放火犯を追え③

 翌日の放課後、あたしは学校から出て大通りを歩いていた。行先はハイドアウトでも、ルクレール園でもない。大通りを歩いていると背後から声をかけられた。


「おい、どこ行くんだ。帰る場所はそっちじゃないだろ」

 振り向くと、黒髪で目つきの悪いエタンダールがこちらを見ている。


「警察にね、放火犯の話に行く」

 あたしは淡々と答えた。


「余計な事はしないほうがいいと思うけどな」

「だってルクレール園が狙われたのよ。ほおっておけないじゃない」

 それだけ言ってあたしは歩を進めた。


「まぁ、探偵ごっこ頑張れよ」

 小馬鹿にしたような声が背後から投げつけられる。

「うるさいなぁ。エタンダールには関係ないでしょ。引きこもりはジャンの家に帰りなさいよ」

 あっかんべえとエタンダールに舌を出して背を向けた。


 警察署は、学校から徒歩15分ほどの所にある。コンクリートで出来た5階建ての警察署に着いたあたしは、入口で盾を持っている制服姿の警察官を横目に見ながら、建物の中に入った。


 建物を入ったところに白いカウンターがあり、受付と書かれたアクリル板の横に警察官が座っている。あたしは制服姿の警察官に声をかけた。


「あの、すみません。最近起こっている放火事件の事でお話したいことがあるのですが」

 書類に何かを書き込んでいた警察官は、手を止めて顔を上げた。声の主があたしだと気がつくと、迷惑そうな顔で溜息をついた。


「お嬢さん、放火事件の何を話したいの?」

「あの事件、犯人はフェルミューレン高校の生徒ですよ」

 あたしは、はっきりと言い切った。


「きみは?」

 警察官は怪訝な顔をする。


「あたしは被害に遭ったルクレール園のウィルマ=ルクレールです。早く犯人を捕まえてださい。証拠だってあります。校章が落ちていたんです。フェルミューレン高校の」

 あたしの話を聞いていた警察官は、背後にある書棚から一冊のファイルを取り出して、パラパラと捲った。どうやら放火事件に関する資料が綴られているようだ。

「ええと、ああ。ウィルマ=ルクレールね。あの施設に住む孤児か。放火があった時間は、施設にいなかったようだけど、どこにいたんだ?」 

「ええと、それは知り合いの所に」

「孤児に知り合いがいるのか? それじゃあ、会っていた人の住所と名前を教えてもらおうかな」

 警察官はあたしをじろじろと見た。ジャン達は今、世間を賑わしている天誅の徒だ。一緒にいたなんて言わないほうがいい。

「名前は言えませんが……。そんなことより犯人を捕まえてください。あの高校にいるはずです」

「あのね、憶測で喋っちゃだめだよ。それよりも、本当は何のためにここに来たのか説明してもらおうか。もしかして捜査を攪乱しようとしているのではないだろうね。放火があったとされた時間、どこで何をしていたのかもきちんと説明してもらおう」

「もしかして、あたしを疑っているんですか? 家のないあたしがルクレール園を燃やして何の得になるんですか!」

 声をあげて抗議するが、警察官は冷静な口調で答えた。

「園で叱られてその腹いせに火をつけることだってあるだろう。フェルミューレン高校の生徒が犯人だというけれど、校章は持っているのかい?」


「いえ……。あたしは持っていませんが、持っている人を知っています。ここに持って来ましょうか? そうしたらちゃんと調べてくれますか?」

「少し待っていなさい」


 受付にいた警察官は立ち上がり、フロアの奥に歩いて行った。フロアの奥には大きな机が見えて、それぞれの机で人が何か仕事をしている。受付の警察官は、奥にいる人達に何やら話をしていた。制服、私服姿の男達がこちらを見ながら何か話し合っている。暫くすると、先ほど受付にいた警察官が戻ってきた。


「ちょっと別の部屋で話を聞かせてもらおうか。事件があった時間、どこで何をしていたのかも」

「あ、あの、あたし」

 どうやら立ち去った方が良さそうだと思っていると、突然、背後から声をかけられた。


「ああ、ここにいたのか。すみません」

 振り向くと、さっき別れたはずのエタンダールがあたしの腕を引っ張っている。

「こいつ、ちょっと頭がおかしいんです。園が放火されて興奮状態で、ずっと訳の分からない事ばかり言って……。俺は園の仲間です。責任を持って連れて帰ります。すみません」

「ちょっと、何するのよ。あたし、まともだし」

「ほら、帰るぞ。園のみんなもお前がいなくなって、心配している。まだ後片付けも残っているんだ」


 エタンダールは「どうもすみません」と警察官に頭を下げて、あたしを署の外へと引きずり出した。


「ちょ、ちょっと痛いでしょ。何するのよ。離してよ! だいたい、あんた園の人じゃないでしょ!」

 エタンダールの手を振りほどいて声をあげる。エタンダールはあたしに冷ややかな視線を向けた。

「あのなぁ、あのまま取調室にでも連れて行かれたらどうするんだ。ジャン達の事をべらべら喋るのか。俺が拾った校章だって、警察がちゃんと調べるかどうかわかんないだろ」

「それは……」

「とりあえずハイドアウトに行くぞ。みんな揃っている」

 あたしは項垂れて、エタンダールと共にハイドアウトに向かった。


「あら、珍しい組み合わせね」

 ハイドアウトに戻ると、ミュロがあたしとエタンダールを交互に見比べた。

「警察に話したけど相手にされなかった」

 あたしは項垂れたまま、さっきまでの話をした。

「大変だったね。でもね、明らかにRAGの身内が関わっているんだ。残念だけど、相手にされないよ」

 グロスターが労いの言葉をかけてくれる。

「私達も、今まで何かが起こるたびに、警察や役所、あらゆる機関に相談へ行ったわ。何度もね。でも警察や役所の上に立つ人はみんなRAGだから、取り合ってもらえないのよ。中には親身になって、何とかしてくれる警察官もいたわよ。でも、そんな人は『余計な事をした』って左遷されたり、クビになったり」

 グレースがしみじみと言う。

「でも、どうするの? また被害が増えるだけだよ」

「これ以上被害が増えないように手は打ってある」


 あたしの問いにジャンが答える。手を打ってあるって、犯人が誰かも分からないのに、どうするんだろう。あたしはもやもやした気持ちを抱えたままジャンを見た。


「それよりも、ビーハンのタスクまで日がないんだ。余計な仕事を増やすな。あと、お前にまだ話してなかったことがある」

「え?」

「いや、聞きたいことと言った方がいいか。お前は何ができるんだ?」

「何って、就職のあっせんでもしてくれるの? 小さい子の世話と掃除や洗濯はできるよ。勉強はあまり得意じゃないけど……」

「いや、そんなことは聞いていない。お前にもすごい能力があるんだろう?」

「能力?」

 あたしは首を傾げた。


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flowing blood~流れる血は生命であり、感情であり、刻み込まれた記憶であり、抗えない血縁である。 月夢創雫 @siva-lime

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