第3話:魔力
父王様より名取式の警備進行を仰せつかりました。国王直属外交部隊第一隊隊長のエリーゼと申します。この度はテレザ様にあられましては、栄光名だたる_王名の御継承誠におめでとうございます。
ローズが一人、テレザの式が執り行われる御堂に入るとそれを出迎えた人影が軍礼と共にそう挨拶した。見ると簡素だが格式高い宮廷軍服を着た一人の軍人だった。部隊長というから、厳めしく粗野な人かと思っていたが、すらりと背が高く眼差しは鋭いが、身体は細身で総じて穏やかな印象を漂わせる若い女性だった。
どうも。私はテレザ様の身の回りのお世話をさせていただいております家人のローズと申します。テレザ様はまだ馬車の中にいらっしゃいます。
失礼いたしました。とまっすぐな姿勢をさらに正すエリーゼ。
あなたがテレザ様にお会いになる前にお伝えせねばならないことがありまして先に参りました。
承知いたしました。とエリーゼ。
その前に一つお願いがあります。とローズ。
なんでしょうか。
テレザ様はそのような王室仕えの硬い言葉遣いに不慣れですので、ご配慮いただけると助かります。
承知いたしました。
あなたにこのこの話をする前に、この秘密を守るという誓約をお願いしたいのですが。可能ですか?とローズ。
それはこの任に必要なことなのですね。とエリーゼ。
そうです。
承知いたしました。誓約を立てましょう。この名と命にかけてその秘密をお守りいたします。
わかりました。
...
ローズがエリーゼとの話を終えて馬車に戻ると何やら馬車の中が騒がしい。
何かあったの?と御者を務めるアカマスにローズが尋ねる。
さあ。ちょっと前から騒いどるね。
ローズが馬車の扉をノックするが返事がない。扉を小さく開けると魔力避けの紫煙の香が漏れ出る。扉の隙間にローズが身体を滑り込ませて馬車に乗り込むと、ルーシーとテレザが座席に立ち上がって向かい合い狭い馬車内で追いかけっこをやっている。
何やってるんです二人共?とローズ。
ルーシーがくすぐるのよ。とテレザ。
違いますよ。私はお衣装に乱れがないか確認しようとしただけよ。
でもくすぐったかったわ。妙な触り方するんだもの。
妙だなんて人聞き悪い!先日の魔力灼けが残ってるから慎重にしただけです。
もっと大胆にやってくれていいって言ってるじゃない。ローズは生傷だって気にしないわよ。
気にしてますよ。で、どうなの?準備はできたの?
姉さんやってよ。私だと笑って逃げ回るんだもの。
全くもう。テレザ様、今からお会いになるエリーゼ殿にはお体のことはお伝えしました。仕事柄ある程度の魔力抑制はできるとのことですが、こちらも慎重になるに越したことはありません。こんなところで熱なんか出したら式なんて到底無理ですよ。
そう言ってローズはテレザの着ている魔力避けの肌着や首や手や足に巻いた帯に乱れがないか丁寧に確認する。案の定暴れ回ったせいで帯に緩みが出ていたので、念入りにいつもより少しきつ目にそれを巻き直す。
く〜!痛った〜!とテレザ。
これくらい巻かないとこの方はすぐ暴れるからね。わかったルーシー?
は〜い。
それからテレザが外套の頭巾を目深に被ると、顔の出る面にはこれまた魔力避けの薄い布をルーシーが手際良く縫い付ける。
さあ、参りましょう。
...
ローズに案内されてテレザが御堂に入る。堂内は周囲の壁に据えられた蝋燭が一つおきに灯され、まだ朝日が城壁を超えない屋外よりも明るい。薄布越しにテレザが見回すと堂内の最奥、祭壇の前に人影が見えた。ルーシーが後で扉を閉めるのに続き、その人がその場から挨拶をした。
父王様より名取式の警備を仰せつかりました。国王直属外交部隊第一隊隊長のエリーゼと申します。この度は・・・ご襲名おめでとうございます。
どうもありがとう。とテレザ。
ご事情は伺いました。早速ですが、当日の進行のご確認をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?とエリーゼ。
ごめんなさい。私この頭巾を外せないんです。ちょっと聞き取りづらいのでもう少し近くでお話を伺ってよろしいですか?とテレザ。
ですが私の魔力がご負担では・・・。
魔力避けの衣装を重ねてますから、今のところは大丈夫です。それにどのくらいあなたが近づいても問題無いか知っておくべきではありません?
はい、確かに。
ゆっくりとこちらにいらしてください。何か感じましたらすぐに手をあげて合図しますから。
承知いたしました。とエリーゼは答え、ゆっくりと均一な速度で祭壇から正面扉に続く絨毯に歩を進めた。
随分と慎重な方ですねぇ。あんなに距離を取るなんて。
テレザの後で控えるルーシーが隣のローズに小声で言う。
慎重にしてくれるに越したことはないわ。とローズ。
まあね。でもどれくらいかしら。十歩くらいまでなら大丈夫かしらね。
わからないわ。随分細身の方だったから・・・。
どういう意味?
アカマスから聞いたんだけどね、魔力に秀でた武人ほど身体は小柄だったり細身なんですって。
なんで?
私たちみたいに魔力が少ないと何をするにも筋肉を使うけど、そういう人はなんでも魔力でやるから身体は細いんですって。まるで病人みたいにか細い人が素手で岩を砕いたり大木を薙ぎ倒したりするらしいわよ。
ふうん。羨ましい。私ももうちょっと魔力があったらこんな逞しい腕じゃなかったのかしら。ルーシーが自分の太い腕を見ながら愚痴る。
私たちにもうちょっと魔力があったら、テレザ様のお仕えに選ばれることもなく料理学校を卒業して、今頃食堂でも開いてたかもしれないわね。とローズ。
きっと美人姉妹の食堂だって大評判になってたわね。とルーシー。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくるエリーゼはまだ半分も来ない。
口を尖らせて自分の右腕を見ていたルーシーが拳を握りしめて小さく力こぶを作る。
私、やっぱこの腕好きかも。
あっそ。
唐突にテレザが小さく右手を挙げ、エリーゼの歩を止める。
まだ二人の間は二十歩以上もある。
それくらいまでなら、とテレザ。
エリーゼは一歩下がりながら静かに頷く。
承知いたしました。
ローズとルーシーはその距離に驚く。今日は念を入れて十分な準備をしたのにこの距離で止めるなんて。それほどあの者の魔力は強いのだろうか。二人はすぐに一足歩み出て振り香炉の煙をテレザのそばに近づける。
大丈夫よ、とテレザ。
エリーゼ殿、申し訳ありませんが今一歩お下がりいただけますか。とローズが言う。
すぐにエリーゼが数歩身を引く。
大丈夫だって言うのに。とテレザ。
私たちのためにそうしてください。気が休まりませんので。とローズ。
わかったわ。
それでは、ご説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?とエリーゼ。
ええ、お願いします。とテレザ。
その前に一つ申し上げます。この進行はテレザ様のご事情をお伺いする前に準備したものですので、改めて各所を変更することになります。今から申し上げるのはあくまで大枠のものとご理解ください。とエリーゼ。
悪いわね、急な話で。とテレザ。
いえ、とんでもございません。ではご説明いたします。
そう言ってエリーゼは当日のテレザと参列者達の待機場所、入退場の時機と動線、祭壇での式の段取りを各所要時間と共に簡潔に説明した。それから儀式の後でテレザが参列者達から一人ずつ祝辞を受ける位置を示した。
ご祝辞ですが、通常は個体距離で行われるかなり密接なものとなりますので、安全な形に変更いたします。とエリーゼ。
エリーゼ殿、ご配慮いただけるのは大変ありがたいのですが、通例からの大きな変更は余計な詮索を誘いませんか?先ほどお話ししたことは絶対に、他の継承候補者達には疑われてもならないのです。とローズ。
はい。ご状況は十分に理解しております。お任せください。
そうですか。わかりました。
では、現段階でお伝えできることは以上になります。何か質問はございますでしょうか?とエリーゼ。
よくわかったわ。私から質問はないわ。ありがとう。とテレザ。
私どももございません。とローズ。
承知いたしました。では各所変更点は三日以内に決定いたします。そのご連絡をする方法はありますでしょうか?手紙や式による通信ではなく直接お伝えできるといいのですが。ご指定いただければ私はどちらでも伺います。
わかりました。では私が三日後改めて王宮に参ります。とローズ。
承知いたしました。では外交部の方までおいで願えますでしょうか。そこなら安全に話せる場所がご用意できます。
わかりました。そうですね、ではお昼過ぎにでも。
お待ちしております。
...
エリーゼとの話が終わるとすぐにローズ達はテレザを馬車に引き上げさせた。それをエリーゼは一歩も動かず小さく顎を引いて軍礼で送った。
テレザの馬車の音が遠のきややあってからエリーゼが御堂の扉を出て鍵を閉める。エリーゼはようやく差し始めた朝日のなかでそのまま少しの間口元に指を当てて思案していたが、それから踵を返して立ち去った。
一方、馬車に戻ったテレザはしばらくの間無言で座席に寄りかかっていた。
ローズとルーシーはその様子を伺いながら香炉の煙を整えた。
悪いんだけど、少し熱が出るかもしれないわ。とテレザは言った。
ええ、大丈夫です。式まではまだ十分時間がありますからね。とローズ。
私少し眠るわ。
承知いたしました。とローズが答える。
ルーシーが御者との小窓を開けてアカマスにもそれを伝える。
ルー、氷をね。とローズ。
分かっているわ。とルーシー。
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