第12話:ミルンカ


エリーゼがテレザの協力者となった一週間後。


遠方の戦地で指揮を取っていたためテレザの式に参列しなかった、継承名シャミーラムを拝するミルンカという名の王族からテレザに食事の招待が届く。そこにはテレザの体質を知っているから安心してお越しくださいと書かれていた。


テレザはローズ達が捕まったのかと危惧しエリーゼが調べるがそうではなかった。理由はわからないが秘密を知られている以上、しかたなくとテレザは招待を受けることにする。そのミルンカは継承候補の筆頭の一人に挙げられるほどの魔力を持つ女性だった。


ミルンカの領地に向かう馬車の中。エリーゼが御者席に座り、テレザは馬車の中。

小窓を開けてテレザが尋ねる。


ちなみにだけど、もしあなたがこの人と戦ったら勝てる?


まあ無理ですね。あなたを守りながらなんてのは。当然こちらは魔力も使えませんし、向こうはあまりにも容易にあなたを殺せる。せいぜい逃げ回るしかできないでしょう。でもそれだってこうして向こうが情報を示したからです。これが奇襲ならなす術もないですよ。


それはそうね。じゃあもし私のことは関係なかったら?あなたとこの人だけだったら。


ん〜そうですね。魔力量の概算と戦地で使う式の系統くらいは知っていますが、まあそれが全てのはずがありません。候補者というのは皆誰にも見せない切り札を持ってますからね。まあ、確かなことは言えません。全く歯が立たないということもないでしょうけど。


ふ〜ん。


...


屋敷に着くとその本人が直々に迎える。テレザに影響を与えないで済む者は料理番やメイドも含めてその屋敷には誰もいないのでその日は全員に休みを取らせたという。

食事はミルンカの手製だった。

ミルンカ、テレザ、エリーゼの三人で食卓につく。


まずミルンカは大事な式に出席できず失礼したと謝る。それから我々は候補者として対等なのだから敬語はいらないと言う。


毒など入ってないから心配しないで食べてくれ、あなた達を片付けるのにそんな手間はかけない。と言ってミルンカは食事を勧めた。


テレザがなぜ私のことを知っているのか尋ねると、ミルンカは笑って別に確証があったわけではないと答えた。

だが自分にはそう推測する十分な理由があると言う。

お前の母もそうだった。そう言ってミルンカはテレザの母の話をした。

祖国と血のために、命を失う事を承知でこの国に嫁ぎ、出産まで生きながらえ、そして死んだ。私がお前の母をこの国まで連れて来たのだとミルンカは言った。


...


 戦争に敗れ属領となった国がその血と自治を守るために王族を宗主国に嫁がせるのは良くある話しだが、その国にはお前の母となる娘しか条件に会う者はいなかった。最初にその条件を提示したのは父王だが、その娘の体質を知り父王は別の条件を提示した。だがお前の母はそれを拒んだ。子を産み、宗主国のなかで彼らが力を持つことが祖国を守る事だとわかっていたからだ。

 

 お前の母はお前を妊娠した後、重度の魔力灼けに苦しむ中、出産までその体力を保つ為に自らの意思で四肢を落とした。当然術式麻酔は使えなかったが、薬剤による麻酔も子に影響があるかもしれないと言って拒んだ。医者は痛みに耐えられず死ぬかもしれないと説得したが、お前の母は痛みの扱いなら慣れていると答えたそうだ。


・・・。テレザは顔色ひとつ変えず、食事の手も緩めず聞いている。


傷の回復を待つ為それから一月に一肢、四か月かけて手術は行われた。お前の母は歯を守るための布を噛んだだけで、一度も気絶することなくそれをやりきった。

 だがそれでも体力は失われていった。そして出産までを生き延びる為、必要の無い感覚器官を一つ一つ捨てて行った。臨月までに残されていたのは、出産に必要な痛覚と筋力、右耳の聴覚と右目の視覚、そして飲食の為の口だけだったそうだ。お前を産んだ時にはそれらもほぼ失われていたというから、お前の母はお前が生まれた事さえ知らなかっただろう。


あれほどの決意と狂気じみた、いや狂気というのは無礼だな、訂正しよう。何にも解けぬ氷のようなとでも言うべきか、あんな覚悟をもつものはそうはいない。


テレザは名取の儀の際に父王から言われたことをふと思い返す。


『お前の母は、美しい人だった。

私は過ぎたことに興味ありません。

そうか。では一つだけ言っておこう。これは約束でな。

何でしょうか?

お前の母親はこの国に来る時に国と宗教とその名を捨てた。今王家の墓碑に記されているのはこの国で得た名だ。

お前の名は母親の旧名だ。

・・・それだけですか?』


しばらくの沈黙の後、テレザが何の動揺も見せずただの世間話かのように尋ねる。


その人、私に似てました?


残念だが私はその質問の答えを持たない。この国まで連れてきたと言ったが、お前の母は魔力避けの分厚い服に身を包んでいた上、道中一度も馬車を降りず飲み食いもしなかった。正確に言えば一度だけその顔を見たことはある。だがそれはその死後のことだ。包帯を解かれたその姿は無慈悲なものだった。あのような状態は戦地でも見ることがない。あれほどまで生に執着するものはいないからだ。

おそらくこの国で元の顔を知るものは父王だけだろう。


そうですか。

あの、ちょっとわからないんですけど。なぜ母はそんな魔力を受けたのです。


なぜって、当然だろう。


母は魔力を防ぐ手段を持っていたのでしょう?


お前を妊娠するためだ。


わかりません。妊娠するためには魔力を受けなければならないのですか?


エリーゼとミルンカが目を合わせる。


申し訳ないんですけど、私妊娠の仕組みを知りません。教えて頂けます?


テレザ様、それはまた今度。とエリーゼ。


そう言って以前の家人も結局教えてくれなかったのよ。この話しを理解するのに必要なことなのでしょう?


そうですね。では私はお茶の用意をしてきます、戻るまでに済ませておいてください。


10分後。


茶の用意をもってミルンカが戻ると話しはついた様子。

テレザは眉間に皺を寄せて難しい顔で座っている。


で、質問は?


ありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る