ミシュナ視点1:どうしようもない馬鹿

馬鹿みたいな実話の、軽い愚痴のつもりだった。

結果、どうしようもない馬鹿は僕のほうだと分かった。


僕は、魔剣の呪いが鎮静化したという報告及び回収依頼のため、実母の元へ訪れていた。

会いたくはない。だけど、今回のでたらめな行動を説明できるのは、彼女くらいだろう。


寂れた喫茶店の奥まった席。

僕が一人座り、やたら響く時計の針の音を聞いていると、その音がピタリとやんだ。

来たか。相変わらずのゾッとする美しい女。

災厄の魔女オルビド。

かの大陸が忌みつ大陸と呼ばれるまでに、大陸を破壊し尽くした災厄の魔女リュシカの一番上の姉。


「珍しいこと」

僕と同じウェーブの掛かった栗毛に金の双眸。鋭い目つきの長身の女がこちらを見つめる。

「お前は私のことが嫌いでしょう」

……僕の悩みは、世界にとってはちっぽけだけど、それなりに深刻なんだ。

「老若男女問わず、何千何百も兄弟姉妹がいるんだ。多少ひねくれもするさ」

「妹の罪に比べれば、大した償いにもならない」

彼女は僕の前の席に腰かける。


暴れ狂う災厄の魔女リュシカからどうやって人類が生き残ったのか。

それは、人類に魔女の協力者がいたからだ。

オルビド自身は自由に力の行使ができないから、その力を分けるために魔女と人類の混血が生まれた。

彼らは魔法使いとして、災厄から逃れ続けた。

その魔法使いの原点。始まりの魔女が、目の前の災厄の魔女オルビドだ。

……著名な高齢の魔法使いが僕の異父兄弟(複数)っていうのは、地味に精神を削るんだよ。自覚しろよ。


「……これ、危険なものだから預かってほしい。無辜の魂の魔剣だ」

そう言って、僕は港町の騒動で拳で鎮圧された剣を差し出した。

「回収の必要はない」

「え」

「ただの鉄の塊になっている」

「………」

全治何日ってレベルじゃないんだけど。

「先ほどの言い回し、誰の入れ知恵?」

「興味があるのなら、聞いていいかな?」


珍しく反応のいいオルビドへ僕は問うた。オルビドは妹以外の誰にも執着しない。

封印状態の剣に興味を示すなんて、内心驚いた。

「僕もユイもこの魔剣の異常性を見抜けなかった。たった一人、見抜いて、展示ガラスを破壊して。

次の瞬間には古き異形が窓から這い上がって襲ってきた。その時には、あいつは3階から異形を投げ飛ばして剣を持って飛び降りて逃げたよ。外敵を殆ど連れて逃げたから、死者は0人だ」

やたら勘がいいと思っていたけど、キリウスはそれだけじゃあない。

こんな状況に手慣れている。そう思った。

「魔剣の呪いを、あいつの拳がボコボコに殴ったら消えたんだ。……理解不能すぎるだろう」

「……あはっ!」


(え?)

災厄の魔女が声を上げて笑うなんておかしい。僕の知るオルビドなら考えられないことだ。

「なんで笑うんだよ」

「人間を久しぶりに見た。とても懐かしい」

いや、そもそもこんな人らしい反応をすることも初めてだ。驚きのあまり反応は遅れたが、僕は畳みかける。

「笑うといえば」

「キリウスはいつも仏頂面だ。だけど、あの時だけは心の底から笑顔を僕に見せたよ」

オルビドは目を見開き、身を乗り出す。

「何が言いたい」

その言葉は先ほどの機嫌の良さは消え失せ、忠告めいたものを含ませていた。

分からないし、あり得ない事ばかり。

「まるで別人が憑依しているようだった」

考えを纏めず放った突拍子もない言葉。


だが、オルビドは僕をジッと見つめながら口を開く。

「お前は何も知らないのだな」

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