第24話 誰かが尾鰭をつけたがった話<Ⅳ>


よ? だから、それまで寝てようと思って、ここにきたの!」


 海面に片肘をついた彼女は、これからの予定に胸を躍らせているようだった。


 地上で暮らす人々については詳しいほうだと自負しているが、人魚について持っている知識といえば、どこぞの飲み屋で潰れる寸前の海賊たちが話していたことくらいか。


 『おいらたちは常に役立たずへべれけだけど、幽霊船しかすれ違わないいないような場所で目を凝らすと、人魚みてえな影が見えることがあるんだ! それもおいらたちを囲むみてえに、たーくさん! な!』。


 『そんなら、おれも見たことあるぜ。だが、奴さんたち、見つかったとわかると、すーぐ隠れちまう。おれたちに意識があるかどうか見定めてんだろうな、ありゃ』。


 『なけりゃあ、海に引き摺り込む魂胆だろって? どうだかなあ。ただ人嫌いなだけかもしんねえぞ。人間にだっているだろ。徹底的に人を避けて暮らす奴は』。


 ――――確か、こんなことを言っていた。

 

 飲んだくれの証言だし、疑わしい点もあったが、曲がりなりにも各地の海を渡ってきた猛者たちだ。

 

 少なくとも、陸にこもりきりの僕が書物や友人たちから得る知識よりは信憑性が高い気がしたし、なんとなく印象に残っていた。


「睡眠や休息を取るのが目的じゃなかったのか?」


「うん。人間みんながくるまでは、それが目的。だけどね、あたし、人間のひとと話すのが好きで! きみもどっか行っちゃう気みたいだけど、大事な予定なかったら、ちょっと付き合ってよ」


「話すだけでいいのか? 高価な宝飾品を要求したりは?」


 あえて三人の海賊の言を信じるならば、人魚たちは警戒心が高いか、人間をあまりよく思っていない可能性が高い。

 

 目の前の人魚は例外か、間抜けで友好的な演技ふりをしているのか。


 しかし、その疑惑は程なくして晴れた。

 

「しないしない! 海のなかじゃ、どんな素敵な宝飾もすぐに錆び付いちゃうし。もあるみたいだけど、あたしはそういうの全然興味ないんだ。きみたちの話のほうが、ずっと価値あるものだよ」


(水に強い貴金属が発見されたのは、つい最近のことだ。……ということは、人間と交流があるというのは本当らしい) 

 

 警戒を緩め、立てていた膝を寝かせると、彼女は後ろに倒れ込んだ。


「!? おい、なにを……」


 海に吸い込まれていく様子を見て、ぎょっとしてしまったが、彼女はすぐに戻ってきた。


 海中で一回転してきたらしい。歓喜を表現しているつもりだろうか。


「びっくりさせちゃった? ごめん! 座り直したのは、話に付き合ってくれるってことでしょ。嬉しくって、いても立ってもいられなくて。ほんとにありがとね!」


 突き出してきた両手に僕の手を合わせたら、彼女はもう一度、見事な回転を披露してくれた。


 海水に濡れていても、そこには確かなぬくもりがあった。


「別に構わないが……。君は寝方から喜び方まで独特なんだな。……ああ、高価な宝飾品より僕なんかの話に価値を見出す感性もだったか」


 わかってはいたが、いちいち大袈裟だな。素直なのは、好ましいことだが。

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