断章 時忘れの海

女神からの情報提供

第1話? 再会の女神


<CAUTION!>

https://kakuyomu.jp/works/16817330648863103041/episodes/16817330651819271596(※海の女神との謁見がお済みでない方は先にご覧ください。こちらの読了を前提に話が進行いたします。)

 


 退屈じゃのぅ。退屈じゃ。誰ぞ、わらわの話を聞いてくれる者がおれば、よいものを…………。


 ――――そなた。……そう、そこのそなたじゃ。

 

 おぬし、わらわのぼやきを聞いて笑っておったじゃろう?


 よい、よい。笑われたとて、構わぬよ。

 

 反応が返ってくるということは、自分以外の他者が存在するということに他ならぬ。聞き手のない語りほど、虚しいものはないゆえな。


 もしそなたに『申し訳ない』と思う気持ちがというのなら、わらわのひとり語りに付き合うてくれるな?


 ……ん? なんじゃ。『もちろん付き合う。でも、嘲笑のつもりはなかった。気を悪くしたのならごめん』とな。


 そうじゃろうな。そなたの笑いは不快な響きではなかった。嘲笑というものは、えてして耳障りなものじゃ。


 海中では、佳き音はもちろんのこと、そうでない音も響きやすい。


 そなたらのように言語を介して意思の疎通を図る人魚も、おらぬわけではないからのぅ。


 近くにおれば、気まぐれに注意することもある。確かにあるのじゃが……。

 

 『海の女神』などど呼ばれ、愛されてはおるが、そのわりにわらわの影響力は些細なものでな……。あの子らはわらわの忠告など聞こうとはせぬ。

 

 ようやっと静かになったと思った瞬間、誰ぞ楽しそうに音を奏で始めるのじゃ。

 

 陸の上では微笑ましい光景かもしれぬし、おしゃべりや歌を深く愛しておる証拠なのじゃとも思う。

 

 何者にも堰き止められぬ衝動というものを、誰しも持っておるじゃろう。わらわとてそれを制限しとうない。


 しかし、海は危険な場所であるゆえな。物音ひとつが文字どおり命取りになりかねん。


 そなたにもわらわの加護を授けておるが、それとて万能ではない。気休め程度の効力しかなかろうよ。


 淡い黄緑色の鱗を持ったかわゆい我が子は、なんと言っておったか…………。ああ、そうじゃ! 

 

 『一度噛み付かれたら死を覚悟しなきゃいけないくらいの怖い奴ら』に見つかって、その日の馳走として食卓に上がりたくなければ、気を付けるがよいぞ?


 面白がっておるわけではない。わらわは心底、そなたを案じて忠告しておるよ。いつ何時も。


 いま一度繰り返しておくが、現在のそなたは精神のみの状態とはいえ、油断大敵じゃよ?

 

 ……むしろ、肉の器がない分、無防備かもしれぬ。


 『声帯がないのに、声が響くことなんてあるの』とな? 

 

 …………くくく。いつから気付いておったのじゃ?


 なぁに。海底ジョークじゃよ。そのほうが、ヒトであるそなたが人魚の心情に近付けるかと思うての。


 ……なんじゃ。寂しそうな顔をして。なんでも申してみよ。


 『覚えていないの忘れてしまったか』?


 愚問とまでは言わぬが、そなたらしくない問いかけじゃな。


 、教えたじゃろう。『水は記憶するもの』じゃと。わらわは、海に陸に生きた者の記憶で形作られた存在じゃ。


 自在に形を変え、決して一ヶ所にとどまることはない――――が、確かにその身体を濡らし、絶えず巡っておるじゃろう。水は。わらわの一部は、そなたの全身を。


 そういうわけじゃ。厳密には再会とは言えぬのかもしれぬ。なぜなら、常にそなたとわらわはともにあった。そういうことになろう?


 ――――とはいえ、会話もできぬ。視認もできぬ存在を身近に感じておれというのは、ちと酷じゃ。


 そなたと会うのは、二度目じゃな。覚えておるとも。忘れられるはずがなかろう。久しいな、愛し子よ。


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