第2話 紐パン泥棒(誤解)と紐パン少女(不名誉)
「入学早々有名人だね、紐パン泥棒」
「うるせえ黙れ。オレは親切心で拾ってやったんだよ」
入学式後。
春樹は教室で、小学生時代からの友人――
「春樹の主張がそうでもね、世間はそう見てはくれないんだよ。クラスでは既に、春樹は紐パン少女のパンティを盗んだ紐パン泥棒だって認識されているんだよ」
その言葉に、春樹は苦々しい表情で唇を噛む。
「なんでだ……! どうしてこうなった……! オレはただ、ハンカチを落とした運命のヒロインと、ラブコメみたいなドラマティックな恋をしたかっただけなのに……‼」
「まあ、普通に考えて、紐パンの紐がほどけて、地面に落ちるなんて思わないよね。マンガでもそんな展開見たことないよ」
「だよな……! つまり、オレは悪くないよな!?」
あえてクラス全体に聞こえるような声で叫んだ。
それは、自分が無実であることを証明するための行動だった。しかし、
「マジでありえない、あの男子」
「パンツ盗むのはないわー」
「あの人には近づかないでおこ……。パンツ盗まれる……」
突き刺さるような女子の視線が、春樹に向けられた。
「終わったオレの高校生活……‼ もう退学するわ……」
「早まっちゃダメだよ!? まだ挽回できるって‼」
「できねえだろどう考えても‼」
血涙しながら叫んだ。
(ラブコメみたいな恋がしたいとか……オレは何をバカな夢見ていたんだろうなぁ‼)
現時点で、学校の全女子にとって春樹は恋愛対象から外れてしまった。それどころか、紐パン泥棒なんて不名誉な称号を得る始末。
「これもそれも、全部あいつのせいだ……!」
春樹の怒りは、今朝出会った少女に向けられていた。
「ところで、春樹くんさぁ……」
と、春樹が怒りに震えていると、征太がニヤニヤとした顔で耳打ちしてくる。
「スカートの中、見たってマジですか?」
「………………」
見た。今でもしっかりとこの目に焼き付いている。
しかし、それを鼻息荒くしている征太の前で告げるのは癪だった。
「お前と友達やめた方がいいかな、オレ……」
「水臭いこと言うなよ春樹ぃ‼ ボクたちの仲だろ!?」
「気持ちわりぃな。どんな仲だよ」
「いつか一緒に、女子のおっぱいを服越しでもいいから揉みしだきたいって誓った仲だろ!?」
「うん、友達やめるわ。今までありがとう」
「春樹ぃ‼ ……あとでこっそり教えてね? ね?」
そんな下品な話をしていたせいで、女子生徒の春樹に対する軽蔑の眼差しは強くなる一方だった。
春樹と同じ教室内。
彼とは少し離れた席で、忌々しげにそちらに視線を向ける少女の姿があった。
「あー、ホント最悪! マジありえない‼」
「まあまあ。落ち着きなさいよ紐パン少女」
「その名でわたしを呼ぶな‼ わたしには
紐パン少女――心愛は頭を抱え、今日という日の下着に紐パンを選んだことを深く後悔していた。
「うぅ……。こんな呼び名がもう学校中に広まってるなんて信じられない……! もうお嫁にいけない……!」
「そんな悲観することないでしょ。どちらかと言うと心愛は被害者として通ってるんだから。まあ、私からしてみれば、被害者はあの成瀬くんっていう男子な気がするけれど……」
「被害者につけるあだ名が紐パン少女って、こんなの許せると思う!? あの男子が紐パン泥棒なんてあだ名を付けられるのは当然の報いとしても、わたしまで紐パン少女ってあだ名を付けられるのはおかしいでしょ!?」
「あくまで被害者面なのね」
心愛の目の前に座る少女――
「成瀬くんもこんな痴女の紐パンを拾ったばっかりに可哀想よね……。私が慰めてあげようかしら……」
「誰が痴女だってぇ!?」
「あんたよ、あんた‼ 紐パン少女こと、春風心愛‼」
心愛を咎めるように、夏美は人差し指で彼女を指差した。その勢いに心愛は萎縮し、弱々しく肩を落とした。
「痴女じゃないもん……」
「じゃあ、どうぞ中身をご覧くださいと言わんばかりのその短いスカートは何?」
「こ、これは……JKとしての嗜みで……」
「あんた、もしかしてそれ、高校デビューのつもりなの?」
コクリ、と頷いた。
「ないわー。高校デビューの方向性間違ってるわよそれ」
「う、嘘でしょ!? JKはスカート短くすればするほどモテるんじゃないの!?」
「どこから得た知識よ、それは! そんな事実ないわよ‼」
「嘘……」
本気で落ち込み、机に突っ伏してその悲しみを表現する。
「うわぁーん‼ せっかく、せっかく高校デビューして、白馬の王子様に迎えに来てもらおうって思ってたのに‼ やってきたのは、わたしの紐パンを握り締めてニヤニヤしてる変態だったんだけどぉ!? どういうことなのぉ‼」
「この恋愛脳が……! 白馬の王子様なんているわけないでしょ……。どれだけ恋愛に夢見てるのよ。小学生か‼ あと成瀬くんを変態呼ばわりするのはやめてあげなさい。あんたのせいなんだから」
何故夏美はあんな変態の味方をするのか。心愛には甚だ疑問だった。
……と、そこでふと、心愛は一つの疑問にぶち当たる。
「あれ……。ねえ、夏美。一つ質問してもいい?」
その疑問を解消するために、心愛は夏美に問いかける。
「なによ?」
「もしかして――スカートの件と同様に、紐パンを穿いてくるのも高校デビューの方向性間違ってたりする……?」
「自分で気づけて偉いわね。その通りよまぬけ。JKが学校に紐パン穿いてくるんじゃないわよ」
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
心愛は頭を抱えて、激しく悶えた。
「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいよぉ……! もう死にたい……」
「早まるのはやめなさい。むしろこれからは、紐パンをあんたのアイデンティティにしていけばいいのよ、紐パン少女」
「そんなの嫌だぁああああああああああああああああああああああああああああ‼」
血涙して叫んだ。
(少女漫画みたいな運命的な恋は……どこ? どこへ行っちゃったの!? わたしの白馬の王子様ぁ‼)
白馬の王子様のことを考えて頭に浮かんでくるのは、何故か今朝のあの男。
(ありえないありえないありえないありえないぃぃ‼ わたしの脳みそから消え失せろ変態‼)
「これは重症だな、この子……」
頭を抱える心愛の姿を見て、ため息の尽きない夏美なのであった。
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