第7話 持つべきものは、モテない友達

「今日、シュウトのためにお弁当作ってきたから、二人で一緒に食べない!?」



「断る」


「「えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」


 まさかの即答に、春樹と征太の声が重なった。


「お前、それはねえよ! 幼馴染が自分のために弁当作ってきてくれるとか、これ以上ない最高の展開じゃねえか‼ ラブコメの波動溢れまくりじゃねえか‼ なんでそれを即答で断れるんだよ馬場ァ‼」


 怒りのあまり、春樹は全力で叫んでいた。正に自分が求めていたような展開を、目の前の男は実際に体験しておきながら、それをみすみす断りやがったのだ。許せるわけもない。


「そうだよ! あんなおっぱいチャンスを逃すなんて! 今のは確定演出だったのに‼」


「おっぱいチャンスってなんだよ。征太は黙れ?」


 訳の分からないことを言ってる征太に、春樹は軽くツッコむ。


「おっぱいチャンスってのはよくわからんが……。確かに今のは確定演出だった。ラブコメ的に考えて、あの幼馴染、絶対お前に気があるぞ! 羨ましい死ね‼」


 ラブコメ展開に憧れ、これまで数多くのラブコメ作品を読破してきた春樹だからこそ確信できる。


 ――アレは、恋する乙女の顔だった。秋月みのりは、間違いなく馬場秋人に惚れている。


「昼休みは紐パン泥棒と征太と一緒に、女子に踏まれる良さについて語らうと決めていたからな。みのりと一緒にお昼を食べている時間はない」


「なんでお前、幼馴染よりオレたちを選ぼうとしてんの? 選択肢間違ってるよ? あと女子に踏まれる良さについて語らったりしねえから。絶対しねえから」


「フ。そう照れるな、紐パン泥棒」


「照れてねえよ。そしていい加減紐パン泥棒って呼ぶのやめろや」


 春樹と秋人が言い合いをしている間にも、みのりはひどくショックを受けたような顔で、ぷるぷると震えていた。


「そっか。そうだよね……。ご、ごめんねシュウト……。でも、せっかくお弁当作ってきたから、せめて受け取って欲しい……」


 そう言って、みのりは秋人のために作ってきたのであろう弁当を自分の席から取ってきて、彼にそれを差し出した。


 今更だが、みのりも春樹たちと同じクラスのようだ。しかも、席は秋人の隣に位置している。


(幼馴染で、席も隣同士とか、それもう運命じゃん。オレなら絶対もう告ってる)


 春樹は羨ましげに秋人を見るが、当の本人はみのりには全く気がない様子だった。


(このあほんだら! あんな美少女に好かれることがどれだけ貴重なことなのか、こいつはわかっていない!)


 春樹が心の中でそうツッコんだ時、みのりが秋人に弁当を差し出しながら、不安げな表情で彼を見つめる。


「受け取ってくれる?」


 それに対し、秋人は、


「一緒に食べることは出来ないが、僕のために弁当を作ってきてくれたことは素直に嬉しい。弁当はありがたく受け取っておく。わざわざありがとう」


 そう言って、みのりの弁当を受け取った。


 それだけで、みのりは全てが報われたかのように明るい表情となった。


「良かった! ありがとね!」


 弁当を受け取ってもらえて満足したのか、彼女は笑顔で手を振って、そのまま自分の席へと戻っていく。その様子を見守っていた秋人が、メガネをクイっと持ち上げて呟く。


「全くアイツは……。弁当など作らなくてもいいと、中学時代から散々言っているというのに。お節介なヤツだ」


「なんだこのラブコメの主人公ムカつくな」


 そんな悪態を吐きたくもなる。


 ラブコメ主人公のようなムーブをこれでもかと見せつけられて、それに憧れを抱いている春樹のメンタルはボロボロだった。


「馬場、お前は今から、オレの独断と偏見により死刑と処する」


 それは、もはや八つ当たりでしかなかった。だって、羨ましいんだもん。ムカつくんだもん!


「急にどうした? 春樹、みのりが来てから僕に対して当たりが強くなってないか?」


「当然だろうが‼ あんな完璧で汚れのない美少女……しかも幼馴染属性持ちの最強ヒロインと知り合いだなんて聞いてねえぞ‼ これは裏切り行為だろ‼」


「聞いてないも何も、聞かれてないが」


「うっせえ、そういうこと言ってんじゃねえよ! 要はお前が羨ましいから死ねって言ってんだよ‼」


「それはあまりに理不尽だろう‼」


「うるせぇ! 征太もそう思うよな!?」


 春樹は征太にも同意を求めようと、彼に話を振った。


「いや、春樹。ボクからしてみれば、まだ秋人を死刑に処するかどうかの判断は早いよ」


 そして、征太は秋人との距離を詰め、睨みつける。


「秋人、一つ質問に答えてほしい。キミは、彼女のおっぱいを揉んだことがあるの?」


「お前そればっかだな」


 呆れて春樹はツッコんだ。


「これは大事なことだよ、春樹。もしも秋人が彼女のおっぱいを揉んだことがないというなら、ボクは彼を死刑にしなくて良いと思う。だけど、揉んでいた場合は……わかるよね?」


「お前夏美のおっぱいにしか興味ないんじゃなかったの?」


「それとこれとは話が別だよ‼」


 征太が怒るように叫んだ。こいつのキレるラインがよくわからん。


「さあ、どうなんだ秋人! 正直に答えてもらおうか?」


「一体なんなんだその質問は。バカらしい」


 バカらしいと吐き捨てつつも、質問にはちゃんと答えるつもりなのか、秋人は続ける。


「まあ、不可抗力で何度か触ってしまったことはある。倒れた拍子に偶然触ってしまったり、とかそのレベルだが。揉んだというほどではない」


 どうやら秋人は、ラブコメで定番のラッキースケベも経験済みなようだ。


(つくづく人生経験がラブコメの主人公過ぎるだろ。羨ましい……)


 春樹の嫉妬は強くなるばかりだった。


「――それだけで充分だ、秋人。結論は出たよ。キミは死刑だ」


「なんでそうなる!?」


 無慈悲にも、征太から死刑宣告を送られる秋人。


「どうやら、征太とオレの意見は一致したようだな。やはりお前は死刑だ」


「明らかにおかしいぞ!? この判決に異議を申し立てる‼」


「征太さん、こいつ何言ってんすかね?」


「ホントっすよねー、春樹さん。おっぱい揉むラッキースケベを経験してるとか許せないよね!」


「ふっ。珍しくお前と意見が合ったな、征太」


「ああ、ボクたちは親友だ」


「なんで僕の死刑で友情を確かめ合ってるんだこの二人は!?」


 やはり、持つべきものはモテない男友達。モテる友達とかいらん。


「馬場秋人の罪状。美人で可愛い幼馴染がおり、さらにはその子から好意を向けらていること」


「そして、おっぱいを揉むラッキースケベを経験済みなこと」


「「これらの事実から、馬場秋人を死刑と処す」」


「なんで急に息ピッタリなんだ!?」


「「歯を食いしばれよ、馬場(秋人)」」


「ちょっと待て! まだ僕には弁明の余地が……!」


「「問答無用‼」」


 ――その後、秋人の顔には大量の絆創膏が貼られていたらしい。

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