第1話 最悪な出会い
少し前を歩く少女が、どこかから何かを落とした。
そのことに気付いた少年――
(おう、さっそくこれは……)
あまりに理想的な展開に、春樹は心を躍らせた。
彼女が落とした物は、ハンカチだろうか?
(これはきっと、彼女が落としたこのハンカチから始まる、オレと彼女の純愛ラブコメディに違いない)
そう確信し、春樹は拾った物が本当にハンカチであるかどうかも確認せず、目の前でぽつんと立ち止まって動かないその少女に声をかける。
「あの、すいません」
すると、その少女はこちらに振り返る。
(……はて?)
振り返った少女の様子に、春樹は少し困惑してしまった。
その少女は、不自然に顔を青ざめており、何故か表情も動きもぎこちない。
見たところ、彼女も新入生だろう。制服のリボンの色から、学年は判別できる。赤のリボンは、一年生である証拠。
新たな生活の門出に緊張し、体長を崩してしまったのだろうか。であるならば、このハンカチを渡した後、念のため彼女を保健室まで運ぶ必要があるだろう。
とにかくまずは、拾ったハンカチを渡すところからだ。
そこから、春樹の求めるラブコメは始まるのだ。
「これ、落としましたよ」
そう言って、春樹は手に持つハンカチを彼女に差し出した。が、
「あ、あ……あぁ……」
「……ん?」
目の前の少女はあわあわと顔を青ざめるばかりで、全くハンカチを受け取ろうとしない。
「あの、これ、あなたのですよね……?」
「落とすの、見てたんですか?」
「え……? 見てましたけど……」
見てたからこそ、こうしてこのハンカチを拾って、あなたにそれを渡そうとしているのだが……。
「きゃあああああああああああああああああああああああ‼ この変態‼ スケベ‼ 性犯罪者‼ 死ねぇえええええええええええええええええええええええええええ‼」
「えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
その瞬間。
抵抗する間もなく、訳も分からず春樹は少女にぶたれ、その勢いのまま地面に転がった。
それから、地面に倒れ伏す春樹の元に少女が近づいてきて、まるでSMプレイのように春樹の頭を踏んづけた。
「それが何かわかってます!? いえ、絶対わかった上でわたしに声かけてきましたよね!? だってこれが何かなんて、一目見れば一瞬でわかるわけだし‼ この変態ドくず‼」
「え……それが何かって……ハンカチじゃ……」
そうして、頭を踏んづけられながらも、春樹は今一度自分が拾った物を確認する。
そして、衝撃を受ける。
――春樹がその手に持っていたのは、女性モノのパンティだった。
「は……?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
なんでこんなものを、手に持っているんだ……?
「は? じゃねえですよ‼ それはこっちのセリフだパンティ泥棒‼ よくもまあ堂々と、わたしの脱ぎたてほやほやパンティをわたしに見せつけてくれたなこの野郎‼」
少女から敬語が消えた。
頭をぐりぐりと踏んづけられながらも、春樹はこの訳の分からない状況に異議を唱える。
「待て待て待て待て‼ なんであんた、パンティなんか落としてんだよ!? オレはてっきり、これはハンカチかと思って……‼ なのに、オレが拾ったのはあんたのパンティだぁ!? 訳が分からねえよ‼」
「言い訳無用よこの変態‼ わたしが高校デビューのために気合を入れて穿いてきた紐パンがほどけ、それが地面に落ちる一部始終を全て見ていたんでしょう!? そして、見てみぬふりをして通り過ぎればいいものを、わざわざ地面に落ちた紐パンを拾い、本人に手渡すことで、わたしがどんな反応をするのかニヤニヤしながら窺っていたんでしょうこの変態‼」
ご丁寧に、状況を全部説明してくれた。
つまり、話をまとめるとこうだ。
なんだかよくわからないが、目の前の少女は高校デビューのために、入学式という今日この日の下着に紐パンを選んだらしい。
そして、紐パンを穿いてきたはいいものの、結びが甘かったのか、その紐パンの紐がほどけてしまい、地面に落としてしまった。
それを、春樹が紐パンだと気づかないまま親切心で拾い上げ、目の前の少女に渡そうとした。
少女からしてみれば、春樹があえてその紐パンを拾い、それを手渡した時の反応を窺っている変態野郎に見えた……と、現在の状況はそういうことだろう。
(いや……なんだそれ!?)
そんな状況は、春樹が思い描いていた展開とはかけ離れている。
(もっとこう……ラブコメ的な恋が始まる展開じゃなかったの、これ‼ なんか思ってたのと違うんだが‼)
そこまで考えて、春樹はふと、思い至る。
(あれ……。でも、彼女の言葉が事実だとすると、今オレを踏んづけている彼女って……!)
――ノーパン、なのでは?
その時、春樹の身体は火事場の馬鹿力的な謎の現象に襲われて、途端に強大な力が湧いてきた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」
そして、頭の上に乗った少女の足を無理やりどかし、その上を見上げた。
見上げた先には当然、その少女が立っている。
少女は突然足をどけられたことに驚き、目を剥いている。
さらに、その少女は、高校デビューの影響なのか、制服のスカートを普通より短く穿いていて――。
そんなわけだから、春樹が見上げたその先には、普通なら絶対に見ることの出来ない深淵が、広がっていた。
「見え……た……!」
瞬間、春樹の視線に気づいた少女が、顔を真っ赤にしながらスカートを手で押さえた。
「……見たの?」
反射的に、頷いていた。
「こ、この……‼」
みるみるうちに少女の顔全体が赤く染まっていき、目は涙目になっていく。
そして、大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「この、性犯罪者がぁあああああああああああ‼ とっとと死ねぇええええええ‼」
がしがし、がしがしと、春樹は少女に何度も何度も踏みつけられた。
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