7:剣がなければ、拳で戦えばいいじゃない

ハンク家は騎士の末裔だと解釈されているけれど、初代シルヴィアは剣を極めてはいなかった。

長い歴史で解釈違いがあったのだろう。

最古の魔女狩り――災厄の魔女への対抗手段としてとったのは、剣ではなく――

「うらぁ!!」

剣ではなく、拳なのだ。

私は牙をむき血肉を貪らんとする、古き異形の一体の鳩尾に拳を叩き込んだ。

いや、叩き込むというのは語弊がある。

体内を爆発させんほどの力をぶつけるのだ。

「ぎぃっ……!!」

霧の向こうで醜い断末魔が上がる。

……私は古き異形の肉体の構造を熟知している。

オリヴィエが死んでから、戦って戦って。古の騎士の戦闘技術を現世に呼び覚まして、知り過ぎているほどに知っている。

「うそぉ……、素手……?」

後方では援護もいらない私の様子を見て、ミシュナ少年が呆然としている。

「古代魔法の術式を生まれ落ちた時から持っているから、太古の存在には現代の武器は通じない。

現代魔法も含めてね。……だけどね、抜け穴はあるのさ」

私へ突っ込んでくる異形二体。こちらも大地を蹴り、奴らの懐へ入り込む。

「古き存在が私らの脅威ってことは、奴らは私らへ触れて肉を裂き危害を加える。なら、こちらも同様の事ができるのさ!!」

その顎へ天を突き抜けんばかりの膝をたたきこんだ。


どれくらい時間が経過したのだろう。

「はぁっ!」

飛び込んだ勢いを拳に乗せて、異形の腹へ叩き込む。

ボグッ!!という重い衝撃音が響き、肉が抉れて血が噴き出た。

「生物としての形を持ち続けるなら、そこは弱点さ」

「キリウス!後ろだ!」

ミシュナ少年が叫び声を上げると同時に、私は身体を捻る。

振りかざしたかぎ爪を躱し、伸びきった腕を中継点に飛び乗る。

そのままの助力で肩に飛び乗り、私はその首を両手で掴み、ゴキリ、と首をへし折る。

「……カハっ」

首をへし折られ、断末魔を上げる異形を今度は地面へ叩きつける。

そして、頭蓋を踏みつぶした。

「その程度でうちの子に触れようなんてね」

踏みつけた勢いのままミシュナ少年に向かって飛び上がると、後ろから近づくもう一体の異形を叩き潰しつつ着地する。


周囲に敵の気配がなくなったことを確認し、私は援護の姿勢のまま棒立ちのミシュナ少年へ語り掛ける。

「奴らが私たち現代人を捕まえ、血肉を食えるなら、肉体同士は干渉しているということ。

奴らのクマのような腕力と、虎のようなスピードを搔い潜って、鉄の鎧の装甲もろとも殴り飛ばせる程度の体術一つあれば、この通り古代の存在も倒せるわ」

「いや、無理……。なにその根性論……」

「根性論、いい言葉じゃないか。根性は魔法を凌駕するわ」

「……え?」

「己の武器の限界を決めてんじゃあないよ。死にかけて、極限まで行かなきゃ届かないっていうならそうするんだ。魂のこもっていない力なんぞ、何にも届きゃしないだろうよ? それに」

ビシッと私はミシュナ少年に指を指す。

「この程度の相手にひるむ暇があるなら、極限まで技を磨きな」

「………」

ミシュナ少年は茫然として、その場に座り込んでしまう。

(年を食うといけないねぇ。伸びしろのある子どもが悩んでいると放っておけないわ)

享年が26歳は若いだろうって?

30になれば死んでしまうハンク家の女にとっては、ババアも同然の身体だったんだわ。

肉体の全盛期は15から18歳だったよ。

悲観する時間がなかったので、若くて老人な身体で出来ることをやるのみだった。


「ミシュナ」

私はしゃがみ込む。ミシュナ少年と目線を合わせる。

「アンタはキリ…私の友達だね?あの子が頑張っているんだ、坊やも頑張りな」

ミシュナ少年の頭をポンポンと優しく叩く。

「……うん」

(うんうん、ミシュナの坊やは素直でいい子だねぇ。いい素質を持っているんだから)


私の体術も剣術も、純粋に魂を込めたものだ。

私も、そしてキリウスやミシュナ少年も、きっかけ次第で出来ること。

心の強さで。意志の力で。各々に見合った武器を振るうのだ。

(私の母が守ろうとした意志を、私は未来へ紡いでいる)

だから私は負けない。

子供たちの未来を過去の怨霊に潰させない。

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