終わりの始まり⑥

 あたしは気になることを軽いノリのリーダー、ジャンに尋ねる。


「あの、予告状とか出すんですか。『お宝を戴きに参上いたします』みたいな」

 先日、図書館で借りた本を思い出した。怪盗が予告状を出して、厳重な警備の中お宝を盗むストーリーだった。予告状、投げてみたい。いや、地味にポストへ投函するのかな。

 目を輝かせるあたしに、ジャンは呆れた顔をした。


「あのなぁ。そんなものない。だいたい予告状なんか出して、警察やら野次馬やらが沢山集まってみろ。どうやって逃げるんだ。まったく何を言い出すかと思えば」


 確かにどう見てもこの人達が、ビルの屋上から呪文を唱えて飛び降りたり、超人的な力を使えるわけないか。


「そうか。そうですよね」

 あたしは肩を落とした。


「でもお金を盗んだ時は金庫にカードを入れるよ。『我ら天誅の徒、ここにあり』ってね」

 ぽっちゃり体型のグロスターが教えてくれる。


『自分たちがやりました』っていうのは残すんだ。あたしは苦笑した。


「あら、もうこんな時間よ。この子、園に帰さなきゃ」

 ショートカットのお姉さん、グレースが時計を指さして声をあげる。


「俺、ウィルマを園まで送るよ。ルクレールさんにもしばらく会っていないし」

「ああそうだな、頼んだぞロニー。ところでウィルマ、明日もここに来られるか」

「ええと、園の仕事があるから……」

「俺から園長に言ってみるよ。ウィルマにも息抜きは必要だって」

 あたしがすべてを言い終わらないうちにロニーが口を挟んだ。


 疑っていても仕方がない。この人達がどんな人なのか、あたしは自分の目で確かめることにした。


 みんなと別れ、ロニーと二人でルクレール園へ帰った。外はすっかり日が暮れて、街灯と通り過ぎる車のヘッドライトが二人を照らしている。


 6年前、ロニーが園を出るまでは、いつも二人は一緒だった。正確にはあたしがロニーを兄のように慕って、いつも後を着いて回っていたのだが。


「今日は壮絶な一日だったよ。そうだ、ロニーは園を出てどうしていたの?」

 気になって尋ねてみる。


「ああ、しばらくAMエリアに住んでいたんだ」

 ロニーは淡々と答えた。あたしの住む地区は、通称Cエリアと呼ばれている。正式にはセンターエリアという名で、政治・経済の中心地だ。この国は大まかに3つの地区に分かれており、それぞれの地区には20前後の町があった。


 ロニーが住んでいたと話したAMエリアは、あたしが住んでいるCエリアよりずっと南にある。AMエリアは通称で、アートミュージックエリアが正式名称だ。名前の通り、芸術や音楽が盛んな場所だった。


「手紙も書かなくてごめん。あまりにも自分の周りの環境が大きく変わって、余裕がなかったんだ」

 ロニーは寂しそうな遠い目をしていた。きっと園を出た後、何かあったんだろう。寂しそうなロニーの横顔を見つめていると、彼は何かを思いだしたようにあたしの方を向いた。

「あ、そうだ。園長の許しが出たら、明日は学校の近くまで迎えに行くよ。ハイドアウトの場所が分からないだろう」

「そうね。何ってたって行きは目隠しされて無理矢理連れて来られたんだし。帰りはこう暗くっちゃ分からないね。でも、かなり車で走った気がしたのになぁ」

「ああ、あれは追っ手をまくためにいろんな道を通ってかなり遠回りしたからさ。園や学校から歩いてもそれほどない距離だよ」

 とりとめのない話をしていると園の前まで着いた。あたし達は門を開けて中に入った。


「ただいま」

 玄関を開けると奥から女性が小走りでやって来た。

 彼女がルクレール園長。名前をケイト=ルクレール。50歳はもうすぎているだろうか。小柄で丸い眼鏡をかけている。白髪が増えてしまった髪をいつも頭の上で一つにまとめている。


「ウィルマ。遅かったわね。心配したのよ」

 園長はいつも穏やかだ。子供達にも優しい。けれど、理不尽に人を傷つけたりすると、ものすごく怒る。そして、怒ると、ものすごく怖い。


「あら、お客さん?」

 園長はあたしの隣にいるロニーを見つめた。

「あら、あなたは……ロニー?」

「ええ、お久しぶりです。ルクレール園長」

「まぁ。あのロニーなの? 立派になって」

「そうですか。大きくなっただけですよ。ご無沙汰しています」

「今日ね、町で偶然ロニーに会ったの。それでいろいろ話していたら遅くなっちゃって。早く帰って手伝いするつもりだったのに、ごめんなさい」

 園長に頭を下げて謝った。


「まぁとにかく上がって。話はそれからよ」

 園長は笑顔でロニーを招き入れた。


「あまり変わっていないんですね。俺がいた頃と」

 ロニーは廊下を歩きながら、複雑な表情を浮かべて周囲を見回している。廊下は歩くたびミシミシと音がする。壁も少しはがれ落ち、子供達の落書きだらけだ。


「そうね、改修するお金もないし。懐かしいでしょうロニー」

 園長はロニーとあたしを応接室に通した。応接室の古いソファに座ると、ロニーが申し訳なさそうな顔をした。

「すみません。ウィルマをこんな遅くまで連れ出して」


「いいのよ。あなたは昔からウィルマを妹のように面倒見てきたものね。あなたと一緒だったら安心だわ。久しぶりに話も沢山あったのでしょう。ウィルマにも息抜きは必要よ。時々は話し相手になってちょうだい」

「ええ、俺でよければ」


 それからしばらく3人で昔の話や世間話をした。30分ほど経った頃、時計を見てじゃあこれで……と立ち上がったロニーをあたしと園長は玄関まで見送った。


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