第5話 春風心愛は友達を作りたい

 心愛を見捨てて教室を出た春樹が昇降口に着くと、そこには気持ち悪い笑顔を浮かべる征太の姿があった。


「なんつー顔してんだよ。キモいぞ」


 声をかけると、征太はその気持ち悪い笑顔を崩さないまま、こちらに振り向いた。


「いやぁ、これはこれは! 女性の胸も揉んだことがない負け組少年の春樹くんじゃあないか!」


 とても鼻につく言葉を並び立てながら、征太がトントンと肩を叩いてくる。


「なんだお前。うざいぞ」


「あーっはっはっは! 今のボクには、どんな罵倒も全くもって通じないのだよ春樹くん!」


 春樹が靴を履き替え歩き始めると、隣を歩く征太が腰に手を回してきた。本当は肩を組もうとしたようだが、身長差的に諦めたようだ。


「いやぁ。悪いね、春樹。ボクは君より先に、大人の階段を上ってしまったようだ」


「何言ってんだお前。ってか気持ち悪いから離れろ」


「春樹、女性の胸の感触……どんな感じか知ってるかい? おっと、これは失敬‼ 春樹には縁のない話だったよね! ごめんごめん。いやはや、悪気はないんだよ。どうか許してくれたまえ」


「お前……まさか……!?」


 その言葉を聞いて、春樹は先ほどの出来事を思い出し、目を見開いた。


 秋人という男が現れたせいで忘れていたが、そういえば征太は、夏美の胸を揉むために途中で離席したのだった。


「マジで揉んだのか……!?」


「フ。みなまで言うな。当然だろう?」


「ヴァクァなぁ……‼ 嘘だろ……!? 本当にこの性欲魔人に胸を揉ませたというのか‼ あの夏美って女は‼」


「あんなに大きくて柔らかいおっぱいを揉めて、ボクは本当に幸せだよ。ありがとう、神様夏美様」


「そうか、死ね」


「ボクは死にましぇん‼」


「ちくしょおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」


 悔しさのあまり、春樹は血涙した。


「どうしてだよぉ……! どうしてオレはやってもいないのに紐パン泥棒と女子から蔑まれ、このち〇ぽだけで生きているような性欲魔人はおっぱいを揉めるんだ‼ 世の中狂ってる‼ オレの理想の青春はどこいった!?」


「青春は自分で掴み取るものだよ、春樹」


「うるせえ黙れ」


 その後も春樹は征太から自慢話を聞かされ続け、信号で足を止める度に転生しようとトラックを探した。しかし、今日に限って、トラックは一台も見かけることは出来なかった。



 ◇



 翌日。


 心愛は昨日よりも少し早めの時間に登校していた。


(また変態成瀬と鉢合わせでもしたら最悪だし、この時間に来れば……あいつとは会わずに済むはず……)


 昨日のようなことになるのは勘弁なので、少し時間をずらしたのだ。


 ちなみに、今日は紐パンは穿いておらず、極々普通のパンツを穿いている。さらに言うと、昨日よりも若干スカートを長くしていた。


 心愛にとっては、もはや昨日の出来事はトラウマなのだ。


(でも、まだ挽回は出来るはず……! だってわたしは被害者なんだから‼ 大丈夫! 友達も沢山作って、恋もして、白馬の王子様に見つけてもらうのっ!)


 心の中でそう意気込んで、心愛は教室の扉をガラッと開いた。


 教室内を見渡せば、既に何人かのクラスメイトがおり、それぞれの友達と談笑している様子が見られた。


(まずは友達作りから頑張ろう! 小さなことからコツコツと‼)


 そう思い、心愛は近くで楽しそうに談笑していた女子二人に挨拶しにいく。


「おはよう!」


 ニコッと自然な笑顔を作って、あなた達と友達になりたいですアピールをする。しかし、


「え、おはよ……」


「うん、おはよう……。紐パ……は、春風さん……」


 やはり昨日の件が響いているのか、二人はぎこちない顔で、目を逸らしながら挨拶を返した。


「あ、あの! わたし、二人と友達になりたくて……!」


 勇気を振り絞ってそう伝えるも、やはり二人からは目を逸らされてしまう。


(な、なんでぇ……! どうしてぇ……‼)


 心愛は涙目だった。


「あのさ、春風さん……。あの人、さっきからずっと春風さんのこと待ってるみたいだから、ウチらよりも、あの人に構ってあげなよ……」


「へ?」


 女子の一人が心愛の席の方を指差しながらそう伝えてくる。それに釣られて、心愛は自分の席の方に視線を向けた。


 一見、そこは昨日と同じ自分の席で、誰かが待っている様子はない。


 しかし、席の方に近づいて行くと、とある違和感に気付いた。


 何やら、誰かが自分の席の前で四つん這いになって待機している。


「げ……」


 そこにいる人を見て、心愛は思わず顔をしかめた。


「何やってるの、馬場くん……」


 そこには、心愛の机の前で四つん這いになっている秋人の姿があった。見れば、心愛の椅子はどこかにどかされており、秋人は椅子の代わりを務めるかのように、四つん這いで待機している。


「春風さん、君を待っていたよ……!」


「わたしは全く待ってないんだけど……」


 途端に、周りのクラスメイト達がざわつき始める。


「ねえ、アレは何?」


「さあ……? 紐パン少女がまたおかしな事でもしでかしたんじゃね?」


 クラスメイトの会話が耳に入り、心愛はまたも泣きたくなった。


(どうしてこうなるのぉ……‼)


 とにかく今は、目の前の男をどうにかしなくてはならない。


「馬場くん。邪魔だからどいてほしいんだけど。っていうか、わたしの椅子は?」


「大丈夫だ! 僕のことは気にせず、僕のことをただの椅子だと思って、ここに座ってくれたまえ!」


「何も大丈夫じゃねえよ。頭おかしいのか変態」


 心愛は心底軽蔑した眼差しで、秋人を見下ろした。


「あひぃん! その蔑んだような眼! 最高だよ春風さん‼ さあ、そのまま僕の上に跨って‼」


「キモい、死ね。わたしの前から消え失せろ」


「素晴らしい‼ なんというご褒美‼ やはり君には才能がある‼」


「ダメだこいつ無敵すぎる……」


 心愛は頭を抱えた。


「え、なんなの? アレってSMプレイってやつ?」


「紐パンの次はSMプレイかぁ……。しかも昨日とは違う男だし」


「もしかしなくても、春風さんって変な人……?」


「だろうね。近寄らない方がいいかも……」


 またもクラスメイトの会話が耳に入り、心愛はガクッと膝から崩れ落ちた。


「ああ、違うのに……! 誤解なのに……! 終わったわたしの高校生活……!」


「春風さん早く‼ 僕に跨って‼ 君が跨ってくれるまで、僕はここを離れないよ‼」


「もう黙れよお前……」


 今すぐにでも泣き出したい気分だった。


 その後、春風心愛には紐パン少女改め、紐パンSM女王という呼び名が定着した。

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