こんなはずじゃなかった

佐々井 サイジ

こんなはずじゃなかった

 個別指導塾を運営する会社での内定者研修がおもしろくない。バイトで塾講師をしていたところだ。


 公募で大学に合格したときからずっと塾講師を続けてきた。授業は他の同期より知り尽くしている自負がある。出世はあまり興味ないけど、スタートは他の同期よりかなり前の位置にあるに違いない。


 同じ大学の講師は何人かいたが、大学で遭遇したときはなぜか目を合わす程度で終わった。まあ向こうは俺の知らない人と一緒にいたから仕方ないか。


 同期が三十人いて、ほとんどが塾講師の経験者らしい。でもこの塾で働いていたのは俺とあと二人くらい。同じ長机に座る二人も塾講師をしていて、同志社と関大だって。まあ学歴は向こうが上だけどこの塾で働いてた年数は俺の方が多いから教えることになりそうだな。


 しかし、研修内容は知らないことばかり。教室長業務はやったことが無いので当たり前だけど。時間割作成の手順が多くてついていけない。勉強を教えることを仕事にする会社なんだからもっとわかりやすく説明してほしい。


「え、武村君、これやったことないの?」


 課長が口の端を歪ませながら言った。


 いや、塾講師のバイトって授業するだけでしょ。やったことなくて当然だろ。だから研修を受けてるのに。でも横を見ると同期の二人はサクサクこなしている。他の塾でバイトしてたんだよな。


「似たようなこと、バイトのときにやったことあるから」

「俺も」


 教室長の人にいろいろ事務を任されていたらしい。俺は教室長の福田さんからバイトを始めて半年たったときに事務を任されて以来、一度も頼まれていない。そういえばよくパソコンで事務をしている講師がいたな。授業能力が低くて事務に回されていると思っていたけど、違ったのか。


 同じカレッジの塾講師上がりの同期にも確認した。


「え、普通にやってたよ」


「武村君、家で復習しておいて」課長は俺を見下ろしながら言った。

 

仕事とプライベートは分けるのが俺のポリシーなんだ。ワークライフバランスの時代なんだよ。プライベートが充実してこそ仕事が捗るんだよ。


 配属先は滋賀だった。実家から通えるので家賃が浮く。あの同期二人も同じ滋賀だった。


「三人ともこの資料に滋賀県の受験知識をまとめているから覚えておいて。来週テストするよ」


 ブロック長から課題を出された。


 だから家では仕事をしない。研修の休憩中に覚えたが俺だけ不合格。二人は家で覚えたらしい。会社に人生捧げる勢いで頑張っていて心配だ。会社と結婚してはいけないと誰かが言っていたのに。


 上司の矢内は、厳しく指導するばかりでやる気をなくす。Z世代には褒める指導が適切なんだよ。きっと後輩を持ったことが無いんだな。


 矢内がトイレに行った隙に開きっぱなしのパソコンを覗いた。ブロック長宛てのメールで俺の指導進捗報告が記載されている。


『福田エリア長からの共有通り、事務能力は皆無(ミスだらけでスピードも遅い)です。授業は生徒からわかりにくいと不評です。保護者から一件クレームありです。距離が近くて気持ち悪いと子どもが文句を言って帰ってきたとのこと』


 事務は遅い、同期や先輩・上司から不評、唯一の頼りだった授業も生徒から不評。しかも気持ち悪がられている。


 そういえば社員になるにあたってずっと働いていた南教室を離れるとき、生徒や後輩講師から色紙や感謝のメッセージみたいなものをもらっていない。先輩の講師は皆もらってたのに。俺、嫌われてたんだ。だから福田は俺に最低限の授業しか任せなかったのか。


 同期は事務の飲み込みが早く、赴任した教室で生徒の振替対応を任せてもらっている。電話対応の研修まで進んでいる。俺は、講師が足りない穴に入るだけでバイト時代と変わらない。


 あの二人が授業してからは「〇〇先生が良い」と希望する生徒が出てきていると言っていた。俺はまだ赴任した大津駅前教室で名前すら覚えてもらえない。矢内からはあと一週間で生徒の顔と名前を97人分一致させるよう指示された。無理に決まってるだろ。同期の二人はもう覚えてるとか言われたけど、人と比較して指導することの悪をわかってないんだな。

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こんなはずじゃなかった 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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