第5話:壁破り



 ローズがアカマスと共に王宮に向かった日、王都では一つの事件が起きていた。

その朝王都内は道の多くが封鎖され、通行可能な道も各所に検問が置かれ王都中が大渋滞となっていた。


昼過ぎという約束なのに、こんなノロノロ進むのじゃあ到底間に合わないわ。一体何事?とローズが馬車の小窓を開けてアカマスに尋ねる。


さあ。これほどの検問をやるなんて大事だねえ。


だねえって。呑気ね。抜け道の一つくらい知らないの?あなた昔父王様の軍にいたんでしょ?。


だめですよ。知ってる道はみな通行止めです。


そしてついにそれまではゆっくりながらも進んでいた渋滞が止まってしまう。


困ったわ。時間にいい加減なんて思われたくないのに。


大丈夫でしょう。これじゃあ王都中遅刻です。そのエリーゼ殿だって遅れてるかもしれません。


それはそうだけど。


あそこに見えるので最後の検問です。あれを過ぎればすぐですよ。


やれやれだわ。


おや。


どうかした?


そこの検問所に知った顔がおります。話を聞いてきましょう。


助かるわ。


じゃあ列が動いたら進めといてください。


そう言ってアカマスが御者席に手綱を置く。


ローズが馬車から出て御者席に座る。


十分後、アカマスが戻る。


で?待ちきれずローズが尋ねる。


表向きは抜き打ちの不定期検問とのことですが、今朝王都の城壁の一部が破壊されたんだそうです。


まあ、なんてこと。


人が通れるくらいの穴だそうで、侵入者の可能性があるとのことです。


大変。よりにもよって式を控えたこんな時期に。もしかしてテレザ様の式と関係があるのかしら?


さあどうですかね。まあ、エリーゼ殿にお聞きになればいいでしょう。少なくとも現場の警備よりは確かな情報をお持ちでしょうから。


そうね。




...


それから約半時間後、午後二時前にようやくローズ達の馬車は約束の外交部へと到着した。


ローズが受付に申請して待っているとすぐにエリーゼがやってくる。


昼過ぎとお約束致しましたのに申し訳ありません。余裕を持って出たつもりだったのですが、王都の交通を見誤っておりました。とローズ。


どうかお気になさらず。不定期検問は誰も予想できませんから。さあこちらへ。エリーゼが先に立って歩き出す。


お一人ですか?


いえ、先日同様アカマスという馬丁と共に馬車で参りましたが、アカマスは軍の喫茶室で時間を潰すと申してこちらには。


そうですか。


あれは元父王様の馬丁でしたから、きっと旧友でも探しに行ったのでしょう。


なるほど。確か父王様がご自身の軍隊を解体されたのが13年ほど前でしたね。


まあ、ただ煙草が吸いたいだけかもしれませんけど。


こちらでも吸っていただいて問題なかったのですが。


さすがにそれは・・・。エリーゼ殿はお吸いに?


いえ。職務で必要なら吸いますが自分からは。ですが近くで吸う方がいても苦にはなりません。


なら尚更です。


さあ、こちらの部屋です。


そう言ってエリーゼはなんの変哲もない応接室にローズを通した。


二人が机を挟み向かい合って着席すると、エリーゼは2枚の書類を差し出した。

早速ですが、こちらが変更箇所のご提案になります。今お茶を淹れますのでその間にお読みください。


どうかお構いなく。


...


ご説明してよろしいでしょうか?


あの、その前に一つお聞きしたことがあるのですが。


もちろんです。


今日の王都の検問のことです。


はい。


不定期の検問とおっしゃいましたが、別の理由があるのではございませんか?


・・・。


王都に外部からの侵入者があったという話は本当でしょうか?


ふむ。ああ、アカマス殿ですか。父王様の軍にいらしたなら。やはり噂というのは隠そうとするほど足早に広がるものですね。


あの・・・。


ええ、そうです。今朝方西南の城壁に穴が見つかりまして。検問はその為です。


大丈夫なんでしょうか?テレザ様の式はもう四日後です。このまま侵入者の可能性が拭えぬまま進めても。


何も問題はありませんよ。ご心配なく。


心配なくと言われましても。何か根拠をお持ちなんですか?


まあ、そうですね。


それは教えてはいただけないのですか?もしかして、すでに侵入者は捕まっているのですか?


そのような者はおりません。


なぜそう断定できるのです?


では理由をお話しましょう。家にお戻りになってお話せねばならないでしょうから、誓約を立てていただく必要はありません。ですが、必要以上の他言をお控えいただけますか?


もちろんです。


城壁の穴を開けたのは私だからです。


はい?


この王都の城壁は結界によって守られているんですが、いくつか脆弱な箇所があります。今回の場所は先々月の結界の更新でできたもので、複数の結界と地場の魔力の相互作用で丁度人が侵入できる程度の穴が空いていたんです。まあ、穴と言っても他の場所より弱いというだけで結界自体は機能していたんですが。


いえ、私がお聞きしたのはなぜそんなことをされたのかです。もちろん他の職務で必要なことなのでしたら、お聞きするには及びませんが。


テレザ様の式が終わるまで私には他の任務はございません。式が終わるまで私の行動は全てテレザ様の式の為です。


でしたら、なぜ。


これの為です。

そう言ってエリーゼは変更点の書かれた書類に手を置く。


まあ、まずはこれをお読みいただいた方が話が早いでしょう。


はあ。

ローズがその書面を読む。


 そこには式参列者への追加の制約が書かれていた、あらゆる術具、呪物の持ち込みの禁止に加え一才の術式の使用禁止。参列者からの祝辞は十分な距離を置き、魔力結界の外から行う。式の進行は宮内の許す限り略式で行い式の所要時間を半時間以下にする。等々のことが書かれていた。


エリーゼ殿、確かにこのような変更が可能なら大変ありがたいのですが、流石に王位継承候補者の術具や呪物を全て禁止するなど不可能では?それに通例からこれほど異なる制約は余計な詮索も誘うのではありませんか。


ええ、そうです。もし式の四日前に城壁が壊され王都内に侵入者の可能性などがなければ、難しいでしょう。


・・・。


ちなみにですが、術具の禁止と書きましたがこれには身体刻印系、いわゆる刺青による術式も含みます。それを体にお持ちになる方は、前もって封術処置をしなければ参列を不可といたします。


確かに、あなたのいう通りかもしれませんけど。でも本当に継承候補者とその従者にこのような厳しい制約をかけることは可能なのですか?


もし条件を受け入れないという方がいれば参列をお断りするだけです。私の任務は父王様直接の辞令であり全権を与えられております、文句があるのなら父王様に直接といえば、逆らう方もいないでしょう。


確かに。そうかもしれません。ですが、すみません色々と。


気になる点は全て聞いていただいて結構です。私が失念しているものがあるやもしれませんからね。とエリーゼが微笑む。


あの・・・、侵入者への警戒からこれほどの制約をかけるなら、警備を増強するとか、あるいは式の延期をすればいいとは思われませんか?


なるほど。では警備のことからお答えいたします。まずこのような防衛任務において、任務直前に想定外のことが起きた場合に兵や警備の増量、警備計画の抜本的な変更は悪手です。その短期間で増員する者たちの完全な身元調査は不可能ですし、警備計画の変更は防衛網の隙を生みます。これらの変更のように、すでにある制約を強化する以外のことはすべきではありません。このことは防衛任務に多少の経験のある者なら理解できます。


はあ、なるほど。


 仮にもし、私がテレザ様の式に干渉しようという外部の密偵だとしたら。まずはバレる程度の侵入の痕跡を残して警備の変更を促します。それによって生まれるなんらかの隙に乗じて現場に侵入するでしょう。そんな簡単にすむことは稀ですが。

 次に延期の話ですが、これがもし王位の継承に関わる式でなかったなら、この状況ではそれが最善でしょう。宮内の規則では名取式は13歳の生誕日に行うと定められていますが、緊急の場合にはその延期は認められています。ですが、いずれテレザ様が王位継承を本格的に争う状況になった時、その変更を他の候補者に指摘される可能性があります。正しい手続きを経ていない不十分な候補者であると。テレザ様の王位への意図を示すためには延期の選択は賢明ではありません。そしてこの状況で延期をしないということを他の王族たちもテレザ様の意思の現れと見るでしょう。


 理解いたしました。実はエリーゼ殿には申し上げておりませんでしたが、テレザ様は王位への意思はございません。


お聞かせください。


すでにお伝えしている事情から、テレザ様が名取で望んでいらっしゃるのはご自身が安全に生活できる固有の領地です。それ以外の何も求めてはいらっしゃいません。


ですがそれでは・・・。


ええ、当然私共も申し上げました。ですが、継承者として命を狙われるのも、いずれかの継承者の庇護の元、王都での生活を続けるのも、そのどちらであっても危険なことに変わりはないとおっしゃいました。


確かに。


であれば、名取を受ける方が短いかもしれないが、自由な普通の生活をしたいとおしゃったのです。


なるほど、であれば尚更式を延期する訳にはまいりません。


なぜです?


この任務を受けて以降、信頼のおける部下にテレザ様の周りを探らせましたが、全ての継承候補者はもちろん外部の属領や他国の密偵がお屋敷の周辺で動向を探っています。


ほ、本当ですか?


ええ、まあ当然の話です。これまで全く情報がなかった王族が突然名取を受けるとなれば、みなその情報を欲しがります。もしかすると、これまで隠されていただけで実は巨大な魔力を持っているのではとか、強力な後援者がいるのではないかと疑心になります。ですが、お屋敷の敷地に巡らされた魔力遮断の結界と、あのお香のせいでまだ誰も屋敷内部の情報を盗めてはいないようです。密偵たちは互いの存在を把握していますから、わざわざ危険を犯して自分から乗り込もうというものはいません。せっかく危険を犯して情報を得ても他の密偵たちに利するだけですから。ですので、彼らは現在遠隔からの監視を続けています。


よかった。


私の個人的な推測ですが、式を終えられた後もある程度の期間テレザ様の身は安全だろうと思います。


本当ですか?


ですが、それはテレザ様が王位への意思を明確に示し、それになんらかの根拠があるだろうという疑いを他の継承者達が拭えない限りです。もちろんテレザ様のご事情が周知となってもその限りではありません。


なるほどそうですか。確かにおっしゃる通りかもしれません。


あともう一つ、父王様、大司祭様そしてテレザ様が3名で行います名取の儀は継承者と一部の限られた者以外には機密となります。私自身も知りません。ですが、テレザ様のご事情を父王様はご承知ですから問題は無いと思われます。


わかりました。


他にご質問はございますか?


いえ。


ではこれらの変更をご承認いただけますでしょうか?


はい。


承知いたしました。では早速宮内の方から参列予定者に周知致します。

お願い致します。


では次ですが、当日までのテレザ様のご予定をお聞きしてもよろしいいでしょうか?


当人の外出予定はございません。家で式に必要な準備を進める予定です。私共家人は買い物や使いに出るかもわかりませんが。


承知いたしました。では当日、式は正午丁度に始まります。何時にお屋敷は出られますか?


朝九時には出るつもりです。


もし問題なければお屋敷まで伺って王宮までの先導をさせていただくことは可能でしょうか?もちろん魔力抑制の上、十分な距離はお取り致します。


承知しました。お待ちしております。


一つお聞きしたいことがあるのですが?


なんでしょう。


先日私がテレザ様にお会いした後、お身体に何か影響はありませんでしたでしょうか?


・・・あの後屋敷にお戻りになり、テレザ様は熱をお出しになりました。症状を見たところそれほど重大ではありませんでしたので、おそらく今日か明日にはベッドからお起きになるかと思います。


そうでしたか・・・。


まあ、久しぶりの王都でしたから、もしかしたら道中になんらかの影響を受けた可能性もございます。力の影響は時間差がありますし、遠方から受けることもありますので、原因を確定するの容易ではないのです。


承知いたしました。では次に祝辞の際の結界ですが、発生源からの距離と魔力量の関係の表がございいます。これらの数字は距離に応じてどの程度力量の減衰があるかをあらわします。こちらは参列者とその従者のリストとその推定魔力量になります。独自資料ですので、確実とは申せませんがそう外れてもいないはずです。そしてこちらが会場の見取り図になります。いかが致しましょうか?


なるほど。では、参列者との距離は、ここまで空けることはできますか?と言ってローズが図の位置を示す。


承知いたしました。これで本日確認しなければならないことは以上になります。何かご質問はございますか?


いえ、大丈夫です。どうかテレザ様のことをよろしくお願い致します。


お任せください。では城門までお送りいたしましょう。


いえ、大丈夫です。市場で買い物もありますしアカマスとの待ち合わせの予定もございますから。


ではせめて受付まで。


ありがとうございます。

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