第3話 ショタコン少女・浅羽夏美
放課後。
その日は入学式と教科書配りなどのロングホームルームだけで、午前中の間に解散となった。
部活動見学などは今日はないようで、本格的な高校生活の開幕は明日からとなりそうだ。
そんな中、帰り支度をしていた春樹と征太の元に、二人の女子がやってくる。
「成瀬く〜ん! ちょっといいかしら?」
「え、オレに用!?」
今朝の件もあって、春樹は女子の方から声をかけられたことにひどく感激していた。
(もう女子に声をかけられることなんてないと思ってた! もしかして、この人がオレの運命のヒロインなんじゃ……!?)
よく見れば、目の前に立つ女子はすこぶる可愛かった。
銀髪のウルフカットに、宝石のように輝く碧い瞳。アニメの世界から飛び出してきたかのような容姿をしたその少女は、正に物語のヒロインにふさわしい。
その顔立ちだけでも充分に目立つ彼女だが、顔以上に目を惹かれるものがある。
それは、制服越しでもわかるくらいたわわに実った大きな胸。
男女問わず視線を引き寄せられてしまうその胸は、もはや国宝と言っても差し支えないだろう。
「おっぱいでけぇ……!」
そう呟いたのは、春樹の隣に立つ征太だ。そんな彼を、春樹はジト目で睨みつけた。
「黙れよ性欲魔人」
征太が余計なことを口走る前に、春樹は慌てて銀髪美女に向き直った。
「オレに何か用かな? えっと……」
「私の名前は浅羽夏美。これから一年間よろしくね」
「浅羽さん、だね。よろしく。オレは成瀬春樹」
「うん、成瀬くんの噂は聞いてるわ。あ、成瀬くんって呼び方堅苦しいから、春樹って呼ばせてもらうわね。私のことも夏美でいいから」
出会っていきなり名前呼びとは……この子、結構グイグイ来るな。
「な、夏美……。それで、オレに用があるんだよね?」
「そう。用があるの。でも、用があるのは私っていうより、こいつなのだけど……! ほら、離れてないで早く来なさい!」
そう言って、夏美は少し離れた位置に立っていた女子の首根っこを掴み、春樹の前に連れてくる。
「げ……!」
その女子の姿を見て、春樹は途端に顔を引きつらせた。
それもそのはず。だってその女子は――。
「紐パン少女!」
「その名でわたしを呼ぶなぁ! 誰のせいでそんな呼び名が付いたと思ってるんだこの変態ぃいいいいいいいいいいい‼」
「そっちこそ、お前のせいでオレが学校中でなんて呼ばれてるか知ってるか!? 紐パン泥棒だぞ、紐パン泥棒‼ オレ、泥棒なんてしてないのに‼ 事実無根なのに‼」
「ふん、変態にはお似合いの呼び名でしょ! 妥当よ、妥当!」
「なんだとこの野郎! そもそもお前がパンツの紐をしっかり結んでいれば防げた事態だろうがぁ‼」
「あんたが落ちたパンツを見てみぬふりしてくれれば良かった話でしょうがぁ‼」
ビリビリビリ、と二人の間で火花が飛び散る。
「心愛、あんたは何さっそく口喧嘩してるのよ! 今朝の件を謝罪するんでしょ!」
ごん、と夏美が心愛にげんこつし、口喧嘩を仲裁した。
「いったぁ……。いたいよぉ、夏美」
「痛いのが嫌なら、さっさと謝る! そのために、私がこの場をセッティングしたんだから!」
バシン、と夏美に背中を叩かれて、心愛は一歩前に出た。
春樹と向き合うと、彼女は屈辱そうな顔をしながら、
「やっぱり無理だってぇ! この変態に頭下げるなんて絶対無理‼」
「はあ……」
謝罪を嫌がる心愛の様子に、夏美はため息を吐いた。
「心愛、あんたがこのままでもいいって言うなら、私もこれ以上は何も言わないけどね。だけど、自分の非を認めず、相手に謝罪できないような女に、果たして白馬の王子様はやってくるのかしらね?」
夏美は心愛を諭すように、そう指摘した。
その言葉が心愛に効いたのか、彼女は一歩前に出る。
「うぅ……。白馬の王子様が来ないのはもっと嫌だ……」
心愛は涙目になりながら、覚悟を決めた顔で改めて春樹と向き合った。
「あの、成瀬くん。今朝は急に殴ったり、踏んづけたりしてごめんなさい。せっかく落とし物を拾ってくれたのに……。私、その、落とした物が物だから、動揺してて。しかもそれを男子に拾われたってことで、頭がパニックになってて……」
そして、彼女は深く頭を下げた。
「――本当に、ごめんなさい」
突然真面目なトーンで謝罪されて、春樹は困惑してしまった。
「オレも、あの時は……何がなんだかわからなくて……。だから、こっちこそごめん。もう少し、気を遣えれば良かったな……」
咄嗟に出た言葉は、同じく謝罪の言葉だった。
二人がお互いに謝罪した様子を見て、夏美は空気を変えるように手をパン!と叩いた。
「はい、じゃあこの話はもう終わりね! これから一年間、二人とも仲良くやりましょう!」
「夏美はこのために、オレに声をかけてきたのか?」
「そうよ。こういうわだかまりは早いうちに解消しておかないと、後々面倒なことになるからね」
「その……ありがとな。オレからもお礼を言っておくよ」
こういう場を設けてくれた夏美に対して、春樹は感謝を述べた。
「いいってことよ。ぎゅー」
「ぶへっ!?」
――と、何故か突然、夏美が春樹のことをぎゅーっと抱きしめた。春樹の顔は夏美の豊満な胸に埋まり、甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
「ちょっ!? 夏美何やってんのぉ!?」
「春樹ぃいいいいいいいいいいいい‼ 裏切ったなこの野郎ぉおおおおおおおお‼」
心愛が動揺したように声を上げ、今まで静観していた征太も、その羨ましすぎる光景に激怒した。
「な、な、夏美!? 急にどうした!?」
「春樹、紐パン泥棒なんて不名誉な呼び名で女子から蔑まれて、入学初日から辛かったでしょ? 私のおっぱいで慰めてあげようと思って。おー、よちよち」
「おぉ……!」
顔に押し付けられる柔らかい感触に、春樹は感嘆の声を漏らした。
「ちょっと待ってよ、浅羽さん‼」
その異常な光景に、征太が待ったの声を上げた。
「おや、あなたは春樹の友達の……ちっこい少年じゃないの。そんなに羨ましげに見つめて、どうかした?」
「ちっこい言うなぁ‼ こっちは低身長なこと気にしてるんだからな!?」
実を言うと、征太は高校生にしては小柄だった。
恐らく160センチもない彼の身長は、女子の夏美よりも低い。大体、心愛と同じくらいの身長に見える。
くせ毛なのか寝癖なのかよくわからないその茶髪は、所々ぴょんぴょん跳ねている。顔立ちは童顔で、女子が羨ましくなるくらいに肌が白い。
男子にしては実に可愛らしい容姿をした彼に、夏美は微笑を浮かべる。
「ふふ。そんなに羨ましそうな顔をしてどうしたんだい、少年。お姉さんのおっぱいに興味津々なのかな?」
夏美は春樹から離れると、まるで小さな子供を相手にするように、征太の頭をよしよしと撫でた。
「なんでお姉さん面!? 同級生だよねボクたち‼」
「ああ……これ夏美の好みに刺さったやつだぁ……」
夏美の友人である心愛が何かを察して、そう呟いていた。
「こらこら少年、お姉さんのことは夏美さんと呼ばないとダメでしょう?」
「なんでだよ!? あとボクの名前は夏峰征太だ‼ 覚えておけ‼」
「征太くん。どうだろう、一つお姉さんから提案があるの。もし、私のことを今後夏美さんと呼ぶと約束してくれるなら、おっぱいの一揉みくらいさせてあげてもいいわ」
「なん……だと……!?」
その提案を受けた瞬間、征太は驚愕の表情で固まった。
恐らく今、征太の頭の中では、同級生をさん付けする屈辱と、おっぱいを揉みたいという性欲のどちらを取るかが天秤にかけられている。その結果、彼は――、
「夏美さん、おっぱいを揉ませてください‼」
性欲に敗北したようだ。
「あぁ……! その反応、可愛い……! いいわよ、こっちにおいで征太くん。他の人に見られるとまずいからね」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼ マジで!? ホントにいいの!?」
「当然。私は約束を守る女よ」
「ついていきます! 一生ついていきます夏美さん‼」
夏美が歩き始めると、征太も彼女の後ろに続き、二人は一緒に教室を出て行った。
教室に二人、春樹と心愛だけが取り残された。
「ええ……」
突然様子の変わった夏美の姿に、春樹はかなり困惑していた。そして、この後征太を殺害する計画を立てると決意した。あのでかいおっぱいを揉めるとか羨ましすぎる。
「……夏美って、お前の友達だよな?」
隣で呆然としていた心愛に、春樹は話しかけた。
「そうね。小学生からの親友よ」
「あいつって、どういうヤツ?」
「一言で言うと彼女は――重度のショタコンよ」
「やっぱりかぁ……」
予想通りの答えが返ってきた。彼女が重度のショタコンなら、征太に対する態度にも納得できる。
(あいつ、見た目だけはショタみたいだからな。中身はゲスな性欲魔人だけど)
征太はその見た目がコンプレックスだと常日頃から嘆いており、そのことに春樹も同情していたが、今はあの見た目に殺意しか湧かない。
「オレもあの見た目に生まれていたら、今頃おっぱいを……」
「ホント男子ってバカ……。最低」
一人項垂れる春樹に、心愛は軽蔑の眼差しを向けていた。
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