サンタクロースの存在証明

初手えあぷ

サンタクロースの存在証明

 冬もいよいよその厳しさに拍車をかける今日この頃。

 ここ二日間にかけて行われた気が遠くなるような激務に心身を苛まれていた僕はひどく疲弊しきっていたため、静けさを求めて閑静な住宅街にある公園のベンチで一人ぼーっと呆けていた。

 呆けていた――のだが。

「トマトね、わかっちゃったんだ」

 いきなり、幼女に話しかけられた。

「……あ~、ええっと、どうしたのかな? お嬢ちゃん、迷子?」

 普段は体験しない事態に一瞬だけ動揺するも、職業柄子どもには慣れているのですぐさま気を取り直す。

 この辺りは昨今流行りの地方再生の煽りを受けどんどん開発が進み、大人ですら道に迷ってしまうほど入り組んだ道づくりとなっている。見た感じまだ五歳くらいの女の子が迷子になってしまうのも無理はないだろう。

「ちがうよ。トマトのおうちそこだもん」

 言って、幼女は青い屋根の一軒家を指さした。そこは公園の真正面にあり、何とも立派な庭をもつ二階建ての大きな家だった。

 次いで、幼女はもちもち柔らかそうな頬っぺたをぷくーっとタコのように膨らませ、唇をツンと尖らせる。

「むぅ。トマトをばかにしないで。トマトももうすぐ7さいになるんだから。しょーがくせーなんだから!」

「あ、はい。ごめんね……」

 年端もいかない子供に怒られた。怒られたので僕はぺこりと頭を下げてしっかりと謝罪する。もうすぐ三十歳になろうかというのに何をやっているんだろう……。

「いいよ。ゆるしたげる。あやまったらゆるすもんだってパパがいってたもん」

「随分と男気のあるパパさんだね……」

 そう言うと幼女は誇らしげに腰を逸らし、ふふんと嬉しそうに鼻を鳴らした。

 いまの僕の発言をすべてこの子が理解したとは思えないが、言葉の端々から何となく父親が褒められているのを察したのだろう。それだけでこんなにも得意げになるとは、どうやらこの子はパパ大好きっ子らしい。

 それで、そのパパ大好きっ子が一体僕に何の用なのだろうか? 分かったとか何とか言っていたけれど、この歳にして世間の厳しさでも知ってしまったのだろうか?

 そんな下らないことを考えていると、彼女はとててっと歩いてベンチに近づき、そのままポテンと僕の真横に座った。どうも僕を逃がすつもりはないらしい。

 しかし、家が近いとはいえ親も連れずに一人で公園に遊びに来た挙句、そこにいたおじさんに話しかけるとは幼いわりに豪胆な性格の子供である。将来は大物になりそうだ。

 ……ふむ。どうせやりたいこともないし、暇つぶしがてらこの子の話に付き合ってみるか。

「えっと、それでトマトちゃん。君は何が分かったんだい?」

 尋ねると、トマトちゃんはまん丸なおめめをきらっきらに輝かせた。

「すごい! どうしておじさんがトマトのおなまえ知ってるの⁉」

「お、おじっ……⁉ い、いや、そりゃ君からすればおじさんだろうけど」

 ストレートパンチをもろに食らい、僕の精神力がゴリゴリ削られる。子供の無垢な言葉がこんなにも破壊力を有しているとは……。

 というか、君の名前は他ならぬ君が教えてくれたんだけど……。まぁ、そこは別に気にしないでいいか。

「大人はなんでも知っているんだよ。それと、僕のことはおじさんじゃなくミカって呼んでほしいな」

「ほぇ~、なんでも知ってるんだぁ! おとなすごい! ミカすごい!」

 トマトちゃんはきゃっきゃと楽しそうに全身ではしゃぐ。その度に首に巻かれている赤いマフラーがひらひらと揺れた。

 うんうん。元気なことは良きこと哉。

 と、ほんわかしたのも束の間。次の瞬間、トマトちゃんのセリフによって僕は凍り付くことになった。

「じゃあさ、ミカ。ミカはどーやって赤ちゃんをつくるのかも知ってる?」

「ぶぐっふぅ⁉」

 肺にあった空気がぶわっと一気にすべて出た。

 呼吸が乱れたせいでゲホゲホとむせる僕を尻目に、トマトちゃんはむむっと小難しい顔をしながら地面に届いていない脚をプラプラさせる。

「トマトね、昨日のクリスマスに妹がほしかったんだ。でもパパとママがそれはムリって言うの。これからがんばるとか、じっかげつ? は待ちなさいとか、いみわかんないことばっか言うんだよ。何をがんばるのってきいても教えてくれないし、きっとトマトにいじわるしてるんだよ! トマトも妹が欲しいのにぃ!」

 もういい、もういいよトマトちゃん……。それ以上ご両親の情事を教えないで……。僕もう君の家をまともに直視できないよ……。

 夫婦仲が良さそうなのは何よりなことだけど、それを聞かされる側はたまったものではない。この話を早く打ち切るべく、僕は話をもとに戻すことにした。

「も、もうこの話はやめておこう! それより、トマトちゃんは一体何が分かったのかな?」

 トマトちゃんとこうして会話をしているのはこの子が話しかけてきたのがきっかけだ。しかし、その本題を僕はまだ知らない。

 齢七歳にして、一体この子はなにを「わかっちゃった」のだろう。

「うん。あのね、じつはね――」

 すると、トマトちゃんは周囲を気にするようにチラチラ目配せをして、近くに人がいないことを確認すると顔を寄せてきた。その表情は真剣そのもので、子供ながらに深刻そうな顔だった。

 内緒話、ということだろう。親御さんの情事まで聞いてしまって今さら何を隠す必要があるのかとも思うが、応じない理由もないので素直に目線の高さを合わせる。

 幼女とおじさんがベンチで顔を寄せ合っているという、端から見れば通報されかねない怪しげな光景だが、仕方ない。トマトちゃんの本気に答えることが優先だ。

 その大きな瞳に疲れ切った僕が映る。

 そしてトマトちゃんは若干舌足らずなその口で、ぽしょぽしょと最大限に声を絞って言った。

「あのね、サンタさんってね――トマトのパパだったの」

「ああ~…………」

 なるほど。

 確かにこれは、「わかっちゃった」だ。



 サンタクロースと聞けば、大方の人は赤服を着て白髭を生やしたプレゼント配り老人のことを想起するだろう。毎年十二月二十五日に現れては子供たちにプレゼントを届けるという聖人のような老人だ。

 だがしかし、サンタクロースを知っている人のほとんどは、こう思っていることだろう。

 「いや、サンタなんているわけないじゃん。あんなの父親がやってるに決まってる」と。

 うん。分かる。言いたいことは凄くよく分かる。「たまに母親もやってるよね」とか、そういう意見も分かる。長年生きてるとどうしても冷めた目で見てしまいがちだ。

 だから僕はその考えを否定するつもりはないし、「いいや世界には公認サンタクロースというものがあってだね……」と、どこで役立つのか不明な蘊蓄を並べ立てるようなこともしない。

 サンタクロースはいるかもしれないし、いないかもしれない。曖昧模糊でふわっとした主張だが、僕はこれでいいと思っている。

 ……でも、それでもどうか、サンタクロースを信じない人たちにこれだけは言わせてほしい。

 あなたはそんな現実を七歳の子供に伝えるのですか――と。



「う、あ、え~っと……」

 何と答えて良いのか分からない究極の難問に、ただ言葉を詰まらせる。

 というか、この永遠の問題に答えなんて存在しないだろう。解けたらノーベル賞を受賞できるレベルだ。もちろん受賞するのはノーベル平和賞。世のお父さんお母さんの最大の悩みが消えるのだから当然だ。

 いやしかし、これは参ったな……。

 どう返事をしてもバッドエンドに行く未来しか見えない。流石によそ様のお子さんに現実を打ち明けるわけにもいかないが、かといって下手なことを言えばすぐに嘘だと見破られてしまう。

もうこれは、この問題に対する完璧な答えをサンタにプレゼントしてもらうしかないんじゃないか……?

 と、僕が本末転倒なことを考えていると。

「どうしたのミカ? だいじょうぶ?」

 急に押し黙った僕を見て心配になったのか、トマトちゃんは紅葉みたいに小さい手でペチペチと僕のほっぺたを叩いてきた。

 そのため、僕はほっぺたを叩かれながら答える。

「あ、ああ。うん。大丈夫だから心配しないでいいよ」

「そう? ならよかったー! だいじょうぶならだいじょうぶだもんね!」

 にこぱっ! と、華やぐような笑みを浮かべるトマトちゃん。他人への気遣いをこの歳

で習得しているとは、本当に将来が楽しみな子である。

 ところが、将来有望な彼女の表情はいま再び暗いものへと変化してしまった。

「……トマトね、サンタさんはほんとーにいるんだってずっとおもってたんだ。パパもママもいるって言ってたし、トマトが書いたおてがみのへんじももらったし……。でもね、昨日のクリスマスでプレゼントをくれたのはパパだったの。だからサンタさんって、ほんとーはいないんだってわかっちゃった……」

 トマトちゃんは目を伏せてしょんぼりと項垂れてしまう。泣くことこそないが、クシャっと歪められたその顔は今に泣き出してもおかしくないほどだった。

 それぐらいショックだったのだろう。そりゃそうだ。子供からしてみればサンタクロースなんて夢そのもの。憧れの対象だ。それが空想の存在だと分かれば泣きたくなるのも無理はない。彼女が受けたダメージは相当なものだったろう。

 『サンタクロースはいない』

 その非情な現実に、この子はひどく悲しんでいるのだ。

「…………」

 僕はそっと静かに瞑目し、ふうっと浅く息を吐く。

 ひょんなことから始まった子供との関係だ。この子のことは名前くらいしか知らないし、話をしたのもこれが初めて。これまでの会話だって、暇つぶしとしか思っていない。

 正直、僕は彼女の悩みを放ったまま帰ったっていいのだ。

 でも、だからって、それはあまりにも――

「……ねぇ、トマトちゃん」

「うん? なぁに?」

 顔を上げたトマトちゃんの目にはうっすらと光るものがあり、鼻も赤らんでいた。

 今日は休日だ。もっと正確に言えばクリスマス翌日だ。普通ならば貰ったプレゼントで遊ぶなり何なりしている頃合いだろう。それが七歳の少女ともなれば尚更だ。

 だというのに、トマトちゃんは公園に一人で遊びに来ては見知らぬおじさんに話かけ、その身に余る大きな悩みを打ち明けている。

 これがどんな意味を持っているのかを察せないようでは、大人失格だ。

 だとしたら、僕がやるべきことはただ一つ。

「どうして君は、パパがサンタさんだって思ったの? よければミカに教えてくれないかな?」

 この子が見たものを、本物のサンタだと信じさせる。



 とはいったものの、「存在しないもの」あるいは「存在しないとされるもの」の存在証明をすることは究極的に難しい。いわゆる悪魔の証明というやつだ。

 はてさて、僕はいったい悪魔を相手にどこまでやれるのだろうか。

 トマトちゃんは僕からのいきなりのお願いに頭をこてんと横に倒し不思議そうにする。

しかし、嫌がることなく『パパはサンタ説』提唱の経緯を教えてくれた。

「えっとね、じつはトマト、サンタさんを見たわけじゃないんだ。ずっとねてたから」

「うぇっ⁉ そ、そうなの?」

 その意外過ぎる事実におどろいて、僕はついつい間抜けな声を出してしまった。

 そうなのか……。僕はてっきりサンタの格好をしてプレゼントを置く父親の姿を目撃したものだとばかり思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

 彼女が見たものをサンタだと信じさせるつもりだったのに、よもや何も見ていないとは。初っ端から計算が狂ってしまった。

 変な声を出した僕を面白がってけらけらと笑うトマトちゃん。彼女はひとしきり笑うと、話を再開した。

「トマト、きのうはまどをあけて寝たんだ」

「窓を開けて?」

 この真冬に?

「うん。だってサンタさんはえんとつから入ってくるでしょ? でも、トマトのおうちにはえんとつがないからサンタさんが入ってこれないと思って。おうちのカギもねるときはしまってるから、げんかんからも入れないし」

 なるほど。サンタの侵入経路を作るためにあえて窓を開けておいたのか。

 気が利くというか優しいというか、トマトちゃんの性格が表れた行動だ。いや、防犯的にはものすごく危険だし、季節的に見ても推奨される行動ではないんだけど。

 まぁ、そんな大人のつまらない考えは捨ておこう。トマトちゃんがサンタのことを思って窓を開けていたという事実が重要だ。

「ん? でも、それでどうしてパパがサンタさんだってことになるのかな?」

 窓が開いていたことは分かった。しかし、それと『パパはサンタ説』は全く結びつかないように思われるが……。

 尋ねると、トマトちゃんは少し躊躇うようなそぶりを見せた後、とても言いにくいそうに言葉を紡いだ。

「……トマトがおきたらね、まどがしまってたの。それにカギもかかってたんだ」

 ……そういうことか。

 それを聞き、僕はトマトちゃんが何故パパをサンタだと思ったのか分かった気がした。

 昨夜、あの青い屋根の一軒家に外部から侵入するには彼女の部屋の窓を使えばいい。入るのも出るのもそこを利用すれば簡単だ。

 だがしかし、寝るときには開いていたはずの窓は起きたら施錠までされて閉まっていた。、だ。そのためプレゼントを置いた犯人は内部の人間に限定される。

 そして、それを行えた人物とは――。

 ぽしょぽしょと、トマトちゃんは元気なさげに続ける。

「さいしょはパパがしめたのかなって思ったんだ。でも、パパはそんなの知らないって言うの。それよりプレゼントはどうだったかって、そればっかり。きのうママはおしごとでいなかったから、パパくらいしかトマトのへやのまどしめられるわけないのに……」

 それでこの子は理解してしまった。父親が自分に嘘をついてサンタの正体を気づかせないようにしているのだ、と。

 年齢によらず賢い子だ。七歳ならばこんな些細な相違点など気にも留めず、届けられたプレゼントに意識を奪われるのが普通だろうに。彼女の聡明さが、逆に彼女を追い詰めることになってしまっているのだ。

「そっかぁ……」

 僕はため息交じりに相づちを打つと同時に、思考をフル回転させた。

 さぁ、これで昨夜の出来事は知れた。後は僕がこれに適切な物語りをくっつけて『パパはサンタ説』が立証できないようにするだけだ。

 だが、生半可な噓偽りはこの子に通用しないだろう。

 例えばサンタは魔法を使って外からカギをかけたとか、実は窓を開けていたのはトマトちゃんの勘違いで最初からカギはかかっていたとか、そういう誤魔化しは看破されるに違いない。

 相手は幼い子供だからと舐めてかかれば痛い目を見るのはこちらだ。なにせ僕はサンタの存在証明という世紀の問題に取り掛かっているのである。下手をすればトマトちゃんの夢を奪うだけではなく、世界中の子供たちを泣かせることになる。ともすれば国際指名手配犯だ。ノーベル平和賞を狙うどころの騒ぎではない。

「ミカ……?」

 トマトちゃんはうるうると潤む瞳でじぃーっと僕を見る。

 おそらく彼女は僕に何も期待していないだろう。

 ただちょっと気まずいから家に居づらくて、近くの公園で時間を潰そうとしたら暇そうなおじさんが目についたから、これまた時間潰しにこの話をしただけに過ぎないのだ。

 彼女は僕に慰めてもらうことも、ましてや父親がサンタではないことの証明も僕がすることも望んではいないはずだ。これはただの暇つぶしで、嫌な現実からの逃避でしかないのだから。


「――大丈夫だよ。トマトちゃん」


 でも、それでも僕は、思う。

 大人びていると思っていたこの子の今にも泣いてしまいそうな幼げな顔を、笑顔にしてやりたいと――そう思うのだ。

「大丈夫だよ。心配しないで」

 トマトちゃんの頭にぽんと手を置き、細心の注意を払いつつ優しく撫でる。少しでも笑顔が増えればいいなと、そう願って。

「……うん」

 トマトちゃんはこくんと小さく頷いてその後は何も言わなかった。表情には相変わらず翳りがあったけど、心なしか頬がほころんでいるような気がした。

 微笑みでそれを受け止め、再び思考を巡らせる。

 やることはシンプルだ。

 『サンタクロースはいる』

 この前提を崩さずに、かつ、窓が閉められていたことに合理的な説明をつける。ただし、窓を閉めたのは父親ではないという条件付きで。

 これは簡単なようで意外と難しい。魔法とか超能力とかのファンタジー要素を用いれば速攻で片が付くが、それではダメだ。必要なのは現実的な解決なのだから。

 非現実的なサンタの証明に現実性を求めるとはいかにもパラドックスだが、理想を追うというのは元来こういうものだ。理想を現実でねじ伏せてこそ価値がある。

 そして、僕はトマトちゃんとのこれまでの会話を思い出す。

 窓の状態だったり、父親の行動だったり。どこかに見落としていたヒントが転がっているんじゃないかと期待を込めて。

 すると不意に、ある一つの考えが浮かんだ。今の今まで見落としていたヒントが浮き上がってきたのだ。

 否、正確にはこれは「思い出した」と表現すべきだろうか。

 ともかく僕は天啓にも似た気づきを得た。

 事態を収拾に向かわせ得る、事態の打破に近づき得る気づきを。

「――トマトちゃん」

 僕は名前を呼ぶ。

「なぁにミカ?」

 名前を呼ばれた彼女は顔を上げる。再びその大きな瞳に、今度は生気の宿った僕が映し出された。

 それを確認して、僕はゆっくりと噛んで含めるように言う。

「君のパパはサンタさんじゃないよ」

「え……?」

 トマトちゃんは目をぱちぱちと瞬かせる。言われたことの意味がうまく理解できないみたいだ。

 半ば反射的に彼女は反論する。

「でも、でもぉ……。だってカギはパパしかぁぁ……」

 何度も話をしていくうちにショックが大きくなったのか、最早泣き出す寸前までトマトちゃんの顔はぐしゃぐしゃになっていた。

 その弾みでとれかけていたマフラーを僕は綺麗に巻きつける。

「ううん。カギを閉めたのはパパじゃないんだ」

「うぇぇぇ……?」

 涙と嗚咽のせいでよく分からない返事をするトマトちゃん。ぽろぽろと落ちてくる涙をそっと拭って、僕は事件に幕を下ろす。

「窓のカギを閉めたのは――君のお姉ちゃんなんだよ」



「っはあぁぁぁぁぁ~…………。疲れたぁぁ~…………」

 風呂上り。ふっかふかのソファーに身を預けて情けない声を出しながら、僕はシャリシャリと程よく溶けたアイスを食べていた。

 うん。やっぱり冬に食べるアイスこそ至高だ。この溶け加減も最高。

 ここ最近は仕事で忙しく休める暇もなかったため、今みたいな休息はかなり久しぶりだ。クリスマスも無事に終わったし、年末年始はじっくり休むことにしよう。

 だらーっと液体のごとく体を伸ばしながら、シャリシャリはぐはぐとアイスを食べ進める。

 テレビでも点けようかと思ったが手元にリモコンがなく、どこにあるのかと探すのも億劫だったので、仕方なく頭を空っぽにして取り留めもないことを考えた。

 あー、正月どうしようかなー。実家に顔を見せに行かなきゃいけないけど、正直面倒くさいんだよなぁー。早く結婚しろって口うるさく言われるのも嫌だしなぁー。

 その後もふわふわと地に足のつかない考え事を繰り返していると、ふと公園で話していたあの子のことが思い浮かんだ。

 サンタクロースの存在を疑う七歳の女の子。

 僕はあの子に、ちゃんと夢を見させてあげられたのだろうか。

 あの後、いくばくかの言葉を交わすとトマトちゃんはひょいとベンチから降り、ばいばいと別れの言葉を告げて帰ってしまった。

 その時の彼女の表情は、喜びとも悲しみとも取れない不思議なものだった。

 納得してくれたのか、はたまた馬鹿馬鹿しいと呆れられたのか。今となってはその判断ももうつかない。

 でも、それでも僕は、未練がましく今日の出来事を振り返る。

 僕が立てた筋書きはこうだ。

 サンタクロースはトマトちゃんの部屋の窓から侵入しプレゼントを置く。

 そして、そのままカギをかけずに部屋の窓から外へ出る。

 すると当然、窓は開きっぱなしで朝を迎えることとなるだろう。これでは現実との整合性が取れず、結局サンタは存在しないことになってしまう。

 だから僕は、

 トマトちゃんに姉がいることは、私も妹が欲しいのにという彼女の発言から読み取れた。このセリフは自分自信に姉がいなければまずしないだろうからだ。

 彼女に姉がいるのならば、窓を閉めた犯人をその子にしてしまえばいい。そうすればサンタは存在し、なおかつ父親も嘘をついていないことになる。

 かくして、トマトちゃんが抱えていた問題は解消されることとなった。

 まぁ、窓うんぬんの事情を彼女の姉に相談されたら全てご破算なのだが、一応口止めはしておいたし大丈夫だろう。

 と、その時。

 ピリリリ。ピリリリ。ピリリリ。

 スマートフォンがぶるぶると揺れ、着信を教えてくれた。

 画面に表示されたその名前を見て、僕は一瞬対応することに躊躇する。

 が、無視するわけにもいかないので、少しでも気持ちを落ち着けてから通話ボタンを押した。

「はい。もしもし」

『あ、もしもし。いやー、昨日は本当に助かりました! 娘たちも大喜びで、とても素敵なクリスマスになりました!』

 いかにも人の好さそうな電話相手の男はよほど機嫌がいいのか声を弾ませ、電話越しでも分かるくらいにぶんぶんとお辞儀をしていた。

 その素直さがどこかあの子を彷彿とさせ、僕は笑ってしまう。

「ふふっ。それはそれは、こちらとしても喜ばしいことです」

 耳をすませば、遠くの方から子供たちの甲高い笑い声が聞こえてくる。恐らく、男が先ほど言っていた娘たちのものだろう。姉妹仲良くきゃっきゃとはしゃいでいるらしい。

 たったそれだけで、僕は自分の行いは間違っていなかったのだと、そう思うことができた。作戦は上手く行ったのだ。

 男はなおもテンション高めに語る。

『私も妻がいないクリスマスは何分初めてでして、料理に飾り付けにといろいろ大変ではありましたが、最後は綺麗にまとまってくれました』

「成功したのなら何よりです。せっかくのクリスマスですし、お子さんには喜んでほしいですからね」

『ええ、もちろんですとも。それもこれも、全てです』

「いえいえ、娘さんが喜んだのはすべて父親であるあなたの頑張りがあったからですよ。私はプレゼントを届けただけですから」

『――えっ? サンタさん?』

 突然、聞きなじみのある声が聞こえた。

『わっ! こら、ダメじゃないか。電話中はあっちで遊んでなさいって言ったでしょ!』

『いいじゃん! 気になるんだもん!』

 舌足らずなその口で、体をいっぱい使って大好きなパパに反抗するあの子の姿が見えたような気がした。

『それより、パパ、いまサンタさんとおはなししてるの? ほんと? ほんとのサンタ

さん?』

『えっ、ああ、いや、これはその……』

 娘からの質問に男はもごもごと口を噤む。

 そりゃそうだ。否定したら夢を壊すことになるし、肯定したらしたで面倒な事態に発展すること請け合いなのだから。

 と、他人事のように言っているが僕とて部外者ではない。なにせ僕のミスであの子は今日、見知らぬおじさんに話しかける羽目になったのだから。

 あの子が風邪をひいてしまわないよう窓を閉めたことまではよかった。けれど、のは僕のミスだ。

 ――ごめんね。来年はきっとうまくやるから。だから君も、ずっとそのままの良い子でいてね。

 心の底からそう願いつつ、僕は一日遅れの魔法の言葉を彼女へ送った。

「メリークリスマス」


                                          了

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サンタクロースの存在証明 初手えあぷ @shoteeapu

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