第2話? 一度限りの


 初めて会うたときは――――ひとりの人間の意識を追ってきたそなたが、海中で迷っていたところにわらわが声を掛けたんじゃったか。


 あの場にとどまっておれば、そなたの精神は海に溶け込んでおったじゃろう。そして、肉体は抜け殻のまま――――。


 いや、無用に不安を煽ることもなかろう。この話題はここまでじゃ。


 心配には及ばぬ。恩を着せるつもりはない。そなたの眩い生き様をまだ見ていたいと願ったのは、わらわゆえ。


 『自分の生き様なんて、ありふれたものだよ。ただ普通になんとなく日々を過ごしてきただけで、立派な肩書きも輝かしい経歴もなければ、身体の奥から焦がれるような恋愛ひとつしてこなかったんだから』?


 これこれ。そなた、一体なにと比べておるのじゃ。……聞くまでもないかもしれぬが。

 

 気休めや説教は運命の女神わらわでなくともできるじゃろうから、ここは海の女神かつ運命の女神たるわらわにしかできぬ話をしよう。


 そなた、を思い浮かべておったな?


 一国を背負った人魚と、国の一区画を預かった人間のことじゃ。実に悲しき終幕じゃったが、あの子らは誤った選択など一度もしておらぬとわらわは思うておる。


<比較対象>

https://kakuyomu.jp/works/16817139559063166551

https://kakuyomu.jp/works/16817330648863103041


 淡い黄緑色の鱗を持ったあの子が国のために命を擲ったことも、天涯孤独のあの子が海底の王国目指して海に身を投げたことも――――。


 『結局、あのふたりは会えたの?』か。今度はとびきりそなたらしい問いかけじゃな。


 さて、どこからどう話したものか。話しながら考えてもよいか?


 ――――人間はどうも死後の世界に幻想を抱くものらしい。

 

 人魚たちがわらわに夢を抱いているのと同じように、『生前為せなかったことを死後になんらかの形で……』などといった思想が蔓延っておる。


 わらわに言わせてみれば、そんなものは『後悔のないように生き切った者のみに許されたもの』。

 

 故人が悔いの残らぬように生きたかどうかにかかわらず、遺された者たちがそれを為してはならぬじゃろうて。


 具体的には、冥婚なる風習などがそれに該当する。――――が、それもまだましなほうじゃ。


 わらわがいっとう疎ましく、そして忌まわしく思うておるのは――――。許容できぬのは、『』じゃ。

 

 『今世では結ばれなかったけど、来世では必ず……』?


 かように身勝手きわまる願いをかける者のなんと多いことか。

 

 なにを寝惚けたことを言うておるのじゃ。目を覚ませい!

 

 同じ命などありはせぬ。課題の持ち越しも、功徳の積み立ても、死と同時にリセットに決まっておろう。


 すべて、すべてが一度きりじゃ。なぜ生きておるうちに学ぶことができぬのか。

 

 人と人との縁とて同じことよ。


 第一、のなかで、自身の境界を保てるわけがなかろう!

 

 誰とも交わらぬままでおられるはずがなかろう!


 ――――ゆえにこそ、決着は生きておるうちに着けねばならぬ。命の限り、生きねばならぬ。生を受けてしまったからには。


 以前、別れ際に掛けた言葉。よもや忘れてはおるまいな?

 

 そなたを地上へ帰した理由は、そのことに他ならぬ。そなたの足でぶことを放棄するでないぞ。


 運命の女神わらわがしてやれることなぞ、そう多くはないのじゃからな。

 

 


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