第7話 タムタムと五人の男
「で、どうなんですか姉上? やっぱりあの二人ってできちゃってるんですか?」
この歳ながら何かを察しているらしいヤムヤムに、タムタムは苦笑しつつも答える。
「まあ、シャナはあの歳だから、性的なことはないと思うけど……仲良くしていることは間違いないわね」
ヤムヤムも勢い込んでうなずく。
「ですよねー。機密情報だなんて、これまで兄上は言ったことがなかったのに」
「その通りよ。もし本当に機密なら、シャナにも見せてはいけないはずだわ。どうせ『遠隔拡大魔法』がどうとか、いくらでも言い訳は効くんでしょうけど……」
タムタムたちは王立研究所に併設されているカフェにいる。タムタムはコーヒーをミルクで割っており、ヤムヤムはジュースである。二人とも『擬態』しており、マラケシュの目もないため、今は無理に大人ぶる必要はない。
「でも、マラケシュにはアシモフ王国のこともありますし、あまり広まったらよろしくないんじゃないですか?」
ヤムヤムが疑問を呈する。アシモフ王国は、アッシャー王国の北に位置する王国である。アシモフとアッシャーは友好関係にあり、マラケシュはアシモフ王国の王女を許嫁にしているのだ。
「別にいいでしょ。そこは父上がうまくやるはずよ。シャナはうまくいっても第一の側室でしょうけど」
このあたりの国々では、偉い人が側室を持つことは一般的である。現国王マイケルも側室を持っており、第二王子マルクスは側室の子である。だからこそ後継者争いの原因もできているのだが。
「その場合でも、アシモフ王国の王女にうまく男が生まれなかったら、シャナが実権を握る展開もあるかもしれないし……うわーっ、シャナってどこまで行っちゃうんだろうな……」
「私たちが言うことでもないでしょ。少なくとも私はそろそろ相手が決まってもおかしくない年頃だし、ヤムヤムもどこかの王子の正妻にはなれるはずよ」
遠い目になってしまったヤムヤムをタムタムはなだめたのだが、そのときタムタムは、窓の外が騒がしいことに気づいた。
「あれ、何か言い争いかしら?」
タムタムがよく見ると、ある少年が数人の男に詰め寄られているようである。
「違う! そんなつもりはなかったんだ! 僕はロマノフさんの奥さんを口説いたつもりはない! ただ話をしていただけだ!」
少年が弁解しているが、男たちは構わず距離を詰めてくる。
「あ? 何を言い訳をしているんだ? お前のあのときの表情には、下心しか見えなかったんだよ! ちょっと世の中の厳しさをわかってもらおうか! ほら、やっちまえ!」
ロマノフとおぼしき男は聞く耳を持たず、他の男たちに命令すると、少年は肩と胸に棍棒を振り下ろされた。
「ぐっ!」
「どうだ? 痛いだろう? これでもまだ謝る気はないのか? それ相応の対価を払うまでは、俺たちはいつまでもやれるんだがな?」
ロマノフはにやにや笑って少年をいたぶっている。ここでタムタムは立ち上がった。
「ちょっと様子を見てくるわ。ヤムヤムはここで待ってなさい」
タムタムは店を出ると、男たちに話しかけた。
「ちょっとあなたたち、何をやっているの? むやみに人から金を巻き上げるのは、法律で禁止されているのよ。そもそも王立研究所の前でやろうなんていい度胸ね。やめた方がいいわよ?」
ロマノフたちは一斉にタムタムの方を振り向いた。
「はあ? どこの小娘だあ、お前!? これは俺たちとこいつの問題なんだよ! 部外者がケチをつけるなや!」
ロマノフは唾を飛ばしてまくし立てたが、タムタムは構わず一歩前に出た。
「いいから彼から離れなさい。でないと実力を行使するわよ」
ロマノフは不敵に笑った。
「おっ、やる気か? それなら仕方ない。やってしまえ!」
ロマノフの指示で、男たちのうちの三人が、棍棒を振り上げて一斉に襲いかかってきた。
「……『小突風』」
だが、男たちの棍棒は揃って彼らの手を離れて浮き上がり、驚いた男たちの頭の上に直撃した。男たちが次々と気を失って倒れる。
「しまった、あいつ魔法がなかなかできるぞ! サックス、近づくな! 遠くから狙え!」
残り二人になってしまったロマノフは戦法を変更したようで、そしてサックスと呼ばれた男は大きく右手を振りかぶると、火球を二発放出した。それでもタムタムは全く慌てない。
「あら、その程度かしら?」
タムタムはすぐさま右手から水球を飛ばして火球を相殺すると、同時に左手から火球をサックスに飛ばした。サックスは反応できず、吹っ飛ばされて気絶した。
「さて、まだやるの?」
「ひっ!」
タムタムがさらに一歩前に出ると、ロマノフは震え上がり、一目散に逃げ出した。タムタムはあえて追わず、そのまま少年に向き直った。
「危ないところだったわね。顔つきからして、あなたはこのあたりの人ではないようだけとど……どうせ路地裏にでも入ったのでしょう? あのあたりは反社会的組織の巣窟だからね。むやみに近づかない方がいいわ。とりあえず治癒魔法をかけとくから……」
タムタムが手をひと振りすると、少年の棍棒の傷はみるみるうちに元通りになった。
「はい、ありがとうございます!」
少年はぱっと顔を輝かせて、そして続けた。
「あの、もしよかったら、お名前だけでも聞かせていただけませんか? あんなにうまく魔法を使う人は、僕はほとんど見たことがなくて……」
だが、タムタムは曖昧に笑ってごまかした。
「通りすがりの通行人よ。じゃあね」
タムタムは再びカフェへ戻っていった。
第一王女タムタム 六野みさお @rikunomisao
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