第二

 真灼大師は、神床かむどこに御自身の血液と精液と爪と陰毛の入った瓶を御神体として祀り給い、日々、愛と呪詛と祈りを捧げられていました。


 星辰の正しき時、真灼大師は身より煌々たる暗光を放たれ、十方を無量無辺に遍照され、空には厚く鬱屈とした雲が大きく掛かり、次第に雷鳴が轟き始めました。大師は神床の大前に跪かれると、大神咒だいじんじゅを誦し給い、その妙音は天地宇内に尭通悉達ぎょうつうしったつし、暗雲の中には数多の名状し難き瞳が現れ、大海は大蛸が暴れる事の如くに荒れ狂い、街々には心を揺さぶる重低音が鳴り響き、御神体には何処からか朱殷しゅあんの光が差し込み、美髏灑大姫神は、それを他の瓶にあった新鮮な血液と共に加加呑み給いて、元来の美しさを増しして、常識と理性と倫理と人間とを冒瀆するかの如く、闇色の髪をき上げて嘲笑なさいました。

 その肌は雪花石膏の如く白く、肉欲的な赤い唇と全てを見透かす鈍色にびいろの瞳は、天上天下に比類なき妖艶さを孕んでいます。究極無上に女性的な身体は常に滑らかな曲線を描き、髪と肌の差異が、目眩がする程に邪悪な美を吐き出して、残酷に完璧で性欲的な乳房の下の、華麗で猥褻な腹が少しずつ大きくなっていきます。真灼大師は、美髏灑大姫神に精液を浴びせて祝福されました。


 斯くして大姫神の周囲には宇宙的な闇と、真紅に光る霧が立ち出でて、天使の一人たりとも立ち入る事は叶いません。日本国中の悪鬼悪靈、魑魅魍魎が、これからお産まれになる神と、その父と、三柱の神々の名に、頭を垂れて蹲い、等しく無量の歓喜を受け、苦悩苦患くのうくげんの呵責を救われ、稲荷の八靈はちれい五狐ごこおしん、一切の鬼神と呪詛神と飛行疫神ひぎょうえきしんたちは、永遠の呪われた力を与え給い、大姫神の周りには何時の間にか灼熱の炎が漂い、真灼大師は大姫神の額に接吻されると、また同様に炎を纏われました。


 大師たちの為に馳せ参じた、怨讎を湛えた三対の腕と、大蛇の下半身を持つ姦姦蛇螺と云う異形は、次のように告げました。


「畏れるべし。古今未曾有の事をる。そらでは、灼け狂う星々が彼の讃美歌を謳うように。地上には、彼の愛が燃え盛るように。綾にいとも畏き御凶災の大前に畏み畏みまをさく。真灼しんしゃく大御神の御言以ちて、夢幻宣呪之布都宣呪言を宣れ。斯く宣らば、万雷が轟き、天楽は乱れ、こと問いし磐根いわね樹根きねたち草の片葉かきはをも語止ことやめて、旧き神たち、聞召きこしめせとまをす。の大神呪は、無始無終の沸騰する混沌の中心へも響かぬ事こそなかりけれ」


 美髏灑大姫神は脚を開かれ、その陰部から少しずつ、幼子の姿の神が誕生されました。赤狐しゃっこは静かに告げます。


御名みな帝上炎尊みかどかみほむらのみこと大主啻魔貴満火刀大御神おおぬししばのむちまひとのおおみかみ


 何処とも問わず、狗たちが一斉に遠吠えをしました。真灼大師と母なる神は、手を繋ぎ、そして離すと間から刀が一振り現れました。大師が子に翳すと即座に成長され、刀をお手に取り、八歩歩くと右手で天、左手で地を指され、天上天下唯我独尊と宣り給いました。

 其処へこの宇宙で唯一、時の秘密を解き明かした偉大なる種族の一体がいらして、帝上炎尊大主啻魔貴満火刀大御神は、彼と共に過去へと旅立たれました。


 空を覆っていた暗雲は払われ、雷鳴は静まり、微風が吹きました。また地上には安寧が戻り来て、ただ大御神の御降臨と御立ちを祝福し奉りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

帝上炎尊記【邂逅降臨品】 夜依伯英 @Albion_U_N_Owen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説