第4話:タイル張り


 テレザが言った通り、家に着くとすでにその身体は熱を帯び始めていた。ローズとルーシーはいつも通りの処置を始めた。二人はテレザの肌に直接触れるときには、弱いながらも持っている自分たちの魔力が影響を与えないように封魔の帯と二の腕まで覆う手袋をつける。それを済ませると湯船に薬草と氷水を準備し、肌着のままのテレザの身体をその中に沈めた。それからゆっくりと肌の具合を見ながら服を脱がしていく。


ローズがテレザの手と足の指先から身体の中心の方へ触れていく。

いかがですか?


冷たくて死にそうよ。悴みながらテレザが答える。


指先もですか?


ええ。


ちゃんと感じるなら安心です。今回はそう長引きませんよ。


眠いわ。


だめですよ処置中は起きていてださい。とローズ。

寝るのはベッドに入ってからです。とルーシー。

ローズとルーシーがテレザの身体を呼吸を合わせて隣の台の上に移動する。身体を覆う大きな布で十分に身体の水分を取り去ってから薬草と香の灰を混ぜた油をその身体全体に塗っていく。


悪いんだけど本当に寝ちゃいそうだわ。とテレザ。


なんか話でもしていてください。とローズ。


話なんかないわ。


いかがでしたエリーゼ殿の印象は?


印象・・・几帳面そうだったわ。


そうですね。


右腕の肌がね、ピリリとしたのよ。あの人が近づいてきた時。あんな遠かったのに。


ピリリなんて珍しいですね。


初めてだわ。だからね、念の為と思って止まってもらったの。


良いご判断でした。


そんなことないわ。もっと慎重で良かった。


私たちも同じです。あれほど遠くからお体に触るとは思っていませんでした。申し訳ありません。


もう話すことないわ。


じゃあ歌でも歌っててください。


得意な歌なんかないもの。


なんでもいいです。


ローズとルーシーは手際良くテレザの手足の指先から紙製の包帯を巻いていく。巻かれた帯には塗った油分がゆっくりと染みて広がる。それで全身を覆うと今度が布の包帯を巻いていく。二人の仕事は手慣れたものでどんどんテレザの体が帯で巻かれていく。

テレザが鼻歌を歌い始める。


子守唄ですか?起きててくださいって言ってるのに。ルーシーが笑って尋ねる。


歌う人は寝ないもんよ。


まあそうですね。私たちが寝ちゃうかもしれませんけど。


じゃああなた達も歌えばいいわ。


三人で途切れ途切れにその歌を口ずさむ。それはまだ子供の時分に二人がテレザを寝かしつける時に歌ったものだった。


一通りの処置が済むと二人はテレザを寝室に寝かせた。その晩から丸2日間をテレザはベッドで過ごしたが、幸いなことにローズが言った通り熱が長引くことはなかった。



...


  テレザはその一日目はほとんど寝ていたが、二日目は自分でも起きているのか眠っているのかわからない夢うつつの間に過ごした。見慣れた壁や天井の模様が近づいたり離れたり、バラバラになったり、形を変えて回ったり、テレザはわずかに目を開けてそれらが自由気ままに漂うのをぼんやり眺めていた。


 三日目の早朝、まだ陽の上らない薄闇の中、テレザは不意にはっきりと目を開け、それから静かに半身を起こした。

少し開いた寝室の扉の向こうでは、看病に疲れたルーシーが廊下の椅子の上で逞しい腕を組んだまま眠っていた。

しばらくじっとしていたあと、テレザはベッドを起き出しそのまま寝室の隣の書斎に向かった。

 火石でランプに明かりを灯し、棚から大きな紙を取り出すと、自分の身丈の何倍も幅も奥行きもある大きな机の上にそれを広げた。それから紙の端にいくつかの図形と文字と数を書き殴った。それを終えると緩んで邪魔になった両手と頭の包帯を取り去り、香炉の葉に火をつけた。蓋を被せると開いた穴から細い薄紫の煙が真っ直ぐに立ち昇る。それからテレザは机の隣に並んだ大小形様々な定規や奇妙な文房具を使って何やら書き始めた。


...


まだ何箇所か腫れの引かないところもあったが、テレザはその午後にはすっかり元気になり五人前の遅い昼食を平らげた。


そんな急に大丈夫ですか?お腹壊して式の取りやめなんて恥ずかしいですよ。とルーシー。


食べたいだけしか食べてないわ。


私はそれを言ってるんです。


食べたいってことは必要ってことよ。何せ三日振りの食事なんだから。


三日分以上食べてる気がしますけどね。


ご心配なく。そういえばローズは?


エリーゼ殿との打ち合わせで王宮です。


あー、そうだったわね。


そういえばテレザ様、今日は随分早起きでしたね。


ちょっとね。面白いことを思いついたの。


寝てる間にですか?


さあ。寝てたのか起きてたのかよくわからないわ。


で、何を?


以前あなたに台所のタイル張りの話をしたの覚えてる?とテレザ。


ああ、隙間なく並べるって話でしたっけ?


ええそうよ。でね、私新しいタイルの形を見つけたわ。


四角じゃだめなんですか?


別に四角でもいいけど、他にもあるって面白いでしょ。


そうですか?とルーシーは興味なさそうにスープのおかわりを机に置きながら答える。


それも非周期的なの。


どう言う意味です?


同じ形のタイルを隙間なく並べるのに一度も同じ模様を繰り返さないのよ。


なんでそれが面白いんです?


だって対称性の・・・。


で、どんな形なんですか?


ちょっと待ってね。と言ってテレザは手近な紙の裏に鉛筆でその形を書く。

これよ。


ほんとですかー?でもそんな形不便です。私は四角がいいですね。


四角はとても良い形だわ。私も好きよ。


別に好きじゃないです。使い勝手がいいって話です。


でもね面白いのはここからなの。この形だけじゃないのよ。他の敷き詰めできる全部の形を見つける方法も分かったの!


それの何が良いのか私には分かりませんけど。テレザ様が楽しいなら何よりです。


しかもね、この方法なら平面だけじゃなくてもっと自由な場所の敷き詰め方もわかるのよ。


あのー・・・。


いや、あなたの言いたいことはわかるわ。そりゃもちろんね、全てというわけにはいかないわよ。でもさっきちょっと計算しただけでも8つと24の方向を持つ場所なら・・・。


あのーそれはよろしいんですけど、スープが・・・。


それからしばらくの間テレザが夢中になってルーシーにはさっぱりわからない話を続ける。


ルーシーは諦めてわからぬ話を聞いている。

それからひと段落してようやくテレザがスープに手をつける。


・・・。


どうかされました?


ううん、別に良いんだけど。


あたため直してきます。と言ってスープ皿を持って台所にルーシーが向かう。


ありがとー。


すると門が開く鐘の音が遠く聞こえる。


あら、アカマスと姉さんが帰ってきたみたいですよ。


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