合ったという自称俺たちと同年代のプレイヤーである。メインジョブを剣士、サブにプリーストを設定する魔法で防御を固めるアタッカーもできるタンクだ。ウチのギルドのサブマスターをしている。


「《公認チーター》だって? ずいぶんカッコイイ異名もらったじゃん」


 カイはそんな風に言って意地悪そうな笑顔を見せる。


「お前な……やめてくれよ。そのイジリは学校で散々されたっての」


「タイミングはよかったんじゃない? 競技化で今後ギスるような雰囲気出てきたらロックさんのプレイングに嫉妬するやつが絶対チートだって騒ぐでしょ」


「……図らずも先んじてチートじゃないと証明してもらう形にはなったな。代わりに変な目立ち方をすることになったけど」


 俺がため息混じりにそう言うと、


「PGCはいい仕事したねー。シトラスさん、昨日の夕方すごい気にしててさ。『私のせいでロックがチート扱いされて運営に言いがかりつけられた』って」


「動画の件がなくてもいずれチート扱いされそうな気はしてたけどな。まあ、遅かれ早かれってとこだろ。シトラスのせいじゃねえよ」


「おっと、随分かばうじゃん? やっぱ二人って付き合ってるの?」


「は? なんでそうなるんだよ。家が隣同士で昔から一緒にはいるけど、幼馴染ってだけで」


「今でも学校一緒に行ってるんでしょ? シトラスさんの方は意識してると思うけどなぁ。ラース様はどう思う?」


 カイがラース様に話を振ると、プレイヤー同士の会話が始まって控えていたよくできたAIのラース様はにこりと微笑んで――


「ロックさんは朴念仁ですからね」


 ――これがAIの言うことか?


 くつくつと笑うカイ。そこに、ログインエフェクトを伴ってすっとシトラスが現れた。


「――あ、なんか楽しそうな感じ?」


 俺たちの雰囲気を察したらしいシトラスに、カイが挨拶の言葉を投げる。


「こんにちは、シトラスさん」


「や、《ワルプル》もいよいよ競技化されたなって話をな」


「競技化かー、そう言えばロック、学校で男子たちと話してたよね――あ、ラース様こんにちは!」


「はい、こんにちは、シトラスさん」


 ラース様への挨拶を欠かさないシトラス。ラース様の返事に満足気に頷き、


「――ロックはあんまり競技化に前向きじゃない雰囲気だったね?」


「忙しないな、落ち着けよ」


 あっちこっちに話しかけるシトラスに言ってやり、俺はハウスでリビングのような扱いになっている部屋へ移動し、設えてある椅子に腰掛ける。


 ――ちなみにだが、こういった家具や調度品の類はギルドハウスのカスタムコンテンツだ。ギルドハウスを購入したての状態だと、ばん、と家があるだけで家具の類はなにもない。こういった要素はギルドメンバーがギルドにこつこつ上納した資金で調達するのだ。


「俺は正直、《ワルプル》の競技タイトル化は一長一短かなって」


「―――タイトル化すれば間違いなくゲームの寿命は伸びるじゃない」


 俺の後ろを着いてきたシトラスがお誕生日席――マスターの定位置である椅子に座る。次いでやってきたカイは俺と同じく適当に座り、


「それはそうだよね。プロはタイトルが競技タイトルから外されるまでは――というか、大会が盛んなうちはヘビープレイするし、今どきプレイついでに配信しないプロもいないでしょ。ファンがそれを見て、場合によっちゃゲームもプレイして――運営的にはいい話だよね」


「それが長の方な」


 言いたいことを言ってくれたカイにそう言うと、シトラスが尋ねてくる。


「じゃあ短の方は?」


「これも既にカイが言ったも同然だけど、トップ環境が荒れる。つーかギスる」


 俺の言葉にシトラスは目をぱちくり。


「どうして? 私、時々プロゲーマーの配信見ることあるけど、プロ同士で仲良かったり、台本っていうかもうファンもわかってるお決まりの煽り合いしたり、結構わいわいやってる感じだけど」


「あー、多分だけどそれって格ゲーかFPSだろ?」


「え? あー、うん……ほら、ロックも知ってるでしょ?」


 そう言ってシトラスが挙げた名は格ゲーのトッププレイヤーだった。あー、俺も暇な時に見る人だ。ファンの質問に答える配信なんかもしていて、日本のプロゲーマーのパイオニアとも言える往年の有名選手をリスペクトしているのがよく分かる、好感のもてる選手だ。


「格ゲーとMMORPGじゃ事情が違うんだよなぁ」


「確かにそうかもねぇ」


 俺の言葉に頷くカイに、『?』と小首をかしげるシトラス。ちょっと可愛いのが腹立つわ。


「ん、まあ説明してやるよ」

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