【短編版】ドアマット聖女に花束を~虐げられた聖女が心を閉ざした時、聖女の中の人が動き出す~

うり北 うりこ

短編版


 散々な人生に見えた。


 私の体の持ち主であるアメリアは、由緒ある伯爵家の長女として生まれた。

 これだけで人生勝ち組……かと思いきや、アメリアの家族は誰も彼女に興味を示さなかった。

 政略結婚をした両親の間に愛はなく、母親はアメリアがまだ五歳の頃、愛人と家を出ていった。

 それと同時に、父親は浮気相手の子爵家の女性を後妻に向かえた。その後妻には、アメリアと同い年の娘がいた。


 新しくできた妹のカタリナは、良く言えば天真爛漫……といったところだろうか。

 カタリナは「お姉さまは、いいなぁ……」と、アメリアの大切なものを全て持っていってしまう。日当たりの良い部屋、ドレス、装飾品はあげてしまっても良かった。

 けれど、乳母がくれたぬいぐるみや、気まぐれでくれた母のペンダントも奪われた。

 たった一人の友だちだったベティーも、気が付けばアメリアに敵意を向けカタリナの味方になってしまった。


 アメリアは「欲しい欲しい」とねだられ続け、気が付けば何も持ってはいなかった。いや、伯爵家の後継者という肩書きと屋根裏部屋だけは、アメリアのものだった。


 後継ということもあり、家庭教師はつけてもらえた。空いている時間はメイドのようなことをさせられたが、勉強の時間だけはしっかりと確保されていた。

 これは、アメリアにとって良かったのか、悪かったのか。私は後者だと思っている。


 いや、はじめは良かったのだ。

 最初に来ていた家庭教師のジェーン先生は、厳しいけれど、愛のある人だった。

 どんどんと新しいことを吸収していくアメリアを可愛がってくれたし、アメリアの現状を心配して、伯爵に掛け合ってくれた。

 だが、それが伯爵の反感を買い、クビになった。


 次に来てくれたメイロン先生は、表面上はアメリアには厳しく、カタリナには甘かった。

 けれど、こっそりとお菓子をくれたり、娘が昔使っていたという可愛いヘアピンなどをくれた。

 あとから知った話だが、メイロン先生はジェーン先生と知り合いで、伯爵家のことを聞いていた。だから、こっそりとアメリアを可愛がってくれたようだ。

 しかし、メイドにアメリアを可愛がっているところを見つかってしまった。そのことを伯爵に報告されたことで、メイロン先生もクビに。


 その後に来たユバルスは、最低最悪。人の皮を被った悪魔だった。

 あいつを、私は生涯許さない。あれは先生ではない。人間だとも思えない。あいつは、アメリアを虐待しに来ていたのだ。


 ユバルスは一見、優しげな風貌をしているが、アメリアを見下していることは、初めて見た瞬間に分かった。強い者には媚び、弱い者を虐げる。まさに、そんな人物だった。

 ユバルスはむちを振るった。アメリアは避けることも許されず、痛みで顔をしかめれば「淑女はどんな時でも微笑みを浮かべなさい」と、また鞭を振るわれる。

 カタリナの間違いは許容され、アメリアは鞭で打たれる。問題に正解しても、可愛げがない、声の出し方が悪いと鞭を振るわれるのだから、アメリアはどうすることもできなかった。


 私はそんな姿を、アメリアの中から見ているしかなかった。

 気が付いた時には、アメリアの中に存在した私。

 けれど、アメリアのために何かをすることは許されず、ひたすら虐げられるアメリアを眺めることしかできなかった。

 何度も叫んだ。幾度となく、手を伸ばした。

 それでもアメリアには届かない。いっそ、アメリアの中にいるのだから、交代できたら……と思ったものの、それも叶わなかった。



 地獄のような幼少期を終え、アメリアは美しく成長をした。しかし、子どもの頃のことが祟り、精神的なもので声を失った。

 にこにこと微笑み続ける、美しい人形のような令嬢となってしまったのだ。


 賢く、美しい。だが、喋れないアメリア。

 耳を覆いたくなるような噂話を流された。それも実の父である伯爵や、義母、義妹のカタリナによって。

 そのことで、社交界に出てもアメリアは嘲笑の的だった。何もしていないのに。いや、され続けた被害者なのに。


 私は願っていた。アメリアを救ってくれる存在を──。

 噂話を信じず、彼女を見てくれる人を──。



 そんなアメリアは十六歳になると、なんと聖女の力に目覚めた。聖女は、心が清らかな女性のみがなれるという、治癒を行える存在だ。

 国から保護され、大切にされるべき存在。


 やっと、アメリアが幸せになれる。そう期待した。


 アメリア自身は戸惑っていたが、第二王子と婚約し、城での生活が始まった。

 話せないアメリアにも優しい第二王子のミュゲル。そんなミュゲルに心引かれるアメリア。


 アメリアは、ドアマットヒロインのようだと思った。踏みつけられても、踏みつけられても、健気に頑張るヒロインは、最後には幸せになる。

 そんな物語のヒロインのようだと。


 本当は、最初から幸せになって欲しかったが、これから幸せになれるのなら……。

 アメリアの中で、私も胸を撫で下ろした。


 アメリアは、久しぶりの人の優しさに戸惑いながらも、心は歓喜していた。

 お城のメイドさんたちは優しいし、メイロン先生とジェーン先生が再びアメリアの家庭教師になってくれたのだ。


 アメリアは先生たちとの再開に涙を流したが、そのことで青ざめた。鞭で打たれることに怯え、にこにこと笑いながらも顔色は悪い。

 そのことにすぐに気が付いたメイロン先生とジェーン先生は、伯爵家の調査をしてくれた。アメリアを迫害していたことは、昔と何ら変わらないのだと、すぐに気が付いてくれたのだ。

 すると、出るわ出るわ不正や横領の証拠が。


 伯爵家はそれでも聖女の生家だからと、軽い刑罰に済まされてしまった。

 アメリアを守るために、爵位を取り上げてしまえば良かったものを……。

 それから、アメリアの機嫌を取るためにか、自身の欲を満たすためにか、カタリナがアメリアに会うという名目でお城へと来るようになった。


 アメリアを、メイドや先生たちが守ろうとしてくれた。

 それでも聖女の妹だと声高に訴えて、カタリナは好き勝手をした。アメリアは止めようにも、口をパクパクと動かすだけで声もでない。

 自分に優しい人たちが困っている。その姿にアメリアは心を痛めた。

 自分が鞭で打たれるよりもつらく、初めて誰かを憎いと思った。


「お姉様は何でも持っていて、ずるいわ。本当にずるい。ねぇ、いらないでしょ? 私にくれるよね?」


 これが幼い頃からのカタリナの口癖だった。こう言って、何でも持っていってしまうのだ。

 声が出せないアメリアは、お城で用意してくれたものを取られてはいけないと、必死に抵抗するが、ちらりと鞭を見せられると体が硬直してしまう。

 それを分かっていて、カタリナは鞭を持ってくる。アメリアから全てを奪うために。



 ある日、カタリナは、アメリアがミュゲルからもらったネックレスに目を付けた。隠していたが、見つかってしまったのだ。


「やだ!! お姉様ったらこんなものも隠していたの? こんなに持っているのに、妹に分けないなんて悪いお姉様ね」


 こんなに持っているものは、全てが王家が揃えてくれたもの。決して、カタリナが持ち去って良いものではない。

 次々となくなる装飾品やドレスに気付かれないよう、アメリアはメイドが来る前に自分で身支度を終え、誰も部屋に入れなくなった。

 メイドの仕事を取るようで申し訳ないが、どうにかして自分で取り戻さないといけないと思っていたのだ。


 アメリアは、ミュゲルからもらったネックレスを返してもらおうと、必死に手を伸ばした。

 だが、それをカタリナは避けた。避けられたことで、窓の方へとよろけていくアメリアを見て、カタリナは不気味な笑い声をあげた。


 ドンッという強い衝撃を背中に受け、アメリアは窓から身をのり出してしまった。そのまま足を持ち上げられ、アメリアはお城の窓から落とされた。


「バイバイ、お姉様。ミュゲル様とは、私が代わりに結婚してあげるからね」


 楽しそうに笑う声は、そうするのは当然なのだと主張していた。そんな声を聞きながら落ちていく体。

 アメリアは強く願った。死にたくない。生きたいと。

 私もアメリアに生きて欲しくて、私はどうなってもいいから、アメリアを助けて……と、はじめて神様に祈った。



 アメリアと私の目が覚めたのは、それから半年後のこと。目が覚めたと知らせを受けて、ミュゲルは飛び込んできた。

 そのあとに、カタリナもやってきた。突き落とした相手を前に、アメリアが緊張したのが伝わってくる。


 膨らんだお腹。親しそうな二人。……嫌な予感がする。


「アメリア、目が覚めたんだね……。半年も眠ってしまうなんて。私たちがどれだけ心配したことか……」


 カタリナの肩を抱き、ミュゲルは言う。

 その隣で、ミュゲルにぺったりとくっついて、お腹を自慢げに撫でるカタリナが口を開いた。


「お姉様、ごめんなさい。ミュゲルの子を妊娠したの……」


 やっぱり……。嫌な予感は的中した。

 今すぐにアメリアの耳をふさいで、抱きしめたかった。アメリアを愛していると伝えたかった。

 目の前の糞共を殺したかった。


「アメリア、私の王妃は貴女だから安心して。カタリナは側室だから。アメリアは治癒と、王妃としての執務だけ行えばいいよ。アメリアは話せないから、人前に出るものは、すべてカタリナに頼もうと思う。アメリアもその方がいいだろう?」

「もちろん、恋人としての夜の営みも全て私よね? そうよね、ミュゲル?」

「当たり前だよ。愛しのカタリナ……」


 何を言っているんだ? そんなのは、王妃としての大変な部分をアメリアに押し付けているだけだ。

 聖女のアメリアを側室にはできない。婚約破棄もしたくない。

 だから、王妃という肩書きを与えて、縛り付ける。自分達の良いように利用する。

 そんなクズとしか思えない考えが、透けて見える。


 あぁ、アメリアが泣いている。顔は微笑んでいるのに、心が泣いている。

 こんな時でも、アメリアは涙を流せないのか。声も出せない。なんて、なんて、歪んだ世界だ。

 こんなにも優しいアメリアに、世界はちっとも優しくない。


 アメリア、あなたには私がいるよ。私が守るから。無理をしないで、ゆっくり休もう……。


 アメリアの意識が深く、深く沈んでいく。それと共に、私の意識は初めて表へと向かっていく。



「その子どもは、いつ生まれるんですか?」


 子どもの頃以来の久々の声だからか、それとも口の中がカラカラだからだろうか。私の声は、掠れて、弱々しいものになってしまった。


 それでも届いたのだろう。カタリナもミュゲルが驚いた顔をしている。

 しかし、カタリナはすぐに私を馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「来月には生まれるわ。もちろん、祝ってくれるでしょう? お姉様は、優しい優しい聖女様ですもの」


 確かに、アメリアは優しい。心優しく、美しい聖女だ。

 けれど、私は優しいアメリアではない。なぜかアメリアの中に住んでいただけの存在だ。


 アメリアを侮辱し、アメリアの心を壊したこいつらを許すことはない。

 聖女だ、何だのと崇めたくせに、誰もアメリアを守れなかったこの国も、見ているだけしかできなかった私自身も許すことはない。

 この国の全てに最悪の事態を──。


 私はにこりと笑みを浮かべた。だって、アメリアはいつも微笑んでいたから。



「婚約破棄を申し入れます」


 にこにこと微笑みながら、声を荒げることなく言った。

 婚約解消と違い、婚約破棄は一方に明らかな過ちがあった場合に成立するもの。例えば、不貞とか。


「何を言っているんだい? 貴女の大好きな王妃という権力も、居場所も与えてあげるんだ。感謝するべきだろう」


 あーぁ。アメリアは何でも自分の言うことを聴くと思ってたんだもんね?

 必死こいてて、本当にダサイ。こんな男、可愛いアメリアには相応しくない。

 アメリア一筋でなければ、存在する価値もない。


「聖女は、王族と同等の力を持ちます。ですので、あなたのおっしゃる権力は私には不要です。煩わしい雑務が増えるだけですから、お返ししますね」


 驚きの表情が不快だ。

 言われて当たり前のことをした。それなのに、この状況が呑み込めないなんて、なんて愚かな王子だろう。


「そうだ! あなたの愛しのカタリナにでもやってもらったら、どうですか? 同じ教育を受けて、私ばかりが不出来で怒られていましたので、私よりも余程優秀な妹ですよ」

「どうして、そんな意地悪を言うの? お姉様、ひどいっっ!!」


 顔を手で覆い、泣き真似をするカタリナ馬鹿な義妹にも、きちんと微笑む。

 どんな時でも微笑みを絶やすなとユバルスに言われたことを実戦しているだけなのに、カタリナからの視線は鋭さを増した。


 あらあら……。アメリアが鞭で打たれる姿をあなたも見ていたでしょう? なら、私が微笑む理由を知っているはずよね? 

 ねぇ、カタリナ。そうでしょう?


「ひどい……ですか。それは、こちらのセリフではありませんか?」

「そんなことは、ないだろう。貴女の居場所を作ってあげているのだから。目が覚めたばかりで混乱しているのだね。可哀想に……」


 馬鹿な男だ。

 特に秀でたもののない第二王子あんたが王位を継承できるのは、聖女であるアメリアを妻にするから。

 つまり、あんた自身の力ではない。そんなことにも、気が付かないなんてね。


「第二王子。あなたが行ったことは、不貞です。私が目覚めないのであれば、私と婚約を解消すれば良かっただけ。けれど、それをしなかったのは、聖女の力が貴方には必要だったから。そうですよね?」


 アメリアは気付いていたか分からないが、ミュゲルとカタリナの浮気は、私が窓から落とされる前からあったもの。

 目覚めなかったのは、半年。生まれるのは、来月。それが何よりもの証拠だ。


「あら、困りましたね。図星だからって、だんまりは。あなたは私と違って、自由に話せますでしょう? まぁ、私も今は話していますけれど」


 周りには聞こえないよう、声を落として告げれば、ミュゲルは顔を真っ赤にして私を睨み付けてくる。私は微笑みを浮かべたまま、馬鹿な男を見つめた。


 私が言ったことは、全て正論だ。どう言い返すのだろうか。

 無能な王子様のお手並み拝見といきましょうか。


「とにかく!! 私はお前と結婚する。表には出さない!! お前なんか、大人しく影でカタリナの代わりをしていればいいんだ!!!!」


 あぁ、上手くいかなければ、声を粗げるタイプか。

 弱いものを力で支配しようとする、なんて最悪な男なのだろう。


 これ、アメリアも見ているだろうな。きっと、泣いている。抱きしめたくても、私はあなただから、それも叶わない。

 ならば、次にアメリアが表に出た時に、最高の幸せを……。

 この世は全てアメリアのために──。


「先程もお伝えしましたが、聖女の地位は王族と同等のもの。それを国王様でも、王妃様でもない、時期に王位継承権を剥奪されるであろう第二王子がそのような発言をされたこと、周りに多くの人が聞いていること、お忘れではありませんよね?」


 私が目覚めてから増え続けるギャラリー。

 言い争いに口を挟める身分のものがおらず、私のお世話をしてくれているメイドさんたちがオロオロとしている。

 心配してくれているのだろう。王子とカタリナに憎悪の目を向けているものも、少なくない。

 

 ねぇ、アメリア。見えてる?

 確かに、婚約者の第二王子も、義妹のアメリアも、糞 of the 糞な人間で、あなたを大切にしなかった。

 でもね、こんなにもあなたを大切に思う人がたくさんいるよ。


 さぁ、そろそろ仕上げと行こうか。

 優しいあなたのかたきは私がつわ。大丈夫だよ。殺したり、痛い思いもさせないから。



「私、アメリアは──」

「アメリア嬢っっ!!!!」


 大声で名前を呼ばれ、扉の方へと視線を向ければ、肩で息をしている義弟になる予定だった人物がいた。


「目が覚めて良かった!!!!」


 強い力で抱き締められ、少し苦しい。

 耳元で鼻をすする音がして、彼が本気で私を心配してくれていたのだと感じた。


「どこか、痛いところは? 苦しいところはない?」


 ペタペタと私に触り、不安で瞳を揺らす人物──第三王子のロズベルトは、ぼたぼたと大粒の涙を流しながらも、医師やメイドたちに指示を出していく。


 あぁ、すっかり断罪のタイミングを逃してしまったじゃないか。



まぶたに傷があるけれど、目が見えにくいとかはない?」

「大丈夫ですよ。ありがとうございます」


 ロズベルトが、そっと触れた左の瞼。痛みは全くといってない。

 けれど、その話が出た瞬間に周りの人たちが視線を伏せたことから、大きな傷であることが予想された。


「鏡を見せてもらってもいいですか?」

「あぁ、もちろんだと……も…………」


 大きく見開かれた琥珀色アンバーの瞳は、またもや潤んでいく。


「声が出るようになったんだね!!!!」


 あまりにも嬉しそうに笑うから、私もつられて笑ってしまう。

 それは、いつもの微笑みとは違う──アメリアではない、私の笑みだったのだろう。一瞬、ロズベルトが目を見張った。


「はい、鏡だよ。アメリア嬢の力があれば、治るとは思うけど……。あまりショックを受けないでくれたら、嬉しいかな」


 心配そうに渡してくれた手鏡を覗き込む。左の眉下から頬骨にかけて、存在を主張するように傷ができていた。

 確かにこのくらいであれば、アメリアの治癒の力でいつでも治せるだろう。


 手鏡をふせると、私は微笑みを浮かべた。今度は間違えないように、きちんとアメリアの笑みを作る。


「残念ながら、私自身には治癒が使えないのです」


 本当は、治せるけどね。治さないよ。

 これを見る度に、あなたたちは自分達の罪を思い出すでしょう? 

 心の傷は見えないけれど、体の傷は見えるものね。


 忘れさせるものか。優しいアメリアを傷付けた罪を背負って生きていくんだよ。

 私も、あなたたちも……。


「そんな……」


 いやいや、ロズベルトがそんなにショックを受けなくても……。確かあなたはアメリアが落ちた時、国外にいたじゃない。外交の仕事をしてたんでしょ? あなたの罪は軽いから。

 ほら、カタリナなんか嬉しそうにしてるよ? あれはあれで、どうかと思うけれど、そんなにショックを受けられるとやりにくい。


「わかった。兄さんに責任をとらせるよ。あと、そこのあばずれ・・・・にも」


 …………あ、あばずれ!!?? 

 何という言葉のチョイス。最高だよ!!

 心の中で拍手喝采だ。いいぞ、もっとやれ!!


「何で、私が責任をとらなくちゃならないんですか? お姉様が勝手に・・・落ちたのに!!」

「何だ、あばずれだという自覚はあったのか」

「ひどい!! あばずれなんかじゃありません!!」

「寝とるのは、普通にあばずれだろ」

 

 ヤバい。自分で色々とやるつもりだったし、その気持ちは今も変わらない。けど、ロズベルトが最高過ぎる。

 指差して、ゲラゲラ笑いたい。できないのが残念だ。


「とりあえず、そこの人間の形をしたクズ共は死刑でいいかな?」

「死刑……ですか?」


 悪くはない。

 けれど、それでは一瞬で終わってしまう。私の気持ちを言うなら、生き地獄を味わわせたい。死んだ方がマシだと思う人生を歩ませたい。

 アメリアを想うなら、生涯視界に入らないように死んでもらうのもありだろう。


 でもね、アメリアは優しいから、あんな糞共でも命を落とせば悲しむから、それもできないんだよ。


「なぜ、二人を死刑にするのですか?」

「聖女であるアメリア嬢を傷付けたんだ。当然だろう? 俺個人としては、馬引きの刑をしてからがいいと思うんだよな。あれは、手足の全ての関節が外れて、腱や靭帯が伸びきるだけで、死なないからな。死なせてくれ、と泣き叫んだ後にじわじわとなぶるように──」

「ロズベルト!!!!」


 ミュゲルの叫びに中断された、死刑計画。魅力的だったな。

 そうか。拷問を受けさせてからの死刑。かなり良い。ロズベルトとは気が合いそうだ。

 でも、それをアメリアが賛同するわけにはいかない。だって、アメリアは優しいもの。


「ロズベルト様、お気持ちは嬉しいのですが……」

「そうだよね。アメリア嬢の前で言う内容じゃなかった。ごめんね……」


 気付いてくれて、ありがとうございます。全力でその話に乗りたくなるから、お控え願います。

 感謝の気持ちを込めて、心の中で頭を下げておく。

 実際は視線を少し下げ、困ったように微笑みを浮かべるだけだけど。


「ねぇ、ミュゲル。ロズベルト様、頭がおかしいんじゃないかな。だって、お姉様は勝手に落ちただけだし、私たちは互いに愛し合っている。それだけのことだよ? 悪いことなんか、何もしていないじゃない」


 カタリナは震えていた。死刑だと告げられ、現状がやっと見えたのだろうか……。

 いや、違うな。自分を正当化したいだけだ。カタリナは、ずっとそういう人だったじゃないか。



「……離してくれ」

「ミュゲル!?」


 ミュゲルは、カタリナの腕を振りほどくと、私の手をうやうやしく握った。


「すまなかった、アメリア。私は騙されていたんだ」

「ミュゲル様?」


 何だ、この急展開は。男女間の修羅場っぽくなってしまった。

 それにしても、何に騙されてたんだろう? そこんとこ、詳しく知りたいかな。


「アメリア嬢の手を握るな。汚れる」


 ロズベルトによって、捻りあげられたミュゲルの手。ロズベルトは、本当によくできた男だ。

 気持ち悪かったんだよね。一刻も早く、手を離して欲しかった。アメリアに触らないで欲しかった。

 それでも、振りほどけなかった。アメリアは優しいから。そのイメージを損なわないためにも。


「私が愛しているのは、アメリアだけだ!!」

「何入ってるの!!?? アメリアなんか王命で仕方なく優しくしてやってるって、言ってたじゃない!!!!」

「黙れ!! 王族相手に虚言を申すなど、決して許されないことだ。この者を捕らえるんだ!!!!」


 ロズベルトに捻られた腕をかばいながらも、ミュゲルは声を張り上げる。

 カタリナの悲鳴が耳をつんざいた。叫び、罵り、助けを求めている。

 ぱちりと視線が合い、カタリナは私に手を伸ばした。


「お姉様!! お姉様なら、私を助けてくれるわよね? たった一人の妹だもの。そうだわ。お父様とお母様に、もう少しお姉様のことも見てくれるよう、頼んであげる」


 何を言っているのだろう? そんなもの、もう何の意味もないのに。

 助けてもらえると、本気で思っているのだろうか。

 本当に馬鹿な子……。


 私はアメリアの微笑みを浮かべる。優しいけれど、さみしい笑み。


「カタリナを離してあげてください」

「お姉様!!」


 あーぁ。喜んじゃって……。

 これから、もっともっと大変なことになるのにね?


 さぁ、今度こそ断罪の時間を始めようか。



「私はこの国を出ていきます。だから、カタリナを私の代わりに行く行くの王妃様にしてくれませんか? 私と違い、優秀な子ですから。より一層、国を栄えさせられることでしょう」

「そうよ! 私とミュゲルなら、今以上に良い国にできるわ。お姉様とお別れは寂しいけれど、見送ってあげるのが優しさよね」

「ありがとう、カタリナ。私にはできなかったけれど、あなたたちなら、支え合って生きていけるものね?」

「もちろんよ!」


 意気揚々としているカタリナ。けれど、カタリナ以外の人の顔色は悪い。

 いや、他にもいい顔をしている人が約一名いるけれど、それは見なかったことにしよう。


 それにしても、カタリナは本当に何も学んでこなかったんだな。聖女のことは、平民の子どもでも知っているはずなのに。


 聖女はただ治癒ができる存在ではないのだ。神に祝福され、愛される者。その聖女が国を捨てた時、その国は神からの庇護ひごを失う。

 実際、過去に聖女を手酷く扱って滅んだ国もいくつかある。その歴史は、同じ過ちを繰り返さないように、きちんと後世へと語り継がれてきた。


 このことを知らないなんて、伯爵は教育を間違えたのだろう。

 全ては後の祭りなのだ。


 もう、この国のタイムリミットまで時間は動き出している。その可能性は大きいだろう。


「ま、待ってく──」

「いいね。俺も同行していいかな? こう見えて、腕も立つ。簡単な料理も作れるし、損はさせないよ」


 ミュゲルを拳で黙らせて、ロズベルトはパチリとウィンクをした。

 ロズベルトが強かったことを思い出すのと同時に、数多くの浮き名を流す人物だったと思い出す。

 アメリアにはいつも紳士的で優しかったから、忘れていた。


 うーん、どうしようかな……。利点と欠点で言えば、利点の方が多い気がする。


「そうですね。いくつかの約束を──」

「待てと言っている!! お願いだ、この国から出ていかないでくれ」


 もうさぁ……、勘弁してよ。さっき黙らされたばかりでしょ?

 それに、話に割り込んだら駄目だよね? そんなこと、子どもでも知ってるよ?

 それを国の王子が守れないとかさぁ……。



「ミュゲル、諦めろ。我らが悪かったのだ。お前を聖女の婚約者にしたことも、そこの小娘からアメリア嬢を守れなかったことも」


 突然現れた国王様。お話を聞いていたんですね。

 聖女は護衛対象であり、監視対象だろうから当然か。

 それにしても、変装魔法を使ってこっそり見守るなんて趣味が悪い。


「聖女、アメリア。此度こたびは、我が愚息が申し訳ないことをした。国に留まって欲しいとは言えぬ。だが、ロズベルトは連れていってくれまいか? ちゃらんぽらんなようで、一途な奴だ。それに、魔法もこの国で一番だ。腕も立つ。役に立つであろう」

「親父、何言ってるんだよ!!」


 ロズベルトが慌てている姿に、やっぱりなと思う。

 たくさんの人が優しかった。その中でも一番優しかったのは、ロズベルトだったのだ。浮き名を流しているなんて、嘘だと思えたほどに。

 ちらりと私を見るロズベルトの顔は耳まで真っ赤だ。


「アメリア嬢、聞こえているだろうか? 俺は、貴女を愛している。今すぐに信じてくれとは言わない。けれど、いつか貴女自身の言葉で返事をくれると嬉しい」


 アンバーの瞳が、じっと私の目を見詰めた。

 いや、違う。私じゃない。私の中にいるアメリアに話しかけているのだ。


 ねぇ、アメリア。どうしようか。

 信じてみる? それとも、怖いかな?


 返事がないと分かっていて、私はアメリアに話しかける。


 私はね、信じてみてもいいんじゃないかなって思うよ。

 私の体はアメリアで、アメリアの真似もしているのに、こんなにも簡単に見破ったのだから。


 あなたのことを、愛しているんだよ。


 それは、とてつもなく重い感情だろうけど、それくらいの愛があるならば、アメリアの心の傷を癒してくれるかもしれない。

 きっと、ロズベルトはアメリアのためなら命も惜しくない。私と同じものを感じるもの。


「守ってくれますか?」


 何を、とは聞かない。

 それでも伝わったのだろう。ロズベルトは大きく頷いた。



「善は急げだ。邪魔が入らないうちに旅に出よう。目的地はあるのかな? なければ、虹の花を見に行かないか? アメリア嬢も気に入ると思うよ」


 ロズベルトの手の平から、魔法の杖が現れた。

 杖の先端には、ロズベルトの瞳と同じ色の琥珀アンバーがはめられている。


 私の返事も待たず、何かの呪文を唱えれば、私とロズベルトの周りを囲むようにキラキラとした粒子が舞い始める。


 そして次の瞬間──。


「……ここは?」

「国境付近の街だよ。ここで旅支度をしてから出かけよう。大丈夫。誰も追いかけてこないよ」


 楽しそうに笑いながら、私の中のアメリアを見ている。あぁ、最高だ。なんて、最高な男なのだろう。


「そう。早くアメリアに虹の花を見せてあげたい。他にも、美しいもの全て……」

「そうだな」


 ロズベルトは笑う。それは、アメリアに向ける慈愛の笑みでも、時折顔を覗かせる熱のこもったものでもない。

 同士へと向けるような、そんな笑みだ。


「何と呼べばいい?」

雨宮あめみや……。ううん! ハレって呼んで」

「ハレ……、聖女の守り人。よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしく。ロズベルトは長いから、ロズって呼んでもいい?」

「もちろんだ」


 私とロズベルトは固い握手を交わす。これからは、アメリアにたくさんの幸せを届けるパートナーだ。


「ところで、守り人って何?」

「あぁ、国の上層部しか知らなかったな。それは移動しながら話すよ。そこそこ長い付き合いになりそうだしな」

「分かった。それも含めて、色々と教えてね。どうして私がアメリアじゃないって気がついたのかも知りたいし」


 馬を買い、傷を隠すための眼帯も買う。

 今はまだ馬に乗れないけれど、旅をする上では乗れた方がいいだろう。



 ねぇ、アメリア。

 あなたの人生はつらいことばっかりで、散々だったね。信じた婚約者に裏切られ、家族はあなたをかえりみないどころか、踏みにじり続けた。

 優しい人もいたけれど、誰もあなたを助けることはできなかった。


 でも、あなたは世界を愛した。

 この世は美しいものがたくさんあると信じ続けた。


 これから、たくさんの美しいものを見に行くよ。

 私の中から見えているのでしょう? 私があなたを通して、この世界を見続けてきたのと同じように。


 アメリア、あなたに抱えきれないほどの花束を贈るよ。あなたが心の底から笑えるように。

 

 いつか、あなたがまたこの世界を自分の足で歩いてもいい……、そう思える日まで──。





 ***おまけ ~その後の国~***



「ミュゲルとカタリナの再教育を徹底的に行う。手段は選ばん」


 国の重鎮たちが集まる席で、国王が強い口調で言った。皆が頷き、地獄のような教育スケジュールが組まれていく。


「聖女様の守り人があげた条件。カタリナを聖女様の代わりに行く行くの王妃にすること。より一層、国を栄えさせられること。ミュゲルとカタリナが支え合って生きること。この三つを叶えなければ、この国は終わりです」


 宰相が眼鏡をくいっと押し上げる。表情は険しく、条件がどれだけ無理難題なのかを表すかのように、眉間には深いシワが刻まれている。


 聖女が国を捨てる時、告げる言葉は終わりへと向かう国への救済となる。

 ハレが意図せず言った言葉は、国が神から見放されずに存続するための条件となったのだ。


「それでも、やるしかあるまい。守り人が救済条件を設けてくれただけでも、感謝するべきだ。何もできずに終わりを待ってもおかしくない程、我々は聖女を傷付けた」


 まるで通夜のような雰囲気のまま、会議は終了した。

 ミュゲルとカタリナが、この国をより良いものにできるとは思えなかったからだ。



「そういえば、家庭教師をしていた罪人はどうなったっけか?」

「あぁ、ユバルスですか。西の森の木に縛られたから、今頃は魔物のフンにでもなってるんじゃないですかね」

「へぇ。ロズベルト様は相も変わらずやることがエグい。これから先、ミュゲル様とカタリナ嬢は命を狙われ続けるだろうから、いっそのことユバルスみたいに殺しちまえば良かったのにな」

「そうなると色々と面倒だから、病で死んでくれたら楽で良いなぁと自分は思いますけどね……」

「違いねぇ!!」

「一番の問題は、あの二人の警護を誰がするかですよ……」

「それな。皆嫌がるだろうが、仕事だ。切り替えてもらうしかねーよ。とは言っても、引き受ける奴がいるかが問題だ。金積まれても絶対にやらねーって奴ばっかだろうしなぁ」


 騎士団長と副団長は、聖女が出ていく直接的な原因になった二人の警護をどうするべきか、頭を悩ませた。


 そんな中、自分のおかれている現状に全く気が付かないカタリナは部屋で一人、満足げにお腹を撫でていた。


「ふふっ。あなたのおかげね。それにしても、誰の子なんだろ? まぁ、出産前に婚姻さえ結べちゃえば関係ないけどねー」


 生まれた子どもが黒髪、黒目という、明らかにミュゲルの子ではなかったと、新たな波乱を呼ぶまであと少し……。




 ──END? ──


 

 

 ドアマットと、ざまぁって、これであってますか((( ;゚Д゚)))?

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【短編版】ドアマット聖女に花束を~虐げられた聖女が心を閉ざした時、聖女の中の人が動き出す~ うり北 うりこ @u-Riko

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