今日から仲間

 翌日、学校が終わるとロニーと約束した公園へと向かった。暫く待っているとロニーが走ってやって来た。


「ごめん、待たせちゃって。仕事が思ったより長引いちゃって」

「ううん。あたしも今、来たところだよ。園長にも遅くなるって言ったから大丈夫」


 あたしたちは歩いてハイドアウトと呼ばれる家に向かった。


「あ、そうだ。ロニーは今、何の仕事をしているの?」

「ええと、音楽関係って言えばいいのかな。楽器の修理から簡単な作曲・アレンジ・人手が足りない時は演奏とかも、養子に行った家の親戚の会社を手伝っているんだ」

「ロニーって昔から音楽が得意だったよね。小さい頃、良く歌ってくれたし、歌もすごく上手だった」


 ルクレール園では半年に一度、役所の人や寄付をしてくれる人を招く『集いの日』があった。その日は園の子供達が招待客の前で合唱を披露して、終わると美味しいものを食べられた。

 あたしは人前で歌うのがあまり好きではなかったが、ロニーは歌がとても上手かった。確かロニーは、集いの日に来客として招待されていた人の所へ養子に行ったと、園長から聞いていた。


「まぁね、そうだったかな」

 褒めたのに何故か微妙な表情でロニーは答えた。

「じゃあ、今は養子先の人と住んでいるの?」

「え、いや。今は一人暮らしだよ。勤務先の寮みたいな所さ。さぁ着いたよ」


 話をしていたら、あっという間にハイドアウトの前に着いた。目の前には三階建てのアパートがある。


「あれ、この建物ってこんな色をしていたんだ」


 昨日の帰りは気がつかなかった。来るときは目隠しだったのでわかるはずもない。

 建物全体は赤色の煉瓦で出来ていて白い木枠の窓が並んでいる。少しくすんだ赤い煉瓦と白い窓枠がとても合っていてお洒落だ。建物の一階、入り口であろう玄関に表札は見当たらない。白く塗られたシンプルなドアがあるだけ。新聞受けも郵便ポストもなかった。

 建物には外階段があり上の階へ行くにはこの階段を使うのだろう。二、三階部分は普通のアパートのような作りになっている。通路に面したところにドアがあり、それぞれ表札や郵便受けが備え付けられていた。どうやら彼らが住んでいるのは一階フロア全部らしい。


「ここはグロスターの持ち物なんだ」

 ロニーは、興味深そうに建物を見ているあたしに微笑んだ。


「グロスターって……ああ、あのぽっちゃりした人? こんなに立派な建物を持っているのに、園にいたんだ」

 アパートを所有するほどのお金持ちの子供と、ルクレール園って何だか接点がない。


「グロスターは元々裕福な家庭で育ったんだ。でも彼が7歳の時、家族で海外旅行に行った先で飛行機が墜落してね。彼の両親は亡くなって、グロスターだけが奇跡的に助かったんだよ。それからグロスターは親戚に預けられたんだけど、その親戚が彼を引き取った早々園に預けて、両親が遺した財産をほとんど使ったらしい」

「ふぅん、なんか気の毒だね。でもあの大きな身体と、優しそうな雰囲気は、彼がもともとお坊ちゃんって理解出来るかも」


 自分を『僕』と言うグロスターの外見を思い出した。彼はほのぼのとして、育ちの良いお坊ちゃんという感じがする。

「彼の持ち物だから、一フロア全部をこんな風に改装して使えるんだよ」

「みんな、ここで共同生活しているの?」

「いや、みんなそれぞれに家はある。しょっちゅうここに集まってはいるけどね」

「グロスターは持ち主なのに住んでいないんだ」

「彼は10歳の時にマーティンさんの所に養子に行ったからね。マーティンさんって、この辺りじゃ有名なレストラン『デリシャス・ケルン』の店主さ。マーティンさんは、元々グロスターの両親とも知り合いだったらしくて、跡継ぎもいないから是非養子にと言われたんだ」

「へぇ、グロスターは養子先のレストランで働いているの?」

「ああ。彼の仕事はコックだよ」


 きっと昨日会った人たちも、いろんな事情があるんだろうな。

「この建物の2・3階とは出入り口も違うし、他の住民に会うことはないから。ウィルマも安心して来ると良いよ」

「どう考えても一番怪しいのは、一階に出入りする天誅の徒のみんなだけどね」

「え、何か言ったかい?」


 あたしの呟きに『よく聞こえなかったんだけど』と言いながら、ロニーは真鍮でできたドアのノブを回した。

「ううん、何でもない」


 玄関を入ると長い廊下があり、左右にいくつもの部屋があった。ロニーは廊下の突き当たりの部屋の前に来てドアを開けた。あたしはロニーの後に続いた。


「この部屋は昨日みんながいた部屋。かなり広いし、だいたいはここに集まるんだ」

 ここが昨日、監禁されていた部屋か。ぐるっと部屋の中を見回した。確かにこの部屋はかなり広い。みんなで食事が出来るくらいの大きなテーブルや、それとは別に大きなソファもある。テーブルの所にはジャンとミュロがいた。気後れして部屋に入っているのをためらっていると、二人が中に入るよう声を掛けた。


「おっ、来たな。まぁ入れ」

「ウィルマはここに座って」

「こ、こんにちは」


「グロスターとグレースは仕事で夜にならないと来られないってさ」

 ジャンが書類を片手に手招きする。グロスターがさっき話したこの建物の持ち主で、グレースがショートカットの優しそうな人だよねと、昨日会った二人の顔を思い浮かべた。


 確かに表向きはみんな働いていると言っていた。でも天誅の徒と両立させるなんて、仕事のほうは大丈夫なのだろうか。だいたいどう見ても普通の人たちが、どうやってRAGから逃げられるんだろう。聞きたいことは山ほどあった。本当に人殺しはしていないのかとか、昨日はあたしを殺すつもりだったのか、とか。


 ロニーにも促されてあたしはテーブルに着いた。

「さてと。ウィルマもいることだ。次のタスクの話としよう」


 ジャンは数枚の紙をテーブルの上に広げた。そこには何軒かの住所・氏名・職業・家族構成などが書かれている。


「これは今後、俺たちが狙う家の概要だ。とは言っても、ほとんど調査中だ」

 身を乗り出してそのリストを見ていたあたしは、その一つを指さした。

「あたし、この家なら知っています」



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