第11話:引越し


テレザの屋敷から少し離れた森の中。エリーゼに見張を任された男の子が木の上で欠伸をしている。


フェイ。

とその後からエリーゼが声をかける。


うわ!びっくりした。なんでここにいるんです?ちゃんと仕事してるか見に来たんですか?


それについて言えば、ついさっきお前の監視対象が殺されるところだったぞ。


ええ?嘘だぁ!

フェイと呼ばれた男の子が急いで遠視の術式で確認する。

ほらまだ生きてます。元気に夕飯食べて・・・あ、祝われてる。そういや誕生日か。


右腕に包帯を巻いているだろ。


あ、ほんとだ。いつの間に。


その忍び込んだ者に付けられた傷だ。


ほんとですか?じゃあなんでまだ生きてるんです?


予定が変わった。


え?どう言うことです?


お前はこれから当分あれの護衛だ。


監視じゃなくて?


ああ。


当分っていつまでですか?


さあな。


お金もらえるなら別に良いですけど。でも僕本業がそろそろ始まっちゃうんですけど。


アグライアとメリッサと交代でやってくれ。二人には伝えておく。


はあ。わかりました。だけどその忍び込んだってのが本当にいるなら僕じゃ手に負えないですよ。全然わからなかった。


お前もまだまだだな。まあ頑張れ。


頑張れって言われましても。


それは私だ。じゃああとは任せた。死なすなよ。


え?は?何が私?


もうエリーゼの姿は無い。


意味わからん・・・。






...



 翌日、テレザはローズとルーシーと共に宮内から拝領した権利や財産の目録を確認した。テレザの得た領地は王国東南の端、いずれの強国からも遠い静かな地域だった。最も近くにある街でも馬車で三日はかかる距離にあり、そこは公域と呼ばれるどの国にも属さない比較的平和な商業地域だった。他の候補者なら王都から離れ国防とも縁遠いそんな地域を与えられたら文句の一つも言っただろうが、テレザにとっては申し分の無い土地だった。諸々の準備を考え、三人は一週間後にその領地へ引っ越すことを決めた。

 その話の最後、テレザはローズとルーシーに話があると切出し、二人の仕事はこの引越しの準備までだと告げた。突然の首の通告に二人はしばらく言葉も出なかった。


・・・なぜですか?とローズ。


他に仕方がなかったとは言え、これまで十年以上の長い間、私はあなたたちの世話になり過ぎていたわ。あなたたちが私のために本来の道を諦めねばならなかった事、ずっと申し訳なく思っていた。このまま新しい家まで来てもらったら、きっとずっとそのまま甘えてしまう。だからあなた達のお世話になるのはこの引越しまでと決めたの。


テレザ様、私はこの仕事が好きです。あなたのために何かを諦めたなんて思っていません。


私もですよ。


あとね、この目録の襲名祝いの給付金、これ全て二人の退職手当にするから。これでまたお料理学校に戻ってお店を開ける足しにでもしてちょうだい。


いただけませんそんなお金!


あらそう?じゃあ捨てるなり寄付するなり好きにして。私は用がないから。


テレザ様・・・。


この話はこれで終わり。これはこの国の継承候補者からの命令だわ。


そんな・・・。


心配することはないわ。あなた達には掃除洗濯料理から魔力灼けの手当まで学びましたから。そりゃ最初は間違うこともあるでしょうけど。まあ、どうにかなるでしょ。


もうお決めになったのですね。


そう、決めたのよ。


わかりました。


テレザ様・・・。


いつかあなた達のお店に顔を出すから。その時はよろしくね。


はい・・・。お待ちしております。



...



 一週間後、テレザはアカマスの引く馬車で領地へと向かった。馬車の中は詩術と算術の本がテレザによって隙間無く詰め込まれて座る場所もなかったので、テレザは荷車の本の間に収まった。

 目録を見る限り、新しい領地はかつて王族が狩猟旅行の際の宿に使っていた屋敷で、一通りの家財道具は揃っているようだった。足りないものは改めて手に入れれば良いと、テレザは生活必需品以外は全て書物だけを持って旅立ったのだった。


...


 なんなのあれ?本屋でも始める気?

テレザの馬車を遠方から監視する少女が一人。

馬丁一人と本人だけで警備もつけず。何考えてるのかしら?あれが名取を受けた候補者だなんて信じられない。だいたいエリーゼもあれの護衛だなんて無茶な話よ。

今あいつら全員が動いたら守るのなんて不可能だわ。

その少女はテレザの馬車を監視する他の連中の位置を確認する。

 しかもあれの近くで魔力を使わずになんて絶対無理よ。私じゃなかったらね。と言ってチラリと横で倒れている密偵を見る。

これでフェイ達と同じ額ってのは納得いかないわ。文句を言いながら少女は倒れている密偵の荷物を調べている。

少女は手元で空中に小さく式を書き倒れた男の頭に近づける。


あなたは安酒で悪酔いしただけよ。わかった?


はい・・・安酒で悪酔い・・・。と男が寝言を言う。


そうその通り。夜には目が覚めるからそのあとはお好きにどうぞ。


そう言って少女は立ち去る。




...



 一週間後、テレザは無事屋敷に到着し引越しを終えた。屋敷の中は思った通り必要な家財道具は概ね揃っていたが随分長く使われていなかったため、そこら中埃だらけだった。テレザは約1ヶ月をかけて屋敷中を隈なく掃除して回った。アカマスは馬小屋や庭の手入れを受け持った。


 テレザが新しい領地に引っ越してから1ヶ月後、テレザは王都の宮内に向けて一枚の手紙を書いた。人手が足りないので一人家人を募集したいと言う内容だった。一週間後、宮内から候補者の履歴一覧が送られてきたが、それを一目見てテレザはその全てを送り返した。次の週も、その次の週も同じように候補者の履歴が送られ、テレザはそれを送り返した。1ヶ月後、四回目の候補者の中にテレザはその名を見つけた。テレザは形式通り、その面接を行う旨を宮内へと書き送った。


...


 そうしてテレザが引越しを終えてから3ヶ月後のある晴れた日の午後、エリーゼはテレザの屋敷の門の鐘を鳴らしたのだった。

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