第13話:占い事
その後、ミルンカは招待の理由を話す。
ほかの継承候補者達は暇なのか知らないが、お前のことを見張ってばかりいる。お前がこの継承騒動に身を投じるほどの根拠を持つのかと不安なのだ。これでも私は複数の前線の掛け持ちで忙しい身でね。まあ正味の話、短気で待つのが苦手なんだ。だから直接聞くことにした。
何でもお聞き頂いて結構ですよ。答えられるものなら、お答えしましょう。
では聞くが、私が今この場でお前を殺すべきでない理由はあるのかね?
それにお答えして、私にどんな得があるんです?
生きて帰れるだけでは不満かね?
そんなのは益ではありません。
なら私との継承問題における協定というのはどうだ?
なんですかそれは?
私とお前が最後の継承候補となるまでは協力関係を結ぶという事だ。
私にどんな利があるんです?
まあ、他の候補者達はお前への干渉を控えるだろう。それは私への干渉と同義だからな。それにしばらくは私と争う事もない。
それに義務はないんですか?
そんなものはないさ。お互いにな。私の問題にお前が負うものはないし、お前に何があったとしても私がせねばならないこともない。だが周囲はそう思わないだろう。
それは確かに面倒がなくていいですね。
では答えを聞かせてくれるかね?
まあ、無いでしょうね。
そうか。
といっても、殺す理由も無さそうですけれど。
そんな事はないさ、いかに弱くともお前は立派な継承候補だ。
私が言いたいのは、そもそも私達は競争相手でもなければ、同じ物を求めているわけでもないという事です。
どういう意味かね?
あなたの目的はこの国の王位でしょう?私はそんなものに興味ありません。私が欲しいのはこの世界、いえこの宇宙の全て。その理を知る事です。
命乞いには本性がでるものだが、お前はなかなか愉快な性格をしているな。殺さねばならないのが少し惜しいくらいだ。
エリーゼ。
はい。どうぞお納め下さい。エリーゼが持参した羊皮紙を渡す。
何かね?
ご招待のお礼です。
広げると、そこにはテレザが名取式で見た神の詩の対訳が書かれている。
原文の持ち出しじゃないので誓約には触れないはずです。
神の詩、第一編第一歌。あなたもご自分の式の時ご覧になったでしょう?
この訳は?
私がやりました。間違いはないはずです。言語体系全て確定しましたから。二枚目を。
対訳をめくるとそこには一つの式が書いてある。
これは?
その式化です。一編一歌は導きと予兆の詩。争い事に直接役立つような術式ではありません。
ですが、神の詩に秘められた構造と恩寵が重大な選択の際には力となるはずです。言っておきますが、これは根拠の無い盲目的な占術とは違います。それは人智では扱う事も出来ない程に仔細かつ膨大な規模の魔力の流れと相互作用から導かれる意味と価値を示すでしょう。ですから、夕飯をなにしようというような瑣末なことには役には立ちません。多くの人々の命運と魔力が関わる重大な選択ほどこの式は力を発揮する。
お前は詩碑の写しをどうやって持ち出したのだ?
覚えました。
意味も分からぬ言葉の詩を一編丸ごと覚えたと?
ええ、形を。目と指で。
で、この訳と式化もお前が一人でやったと?
ええ。式から戻って夕飯までに。
テレザ様、私が出向いた時には寝ていらしたんですからそんなにかかってはいないでしょう。
あ、確かにそうね。じゃあ二時間かからなかったくらいかしら。でもそれは家に類系言語の詩集があったので運よく時間が削れたんです。あれがなければ言語構造からですから、半日はかかっていたかも知れません。
私が求めるのは、神の詩の全編全歌ととその式化です。そしてそこに書かれているだろう世界の理を知る事。
あなたの求めるものとは、規模も種類も違うものです。だからあなたには私を殺す理由も、殺さぬ理由もないのです。
この訳と式が本物だとしてだが。お前は神の詩の式化で何がしたいのだね?
申しました。知りたいだけだと。これはただの好奇心です。この世界は不可解なことばかりですが、学び、調べ、そして考えてなおわからないほどではない。その仕組みを一つ知る度に、私は驚き、そしてそれを理解した後はたしかにそうあらねばならないと納得するのです。天地創造さえ成すという神の詩には必ず世界の仕組みの全てが書いてあるはずです。その最後の章、最後の頁、最後の行に何が書いてあるか。私は知りたい。そして驚き、それから確かにそれ以外にはありえないと納得したい。それだけです。
ミルンカがテレザの訳と式を注意深く読む。
私も独自にこの訳を進めさせていたが完成には程遠い状況だ。しかしこの訳がでたらめではないことくらいはわかる。
しかし術式は高度な算術が組み合わせられて、式を見ただけでは判断がつかない。
面白い。ではお前の命運をこの式に伺うとしよう。
魔力結界の中なら問題ないだろう?
ええ。
ミルンカが広間に術具で魔力結界を作る。
テレザが結界に入る。
ミルンカがそれまで抑えていた魔力を僅かに解放する。
エリーゼが青ざめる。
ミルンカがテレザが渡した式を展開する。
系統の近い他の予言系術式より圧倒的に魔力消費が多い。そしてミルンカはその手ごたえでその式が本物であることを悟る。
ミルンカはかつて一度だけ、式化された神の歌の一編を展開したことがあった。その時の重く深い感覚とそれは同じだった。
私がこの国の王位を継承する為に、今テレザを殺すべきだろうか?
答えは質問者にのみ示される。
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