第4話 ドM少年・馬場秋人
あれから数分後。
春樹と心愛の元に、一人の男子がやってきた。
「お前が噂の紐パン泥棒だな」
「紐パン泥棒って呼ぶな! 誰だお前は‼」
開口一番あだ名で呼ばれて、少し苛立ちながら春樹は返す。
「隣にいる女子は……紐パン少女か。ふむ。今話題の二人がお揃いとは、僕にとって非常に都合が良い展開だ」
黒縁メガネを指でくいっと持ち上げて、いかにも秀才って感じでその男子は言う。
「紐パン少女言うなぁ! わたしは春風心愛だからぁ‼」
心愛は顔を真っ赤にして叫んでいた。
「おっとこれは失礼。春風さんと……紐パン泥棒か」
「いやオレもちゃんと名前あるから! 成瀬春樹っていう名前があるから‼」
「紐パン泥棒、それと春風さん。君たちに話があるんだ」
「オレの呼び方は修正しないんですか、そうですか! っていうかお前は誰だよ‼」
ムカつくメガネ男子に、名前を名乗れと春樹は訴える。
見れば、彼はかなりのイケメンだった。身長や体格こそ春樹と似たり寄ったりだが、メガネの奥に潜む澄んだ瞳や、高い鼻筋と、顔立ちはイケメンそのものだった。髪型も自然な感じで整えられており、実に爽やかな印象だ。染めたりはしていないようで、髪色は純然たる黒。
雰囲気イケメンではない、ちゃんとしたイケメンの登場に若干ムカつきつつも、春樹はそのメガネ男子の言葉を待った。
「僕は
秋人と名乗った彼は、すっと春樹に手を差し出した。
「よろしくして欲しかったら、オレのことは春樹と呼べ」
差し出された手を突っぱねると、それを彼は気にした様子もなく、今度は心愛の方に手を差し出した。
「どうやら彼には嫌われてしまったようだ。春風さん、よろしく」
「よ、よろしく……。い、イケメンだぁ……!」
秋人から放たれる爽やか笑顔に、心愛は頬を赤く染めていた。そのことに、春樹は無性にムカついていた。
「おうおうおう、紐パン少女さんよぉ! オレの時とは随分対応が違うようだが?」
「あんたと馬場くんじゃ、第一印象が大違いでしょうが! 身の程弁えろこの変態‼」
「ねえ、もしかしてさっきの謝罪なかったことにされてる? オレ、タイムリープしてる?」
「あんなの形式だけに決まってんでしょうが! あんたが変態なことは変わらない事実よ‼」
「オレのどこらへんが変態だと言うんだ‼」
「わたしのスカートの中の……大事なとこ見たでしょ‼」
「ぐ……。それは……」
そのことを言われてしまうと、春樹は反論の余地がなかった。確かにスカートの中を見たことに関しては、完全に春樹の意思だった。そこには勘違いも誤解も全くない。
「やっぱり見たんだ! 最悪……。もうお嫁に行けない……。うぅ……」
「それに関してはオレも悪かったけども! ああ、もう! わかったよオレは変態でいいよこんちくしょう‼」
否定する材料が見つからず、結局春樹は反論を諦めた。
「なんだ。噂を聞く限り、君たちは口もききたくないくらい仲が悪いのかと思っていたが、随分と仲が良いじゃないか」
「「仲良くない‼」」
「うん。やはり仲が良い」
「「なんでハモってんだよ‼」」
仲が良いと思われたことが不服だったのか、心愛は慌ててそれを否定しにいく。
「ち、違うんだよ馬場くん! こいつとはこれっぽっちも、なーんにも仲良くなんてないから‼ 超仲悪いから‼」
「どんだけ仲良いと思われたくないんだよお前」
「あんたと仲良いなんて思われたら、白馬の王子様が逃げちゃうでしょうが‼」
「白馬の王子様……? なに言ってんだお前」
「もしかしたら馬場くんが白馬の王子様かもしれないんだから……! こんな絶好の機会、逃すわけにはいかない……‼」
「めちゃくちゃ必死だなお前。白馬の王子様なんて現実にいるわけねえだろ」
「いるもん! あと、さっきからお前お前言うな‼」
「悪かった紐パン少女」
「紐パン少女はもっとダメ! ……春風でいいから‼ 春風って呼んで‼」
「じゃあお前もオレを変態だとか紐パン泥棒だとか言うのはやめろ。成瀬でいい」
「わかったわよ変態紐パン泥棒成瀬‼」
「最後に成瀬って付ければいいわけじゃねえ‼」
二人がしばらく言い合いをしていると、やがてそれを遮るように秋人が咳払いする。
「こほん。それで、そろそろ本題に入ってもいいかな二人とも」
「ごめんね馬場くん! わたしに話があるんだよね!?」
「なんだこいつ。露骨に馬場に色目使ってやがる……」
明らかに自分とは対応が違う心愛に、ジト目を向ける春樹。
「二人に少し聞きたいことがあってね。絶賛学校中で噂になっている今朝の件についてだ」
そして、秋人は本題について話し始める。
「噂によると、春風さんがそこの紐パン泥棒を足でぐりぐりと踏んづけた……と聞いたんだが、それは本当かい?」
確かに今朝、心愛は春樹の頭をぐりぐりと踏んづけていた。そこに間違いはない。二人は首肯した。
「確かにオレは、そこの暴力女春風に踏んづけられたな」
「暴力女とは失礼な! 違うからね、馬場くん。確かにわたしがそこの変態成瀬を踏んづけたのは事実だけど、それは正当防衛であって、普段のわたしは暴力とかしないお淑やかな乙女だから‼」
「嘘吐くなよ暴力女春風」
「黙れよ変態成瀬! あんたがわたしの何を知ってんのよ‼ わたしと馬場くんの恋路を邪魔しないで‼」
「片思いご苦労様。その恋は実らないから諦めた方がいいぞ」
「よぉし、わかった。そんなに殴られたいならお望み通り殴ってあげる。歯を食いしばりなさい!」
「やっぱり暴力女じゃねえか‼」
「暴力女じゃない‼」
また二人の言い合いが始まった。しかし、そのおかげで、秋人は噂が本当であることを確信した様子だ。そして、二人の言い合いを遮り、続ける。
「どうやら、噂は本当のようだね。だとしたら話が早い」
そう言って、彼は心愛を正面から見つめた。
「春風さん、君のその才能を見込んで、折り入って頼みがある」
「へ? わたしに頼み!?」
キョトンとした表情をする心愛。そんな彼女を秋人は見つめ続けている。やがて、心愛は見つめられ続けるのが気恥ずかしくなったのか、頬を赤く染めて俯く。
「そんなに見つめられるとわたし……うぅ、恥ずかしいよぉ……。馬場くんの頼みって、もしかして告白……?」
ドキドキしながら、心愛は秋人の返答を待つ。
「いや絶対告白ではないだろ。なんでこの流れで告白されると思うんだよこの恋愛脳。少女漫画の読みすぎで頭がおかしくなったのか」
「ホント黙れよ、変態成瀬‼ あんたのせいで雰囲気ぶち壊しでしょうが! もしも本当に告白だったらどうすんのよ‼」
ギリギリギリと歯噛みしながら、心愛は春樹を睨みつける。
「――春風さん、聞いてくれ」
雰囲気を元に戻すように、秋人が改めて口にする。その言葉で我に返り、心愛も改めて秋人に向き直る。
「は、はい!」
ピンと姿勢を正して、心愛は彼の言葉を待つ。
「わたしの白馬の王子様は、きっと馬場くんだったんだね……」
心愛がそんな言葉を呟いた瞬間。
秋人は勢いよく床に顔面を擦りつけ、土下座の態勢になる。
「――どうかこの僕を思いっ切り踏んづけて欲しい‼ 春風さん‼」
「……………………え?」
途端に、心愛の顔が引きつる。今、とんでもないお願いをされた気がする。
「馬場くん? わたしの聞き間違いかな? 今、踏んづけて欲しいって……」
「決して聞き間違いではない‼ どうか、どうかお願いだ‼ 僕の頭を、君のその綺麗な足で、ぐりぐりと踏んづけて欲しい‼」
「ダメだこいつも変態だったぁ‼」
頭を抱え、心愛は絶望する。
「なんで!? この学校には変態しかいないの!? わたしの白馬の王子様はどこ!?」
「類は友を呼ぶ、か。言い得て妙なことわざだな」
春樹はしみじみと呟いた。
「わたしをお前らと一緒にするなぁ‼ こんなはずじゃ……! こんなはずじゃないのにぃ‼」
「もう諦めろ春風。白馬の王子様なんていねえよ。男子ってこんなもんだぞ」
諭すように、春樹は言った。
「君には才能がある‼ 君のその足で踏んでもらえれば、僕はもう死んでもいい‼」
「おい、踏んでやれよ春風」
「絶対ヤダ。もうこの人と関わりたくない……」
「手のひら返し過ぎだろお前。さっきまで色目使ってたくせに」
「末代までの恥だわ。こんなヤツが一瞬でも白馬の王子様だと思ってしまったなんて」
「……帰るか、春風」
「そうね」
と、二人は秋人を無視して、帰り支度を進める。しかし、それを食い止めるように、床に這いつくばった秋人が心愛の足を掴んだ。
「頼む‼ 踏んでくれぇえええええええええええええええええええええええええ‼」
「怖いよ‼ この人怖いよ!? 誰か助けてぇえええええええええええええ‼」
「じゃあな、春風。また明日!」
「おい成瀬ぇ‼ 助けろ‼ わたしを助けろ‼ ご褒美に後で踏んであげるから‼」
「オレにそういう趣味ないんで。それじゃ」
「成瀬ぇえええええええええええ‼ 明日覚えとけよぉおおおおおおおおおおお‼」
「僕を、踏んでくれぇええええええええええええええええええええええええええ‼」
「黙れ変態‼ 踏むかバカ‼」
「ああ、いい‼ もっと僕を罵ってくれ‼ やはり君には才能がある、春風さん‼」
「真正の変態じゃねえかこいつ‼ まともなのは顔だけかよ‼」
その後、心愛は秋人を蹴り飛ばして速攻逃げたのだが、何故か秋人は恍惚な表情を浮かべていたとか。
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