6:倶楽部の部長はもっとやんちゃだったね

暫しの思案の後。

ガシャン! いきなりの破壊音と視界を遮る影を目で追う。

咄嗟にキリウスが装備していた短剣を引き抜き構えた。

「あれは――」

(無茶な救出方法だね、坊や)

キリウスの情報がなければ叩き落としていた。

私は構えていた短剣を仕舞う。

蝙蝠の羽に変形した魔傘に跨った、魔法探検俱楽部部長のミシュナが突っ込んできた。

「うぉっ!」

古代魔法の色濃い霧の中、操作性を失った魔傘からミシュナの体が宙に舞う。私は剣を落とさないようにしつつ、魔傘ごとミシュナをキャッチした。

(っ、アバラが……)

「キリウス!助けに来たよ!」

抱きかかえられて何を言っているのだこの坊やは。

(はあ……。ここは、キリウスになりきらないとまずいかね)

とりあえず、元気な坊やを地面におろしてそう判断する。


「よかった!キリウスは無事だね?」

(いや、アンタを支えてアバラのヒビが広がった感じだよ)

「まあな」

(子供の頑張りを頭ごなしに否定しないほうがいいさね……、痛いけど)

ミシュナの疑問に私はキリウスを意識して答える。

「ほら、さっさと逃げないと。古き異形には現代魔法は効かないんだ」

ミシュナ少年の言い分はわかる。

霧とともに奴らは現れるから。

町は更に濃い霧に覆われつつある。……魔剣が放つ瘴気の霧が、古代の存在たちの魔力に覆われていく。

だから私はそれに近づいて行ったのだ。

悪意を振りまいている者たちを排除しなければ、魔剣の活性化は収まらない。

「この剣は俺が片付けないといけないんだ」

ミシュナを降ろし、剣を掲げる。

(さて、お前らの恨み晴らす時さね)


「どういうことだい?」

(……悪いね少年。話している暇はなさそうだ)

私はミシュナ少年をの問いを聞き流し、呪いを祓う準備を始める。

(ちっ。思った以上に呪いが濃い。古き異形を片付けるのが優先か)


私はキリウスの身体に馴染んできているとはいえ、呪いへの対処は超々原始的。

ヴェールガルドのような魔喰らいの能力もないし、ノワールのような高度な魔法技術もない。


そんな私の心中はお構いなしに、楽観的にミシュナは話す。

「もー、びっくりしたよ。3階から古き異形ごと落っこちて、そのままどっか行っちゃうんだもん。

まさか、古き異形が陸に上がってくるなんて……。僕の魔法じゃあ効かないしお手上げ」

(うちの子も中々アグレッシブだねぇ。剣の異質さに気付いての判断なのだろうけど)

「ミシュナ、ユイは無事?」

「んー?大丈夫だよ?ユイはデイジーやアヌベス連れて逃げてる。僕らも逃げるよ」

(嘘つきねぇ。キリウスを安心させたいのだろうけど、ユイは無事とは言えないだろうね)

仲間と逃げているのは事実だろうが、ユイはこの現場に近づけない筈だ。

ユイはアルエットと縁が深い。

まさか、大陸を跨いだ遠い地で、アルエットの愛剣があるとは思ってもいなかっただろう。

相当な悪意ある精神干渉を受ける。……その前にキリウスが剣を抱えて逃亡し、剣の狙う獲物を己へと向けさせたのだろうが。

(軽い接触でも、酷いめまいやら頭痛で手一杯の筈だよ)

「古き異形が来る前に早く逃げよう!キリむぎゅっ」

ミシュナ少年に急かされる声をひとまず手で止める。

「一足遅かったね」

(さて、と。どうやって片付けるかね)

古き異形である蝙蝠の翼を持った半魚人のような化け物が、何体も霧の中から現れる。

(ここまで来ると魔剣の力もかなり濃くなっているか……)


「ミシュナ、囲まれているよ」

「な……」

(異形どもの存在に気付かないで、真っ直ぐ向かってくれたようだね。居場所を伝えてくれと言わんばかりに)

少年は索敵……と口ごもりつつ、狼狽える。

(恐らく、ミシュナ少年は索敵に特化した補助魔法使い。魔法使いとしてはそこそこ優秀。だけど。

現代魔法を主軸にしているから、古代の存在を感知できない)

事実、この不快極まる霧の中で何も感じないのだから。


「嘘だろ」

「魔傘は?」

「……飛行ユニットは使えない」

霧が纏う古代魔法の影響で、精密な動作に弊害が出たのだろう。

(んー?現代魔法しか使えないのかい、この子は)

古き異形のような古来より住まう存在には、現代魔法や現代の武器は効果が薄い。

(そういえば、使えないと言っていたねぇ)

この、災厄の魔女オルビドの容姿を色濃く継いでいる少年なら、多少は古代魔法が使えるはずだと思い込んでいた。

(現にこの魔傘、オルビドの一部といってもいいものだ。魔女の髪の毛が編み込まれているのか)

奥の手を隠しているのかとも考えたが、本人が無理だと言っているのだ。一応信用しておこう。何せ。

周囲を古き異形に囲まれつつある状況での発言だから。


「……僕の魔力を全消費して、疑似古代魔法を打つよ。その間に逃げて」

それはこの少年を見殺しにするようなものだ。

そんな真似をできる大人じゃないんだわ、私は。

「わた……俺が道を開く。後に続け」

少年は目を白黒させて反論しようとするが、私はポケットに手を入れる。

取り出したのは黒い革のグローブ。装着すれば非常に手になじんだ。

ギチリ、と。

手を握り私は構えた。

「キリウス……!」

「……下がってな」

私はミシュナ少年を後ろに押しやる。

少々トラブルメーカーな気はあるが、この霧の中助けに来た息子のお友達だ。放っておけない。

「見せてやるよ。原始の存在との戦いってやつを」

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