第7話:傷と灰



名取式当日、早朝。


エリーゼが目覚める。三日間付けたままの拘束具。身体の具合を隅々まで確認する。

立ち上がり細身の剣を抜いて構える。切先には微かの震えもない。ゆっくりと一通りの型を通すがその剣筋と呼吸に乱れはない。


テレザの屋敷近くの森の中。エリーゼの命を受けた男の子が木上で朝日に目を細める。

三日間至る所監視の目が絶えることはなかったが、近づこうとするものもいなかった。後数時間、エリーゼの到着までと気を引き締め直す。改めて使い魔を現状の確認のために走らせる。


アカマスは馬に飼葉をやり、今日式への役目を担う馬の身体にブラシを当てている。

ローズとルーシーは日の昇る前から魔力避けの衣装やお香、そして朝食の準備を始めている。


...


テレザは風呂の中。


ノックの音がしてローズが声をかける。

お着替えをお持ちしました。入ってよろしいですか?


どーぞ。


ローズは魔力灼けの手当の際と同じ格好。深い手袋を嵌め全身を覆う魔力遮断の衣装に身を包んでいる。


もう上がられます?


もう少し。


じゃあ外におりますので、お声掛けください。


はーい。


ローズが戸をしめて浴室をでる。


...


バサリとテレザの髪の毛の束が浴室の床に落ちる。

ローズがテレザの長い髪に大胆に鋏を入れている。

テレザは裸のまま椅子に座っているので散った毛が肌に落ちる。


テレザ様。


なに?


昔の跡、結構消えてきましたね。


そう?自分じゃあまりわかんないけど。


ええ、あと何年かすればお背中も頬のようになりますよ。


それまでに新しいのができなきゃね。


まあそうですね。


あなたには意外かもしれないけど。


何ですか?


私、魔力灼けの跡そんなに嫌いでもないのよ。


ならよろしいですけど。


私全部の跡を覚えてるわ。


どんな痛さや痒さや熱だったかもね。最初からなければ良いのはもちろんよ。でもそうなったのだから仕方ないし、そうなった以上、良くも悪くもそれって私なのよね。

私?


そ。今私が思ったり感じたり考えることって、これらの傷がなかったらそうならなかったと思うわけよ。わかる?


まあ、何となく。


だからこの傷は私なの。綺麗な何の跡の無い肌よりもよほどね。

だからって傷を増やしたいわけじゃないわよ。消えるなら惜しむこともないし。


複雑ですね。


やっかいよね。



ローズは首に髪の毛がかからないよう後と横は刈り上げる。

さあできました。どうですか?


テレザが立ち上がり鏡を見に行く。


良いじゃない!軽いし。最高だわ。私今後ずっとこれにしようかしら。


おやめ下さい。今回は安全の為仕方なくなのですから。


でもこれほんとに良いわ。と頭を左右に振る。


まあ確かにお似合いです。テレザ様がもし男の子だったら王宮社交界で暇が無いでしょうね。


女は短髪にしないもの?


普通はそうです。まあでもこれなら関係ないですね。いずれにしろ誰もほっときませんでしょう。では流してきてください。


...


テレザの頭から身体中に魔力避けのお香の灰を精製して粉上にしたものをかけていく。


これが本当の灰かぶりね。


何ですそれ?


昔のお話。人間のね。前に読んだ詩に出てきたから調べたの。


どんな話です?


テレザはあらすじを説明する。


ローズはそれを聞きながら灰が余すところなく身体中に行き渡ったことを確認し、それから足の指先からこれまた魔力よけの包帯を巻いていく。


じゃあテレザ様も今日運命の方にお会いになるかもしれませんねえ。


よしてよ。そんなの私にとっちゃ呪いだわ。


確かに。できました。さあ服を着てください。


...


ルーシー?二階の浴室から降りてきたテレザが台所に声をかける。


おはようございます。ちょっと手が離せませんので。


ちょと見て欲しいんだけど。


少しお待ちください。


何です?とルーシーが台所から顔をだす。


・・・。


どう?私やっぱ長いほうが似合ってるかしらね?


か、かっこいいです。


そう?


個人的にはずっとそれでいただきたいくらい。


あら、気が合うじゃない。でもローズは反対らしいわ。女の髪は長い方がいいんだって。


古い慣習ですよそんなの。髪は魔力の象徴だとか何とか。そもそもそんなの私たちにもテレザ様にも関係ありませんし。


そうよねー。


ローズが式で着る用の外套を抱えてやってくる。


ルーシーもね、こっちの方がいいって。気が早いわね。まだ朝ごはんも食べてないのに。ん?それどうしたの?


あら、後でお見せしようと思ってたのに。まあいいわ。


そう言ってローズが外套の中を見せる。


まあ。とテレザが驚く。


二人で縫ったんです。私はね、お花とか鳥とかの方が縁起がいいって言ったんですけど、ルーが絶対テレザ様はこっちがいいって言うのでこれにしました。いかがですか?


外套の外側は品格はあるが飾り気のない黒一色だったが、裏地は一面幾何学模様の組み合わさった刺繍文様が縫われていた。


17の対称群全部入れてくれたのね。素敵だわ!


ならよかった。じゃあルーを褒めてやってください。式用の服は地味なので裏地くらいお好きなものでと思いまして。


最高だわ。でもなんで私がこの組み合わせ方が好きなの知っているの?

テレザは外套を受け取りマジマジと見る。


テレザ様は小さな頃からお絵描きでこんなのしか描きませんでしたから。すっかり覚えましたよ。ちなみにそれ裏表で着れますから。普段使いならどちらでもきていただけます。


ありがとう!テレザは外套を抱えてルーと呼びながら台所に向かった。

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