ミシュナ視点3:彼女は傷を隠して笑っていた

「………」

キリウスの外見は赤味掛かった黒髪に褐色の肌。

ハンク家の色素の薄い白銀の髪や白い肌の特徴と真逆で、考えもしなかった。

「いや、鬼と魔女が産み落とした唯一の血縁でもある。

お前が知るキリウス・ベルカーは、本人ですら気がつかないほど深い場所に巣食う、あらゆる狂気の存在が狙っている」

僕は「嘘だ」と叫びたかった。だが、言えなかった。

彼の瞳の色だけは、ハンク家の特徴を継いでいたから。

「お前に笑いかけたのはシルヴィア。キリウスの代わりに戦い、事後処理をしたのもシルヴィア。

お前は空っぽになった剣という器を回収しただけ。

飛び散った瘴気も魔人が喰らい事なきを得た」

「私へこの剣を託したのは、万が一を想定しただけ」

オルビドの言葉のほとんどが理解できていない。

分かることは、僕があの場で一番の役立たずだってこと。

「澄み切った攻撃で呪いを散らせても、巣くう呪いは消せない。

呪いを鎮め、魂をキリウスと切り替える瞬間、シルヴィア・ハンクは狭間へ呪いの大本を道連れとして還ったのだ。因果の呪いが本来あるべき場所に留めるため、今も殺し合いを繰り広げている」

シルヴィア・ハンク?あの原罪の?親殺しの?

その彼女が、自分の子供を守った?

情報量でパンクしかけた頭では、考えなどまとまらない。


「そ、んな」

「事実だ。だから言っただろう。哀れな娘だと」

災厄の魔女はこちらの混乱もお構いなしに話し続ける。僕はその言葉を受け入れるだけの余裕がない。

オルビドの話が本当なら、僕だけが今まで知らないシルヴィア・ハンクの姿。

その事実に、僕は頭を抱えてうずくまった。

「彼女はそうしてキリウスらに降りかかる因果の呪いを封じている。狂気に堕ちたオリヴィエ・ハンクを狭間で殺し続け、因果の呪いを大人しくさせている。全ては子を守るためだけに」

災厄の魔女は淡々と真実を告げる。

「親殺しの罪。これを永劫犯し続けるシルヴィアは、まさしく原罪のシルヴィアに相応しい」

オルビドは席を立ち、僕の横を通り過ぎようとする。僕は呼び止めた。

「シルヴィアは、どうなるんだ……」

「既に死んでいる魂だ。永劫怨霊を殺す死者など、気に掛ける必要はない」

「か…完全じゃあないだろ!?」

「あの娘の肉体はとうに消滅した。シルヴィアはすでに死んでいる」

僕は歯を食いしばった。

「それでも、シルヴィアはまだ戦っている!血狂いに堕ちた魂を……終わらせるために」

オルビドがこちらを見ずに言う。

「甘い娘だ」

「どこが!」

「アルエットを殺せもしない、半端者だよ。あの娘は」


僕はそれを聞き、無意識のうちに拳を握り込む。その仕草を災厄の魔女は見逃さない。

「どうした?口出しでもしたいの?」

「……っ」

僕は言い淀むが、すぐにオルビドを見据えて告げた。

「息子よ。弱い私の子。あの娘を救おうと思うな。死んだ者に執着する必要はない」

僕は思わず、オルビドの服の端を掴んでいた。


「生きていたよ……。生きていたんだよ………」

「……」

オルビドは憐れむような目で僕を見た。僕の目じりに溜まる涙は見ないふりをしてくれたのか、オルビドは何も話さなかった。

僕は去り行く災厄の魔女の背中を黙って見送るだけだった。

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