第9話:気まぐれ
名取の儀を終えたテレザは魔力結界の中に入り、エリーゼの案内で一人ずつ参列者達が祝辞を述べに席を立つ。
今しがた、父王に教えられたことに思いを駆られ、しばらくの間テレザはぼんやりとしていた。
テレザ様、と後ろからローズが声をかける。
何も問題はないわ。
ではそろそろ皆様いらっしゃいます。
ローズ、これをどっかにしまっておいて。と言ってテレザは父王から受け取った紙片
を預ける。
承知いたしました。
...
思いもよらぬことに気が散ってしまった。
だが今私の考えるべきは交渉相手を見つけることだ。不審な言動の一つも見逃さないよう集中しなければならない。全く、こんなところでこんな日に、あれに会うなんて・・・。
父王に続き、大司祭が短く祝辞を述べて去る。それに続いて7名の継承候補が順に挨拶をして去っていく。従者を帯同させているのは3名のみ。その後に代行5名が続き、さらに属領属国の大使たちが続く。
テレザは集中して一人一人の仕草から言葉遣いに注意を払う。だがふと気を抜くとさっき見た詩碑のことを考えてしまう。できることなら一旦式を切り上げ家に帰って詩碑のことだけを考えていたかった。だが今しばらくの辛抱とそんな思いを振り払い、テレザは目の前の人々のことを考えた。
やがて代行の5名の祝辞が終わり、属領の大使たちの順番に差し掛かる。
決して容易に見つかると考えていたわけではなかった。テレザはその魔力への感受性から、普通の人が気づかないような繊細な心や表情の動きを、相手の魔力の揺れや流れを感じることで察することができたので、全くのあて推量だったわけでは無かった。
想定外だったのは、それが白の中から黒を見つけるのではなく、黒の中から黒を見つける事だったことである。誰も彼も腹に何か持っている。おそらくここにいるほとんどの者がなんらかの形で国を裏切り、敵国に通じ、義心に背いている。自分が王位を継承できるなら国の一部を売っぱらっても構わないと思うような連中ばかりだった。別にそれがどうということは無い。自分だって生き延びるために国を裏切ろうとしているのだから。まあ当然と言えば当然だ。王位の為に縁者の命を平気で奪う人々なのだ。損得を超えた国への忠義など持つはずがない。
属領の大使たちの祝辞を受けながら、テレザは半ば諦めに近い感情だった。
そんな中一つ小さな騒動があった。ある属領のギトリという名前の老大使がテレザに直接贈り物を渡そうと、エリーゼが注意していたにも関わらず魔力結界の中に入ろうとした。だがそばに控えていたエリーゼがすぐに気づいてそれを留めたので大使は元の列に下げられた。ところが、今度はその老大使は眩暈でも起こしたのか重心を崩して倒れそうになった。結局その老人はエリーゼに支えられて自分の席まで戻って行った。
ローズたちが心配して駆けつけたが、老大使の魔力は十分抑制されていたので、何か問題があったわけではなかった。
その後祝辞の列は一旦間が開くが、無事再開され、残されていた数人の祝辞も済むと、それで式の主要な行程は終わりとなった。
テレザは深々と参列者一同に礼をし、ローズたちと共に御堂を後にした。
...
祈祷所に戻るとテレザは椅子に座り、息をついた。
さてどうしたものか。結局交渉相手と見定められる人は誰も見つからなかった。
何か策を考えなければならない。エリーゼの言ったように彼らが私の情報を手に入れない限り、しばらくは時間があると考えるしかない。その間に何かできれば良いのだが・・・。まずは家に戻り、領地への引っ越しを無事済ませることだ。
しばらくするとエリーゼがやってくる。
参列者の方々には今しばらく時間を取らせます。まあ、10分も引き留められるかわかりませんが、馬車が王宮の敷地を出る時間は十分あるでしょう。アカマス殿には道順を伝えてあります。
ありがとうございます。とローズが礼を述べる。
テレザ様、この度は無事名取りの儀が執り行われましたこと、お祝い申し上げます。とエリーゼが部屋の反対の扉から述べる。
テレザは祈祷所の隅の椅子に腰掛けたままその言葉聞いた。そして何も言わずに立ち上がるとまっすぐにエリーゼの方に向かって歩いて行った。
ローズが声をかけるが聞こえないのかテレザは何も答えない。
テレザは触れられるほど近くまで近づく。
テレザ様、お気をつけ下さい。術具をつけているとは言え、完全な抑制ではありませんので。そう言ってエリーゼが一歩身を退く。
エリーゼ殿。大変お世話になりました。あなたのおかげで無事式を執り行えたこと、感謝致します。
とんでもございません。
それと・・・。
...
一体テレザ様は何を話しているかしら?とローズとルーシーは二人の様子を伺う。
外ではもうアカマスが門のところで馬車を待機させている。
さあ、お礼でも言っているんでしょう。
それもあんな近くで。先日のことを忘れたわけでは無いでしょうに。
するとテレザが小さく頭を下げて、ローズ達の方を振り返ると歩いて戻ってくる。
さあ、参りましょう。
ルーシーがテレザをせき立てて馬車まで小走りで向かう。
ローズは部屋の反対に立ち尽くしたままのエリーゼに最後にもう一度深く頭を下げ、祈祷所を後にした。
...
帰りの馬車の中。
あんなにお近づきなって。
大丈夫よ。今日は随分魔力を抑えてくれていたから。
なら良いんですけど。何をお話しされてたんです?
大したことじゃないわ。お礼を言ったの。それとあの話も聞いたわ。
なんです?
猫イラズってあだ名本当かって。
まあ。
失礼なことないでしょ。立派な仕事の結果なんだから。
で、なんて?とルーシー。
そういう人がいるのは知ってるって言ってた。
ふーん。
直接言われたのは初めてだって。
まったくもう。そうだ、テレザ様、こちら戻ったら確認しなければならない書類です。
領地のことも含め色々書いてあります。
それ明日でもいい?今日はもうゆっくりしたいのだけど。
まあ、そうですね。そうしましょうか。じゃあ私先に軽く目を通しておきます。
助かるわ。
そう言ってテレザは窓のカーテンを指で小さく開き、過ぎる王都の街並みを覗き見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます