終わりの始まり⑤
数日前、園長が分厚い茶封筒を持って溜息をついていたのだ。聞けば、ここ最近、匿名の寄付が送られて来るらしい。あれはこの人達の仕業だったのか。かなりの金額が入っているらしく、お礼くらいは言いたいのと園長は困惑た顔で言っていたのだ。
「あのさ、ロニー。どんな理由でも人のお金を取るなんて、ダメだよ。そんなお金をもらっても園長は喜ばないと思う」
あたしはみんなの顔を見回して続けた。
「やっぱり間違っていますよ、みなさんは正義のヒーローにでもなったつもりですか?」
良いか悪いかって言ったら盗みなんて悪いに決まっている。以前、クラスメイトの財布がなくなった時、真っ先にあたしが疑われた。理由は分かっている。孤児だから。あたしは絶対に人の物は盗まないと心に決めていたし、ルクレール園の子供達にも盗みは絶対ダメだと言い聞かせている。
クラスメイトの財布も結局は勘違いだったが、クラスの誰もあたしに謝らなかった。あの時は本当に悔しくて腹が立った。
「正義のヒーローねぇ。じゃあ聞くが、RAGに虐げられている者は一生このままか? 今の世の中じゃ、一生ここから抜け出せないんだぞ。中学生ならその位、分かるだろ。もしかして世間知らずか? お嬢ちゃん」
ジャンが小馬鹿にしたようにせせら笑った。あたしはその態度にムッとする。
この国のトップに立つ人間、政治家、大会社の社長など、ほんの一部の人達を総称して『Rich-Authority-Group』と呼んでいた。あたし達は『RAG』と呼んでいるが、当事者たちはRAG=ぼろきれのイメージがあるらしく、新聞などでは『Rich-Authority-Group』といちいち書かれていた。
それでも、この人達の片棒を担ぐなんて嫌、仲間になるなんてお断りだ。
考え込んでいるあたしの額を、突然ジャンがピシッと弾いた。
「痛っ! 何するんですか!」
額を押えると、ジャンは急に真面目な顔つきになった。
「あのな。確かに盗みは悪いことだ。でもな、悪いって何だ? 法律で決められていることを破るから悪いのか。盗みは罪だからな。でも本当に正しいかどうかって、誰が分かるんだ。だいたい正しいってなんだよ、誰かにとっては正義しくても、別の誰かにとってはそうじゃないってよくあるだろ。それに俺たちは金を盗むだけじゃない。表に出ていないだけで、色々とやっているんだよ」
「はぁ」
色々ってなんだろう。盗みはおまけなの? なんだか口の上手い詐欺師に丸め込まれている気がする。ポカンとしているあたしをよそにジャンは話を続けた。
「さてと、タスクから帰ってきて早々だが……」
「タスク?」
「ああ、裏の仕事をそう呼んでいる。こう見えても俺達はそれぞれ仕事もしている。だから本業は『仕事』裏の仕事は『タスク』って言っている。分かったかな?」
相変わらず先生の様な口振りだ。
「あ、あのっ、あたし、まだ入るって言っていません」
盗みには反対だ。しかし、リーダーのジャンの言い分も理解はできる。
この国では、普通の人がどれだけ頑張ったとしても、RAGと呼ばれる人たち以外が裕福になることは出来なかった。
『RAG』と『それ以外』の間には、大きな壁が立ちふさがっていた。多少の犯罪を犯してもRAGは許されて、一般人は許されないことが沢山あった。
国のトップの人間や政治家になれるのはみんなRAGに限られた。彼らも彼らの親もまたその親もRAGで何不自由のない生活をしていた。そして彼らの子供達もRAGとして育てられていく。家柄と金で成り上がった一部のRAGは民意とかけ離れた感覚の持ち主だった。もちろんそうじゃないRAGの人たちも大勢いる。みんなが幸せになるようにと一生懸命になっているRAGの人もいるのも事実だ。
それでも多くの特権を持ったRAGに対して、人々は思うところがあるようだった。
あたしは園と学校を往復するだけの毎日を思いだした。この人達といると、何か一歩踏み出せそうな気がした。
「断られてもなぁ。俺達、顔を見られているしなぁ」
ニヤニヤと笑いながらジャンが詰め寄る。この人は、あたしの頑なな態度を面白がっているようだ。
もしメンバーに加入して間違っていると思ったら、この人達を説得すればいい。その時はきっぱりと盗みをやめてもらおう。この人達のしていることが本当に良いことなのかどうか、自分の目で確かめたい気もする。
「分かりました。これから宜しくお願いします」
「よし、決定だな」
「でもさ、あの引きこもりも加入させるつもりなんだろ。ジャンは学芸会でも始めるつもりかい?」
ぽっちゃりした男、グロスターが聞いた。
「あの引きこもりって誰ですか」
あたしは隣にいたショートカットの美人、グレースに尋ねる。
「ウィルマ位の男の子がね、もう一人いるのよ。訳があってずっとジャンの家にいるんだけど」
「その男の子もルクレール園にいたんですか」
「あの子、両親はいないけれど園の出身者じゃないわよ。愛想はないけれど、顔は悪くないから。いずれウィルマにも紹介してあげる。楽しみにしてなさい」
背後から声がして振り向くと、派手なお姉さん、ミュロが部屋に戻って来ていた。
「楽しみにって……」
あたしが戸惑っているとジャンが口を挟んだ。
「ああ、あいつもメンバーに加える。新メンバー加入の裏には重大な理由があるんだ。実は……」
真剣な表情でジャンはコホンと咳払いをした。
『えっ?』
みんなも固唾を飲んでジャンを見つめている。
「平均年齢を下げようと思って」
『ゴンッ』
「上げているのはあんたでしょうが」
再びミュロの拳がジャンの頭にヒットした。
この人達が本当に天誅の徒なのだろうか。だいたい、このジャンと言うブロンドのリーダーからして軽すぎる。お兄さんとお姉さん達が、ただ暇つぶしに集まっているようだ。
無口で大柄、サングラスをかけた人相の悪いボスに、細身で目つきの悪い手下たち。地下にある薄暗いアジト。天誅の徒は物語によくある悪の組織だろうと想像していたので、目の前で繰り広げられる和やかな光景に少し眩暈を覚えていた。
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