18話 快速電車と、大陸横断鉄道

 一泊分の荷物を黒無地リュックに詰め込んで、お出かけだ。

 要は修学旅行などの簡易版である。実質ただの一泊旅行。研修という名目だから、少々テーマが固い提出物なども求められているが、旅行のついでにやるって感じ。ご時世的に延期が続いていたが、タイミングが良いか悪いか、今期は決行となったようだ。


 心神喪失状態で入院中だった堂上らも、このタイミングで復帰だ。肉体的なダメージについてはあの場で即時回復していたそうなので、大したことはなかったそうだ。

 そんな復帰日当日の堂上が、今日もしっかり堂上やっている。


「楽しみだぁっーーー」


 大型ターミナル駅構内である。

 普通快速寝台などなど、地域と各地を結ぶ発着終着駅であり、一日の利用者数が十万人近く。大型ショッピング施設から飲食店、有名家電店、大型書店、ファッションもろもろ取り揃え、周辺もオフィス街、繁華街、二郎系ラーメン、大学高校各種と広がっており、ここらでは最大規模の大型駅だ。

 朝から晩まで、文字通り人が途絶えることのない、駅構内で堂上の奇声が響く。

 大量の市井の人々が行き交うなか、大人数の高校生が制服姿で待機中のなか、一人だけ小中高生メンタリティの堂上が声をあげている。

 周りからの羞恥心と嫌悪感を露骨にアピってくる視線と、周囲の駅利用客からの好奇と迷惑そうなそれを受け止める。


「あのお方は、羞恥心というものが存在しないのですね」

 ネージュが正直な感想を口にしている。正直同感だった。同感ではあるが、指摘はする。

「そんなことはない。高ぶるモチベを口に出したいという欲求が、羞恥心を上回っているだけ」

「いずれ犯罪者になりそうなメンタリティですわねー」

「てめぇがいうなよ」

 レオーネが明後日の方を見ながら、突っ込んでいる。


 基本的に電車移動はクラス単位で行うわけだが、俺とレオーネはネージュの監視役ということもあり、三人行動になっていた。

 宿泊研修特別補佐委員会なるものが急遽立ち上げられ、俺ら三人が任命される格好だった。

 生徒の自主性を高めるために教師が担当する一部業務を生徒に任せるという建前によって立ち上げが決まったそうだ。大向井による論理的なゴリ押しがあったそうだ。ちなみに今回のことについては、魔法は使っていないとのこと。過去にはまちがいなくヤっている発言だが、聞き流す。


 俺らの主な仕事は生徒の先導、気分悪くなった際の補助、報告、落とし物、忘れ物、最終チェック、周囲の一般利用客への配慮などなど。クソ雑用係を引き受けることで、ある程度の自由が約束された身分というわけだ。

 なので今こそ、堂上のところへ注意しにいく場面ではあるのだが、あれぐらいは堂上の通常営業なので、まだ待機かな。


「それにしても。このような体勢を敷かれるということは、わたくし未だに信用されておりませんね」

 少し力なく、可憐なお嬢様トーンのネージュ。心がほだかされているが、極力見ない振りをする。

「当たり前だろ、おまえがやっていることは作戦失敗に直結する。全部が終わるまで信用信頼なんてねえよ」

 顔を合わせることをせず、レオーネが毒づく。

 ネージュはそんなレオーネの横顔を見つめながら、小さく微笑んでいる。

「すべてが終わったあとなら信用信頼してくださいますか、レオーネ」

「全部終わるまでおとなしくしていたらな」

「精進します。ところで」

 ネージュの視線が騒ぎまくっている堂上一味のほうへ向く。

「我々の立場上、そろそろ一声かけるべきではないでしょうか。はい、特別扱いされている以上、仕事はすべきという判断です」

 まじめなネージュに引き連れられ、堂上の前まで到着。

「おっ!! 親友じゃん久しぶり? どしたのっ!!」

 周囲360度から迷惑そうな視線が飛んでいるが、堂上がくじけることはない。自覚することもない。仮に自覚したとしても、数秒で気持ちを切り替えてしまう。異常ポジティブシンキング男なのだ。

 ネージュがしゃがみこみ、堂上少年と視線を合わせる。しゃがみこんだ際にスカートがまくれないように、さっと押さえていた。いいね。

「堂上君。お喋りしたい気持ちはご理解します」

「だよねっ!! 楽しいもんなっ!!」

「ですが、少しだけ周りをみてもらってもよろしいですか」

 堂上周囲360度確認。嫌悪感などなどの視線が飛んでいる。

「? なんで皆、怒っているの?」

 そこからかよっ! と俺なら突っ込んでいたが、ネージュは違った。

 微笑むと、そうそう、と肯定するようにうなづいた。

「堂上君。たまに、声大きいっていわれること、ありませんか」

 ありませんか、と疑問形の台詞ではあるが、ありますよね、と語感にはこもっていた。

 堂上はビックリしながらも嬉しそうだ。

「当たっているっ!!? よくいわれるよっ!! なんで! エスパー!!?」

「推理でも魔法でもありません。ただ堂上君の言動からの予測です」

「よそく」

「はい。ということで、お喋りするな、とはいいません。楽しいですからね、久しぶりですし。でもだからこそ、気持ち小さな声でお喋りしてください。興奮しても声をあげないこと。我慢してください。せっかくこうして旅行みたいな研修いけているんです。来年再来年もいきたいですよね?」

「いきたいよっ!!」

「でしたら、少し声のボリュームさげましょう。それが来年再来年につながります」」

「わかった!! 静かにするねっ!!」

「堂上君。静かにしてください」

「ハイ」

 そうして暴走お喋りマシーンの堂上を鎮静化させることに、見事成功した。周囲からは感嘆の声があがっている。


 ネージュはこのように、仕事はきちんとやれる。周囲に目配せもしている。ネージュの態度に四苦八苦してそれ以外のことへ全く回りが見えてない某レオーネ嬢よりも、きちんと動けている。


 それでも油断はしてはいけない。俺の心はすでに7割ぐらいはネージュを受け入れている。それでも残り3割に奮闘してもらおう。



 発車時刻15分前になったので移動開始。特に混乱なく、駅ホームへ到着。

 おおよそ100人前後の生徒が一般利用客と共に群れることになるので、順番に車両へ収まっていく。


 大向井教師らも、感染予防などに気を使いながら監視先導などで忙しそうだ。

 最後方からアホなことをする輩を監視するだけの仕事であるが、先頭であせくせしている教師らの目が行き届きにくいところではある。万が一財布を線路に落としたりしたら、勝手に取りにいこうとするアホもいるかもしれない。そこまでのバカに構っている暇はないとするならば、意外と理にかなっているかもしれない。選ばれた生徒が教師に忠実であるなら、実に正解だ。


 俺らは生徒全体の監視監督役という立ち位置なので、乗り込むのは最後だ。堂上みたいな堂上行為をしているのは堂上ぐらいなので、特に問題なく生徒らは車両へ乗り込んでいく。

「精力的だな」

 スズモトだった。ずいぶん懐かしい顔だ。

 俺はネージュとレオーネに目配せして、少し離れる。

「大丈夫か」

「信用信頼している奴らだから少しぐらいサボっても大丈夫だろ」


 適当に話しながら、ホームの端っこへ向かっていた。気持ち吹き込んでくる風が強くなり、ホームに待つ人もいなくなる。

「仕事だからな」

「相変わらず」

 スズモトらとはそういえば、接点が減っていたかもしれない。お見舞いは行ったし、普段から会話もするが、以前のような危険行為の誘い誘われはなかった。

 記憶操作も行われているらしいので、あまりふれないことが賢明だろう、とのことだ。


「お前は、大丈夫か」

 スズモトからそんな声がかかる。ドキっと心が鳴るが、そういう感情を顔に出すことはない。

「なにがだよ? 大丈夫なのか気になるのはお前らの方だろ、入院明けなんだから」

「だよな。でもなんか違和感っていうか。いやおれらがやらかして、お前は止めてくれたはずなんだけど。だからお前は無事で、俺らが入院で。それで確かなはずなんだけど。なんかね」

「なんだよ」

「あのときさ、なんかお前にも、あったかもしれないって思って」

 土壇場での度胸やら、こういう場面での勘の良さ。こいつもあんがい主人公補正がきいているのかもしれない。

「大丈夫だから。自分の心配しておけよ?」

「記憶はあれなんだけど、感覚が違和感を訴える感じ」

「分かったから。気になるなら旅館で恋バナでもしてやるよ。わかった? おk?」

 スズモトが俺の顔を正面から見つめている。

 俺も見返す。

 この程度のやりとりで化けの皮を剥がすことはない。レオーネやネージュ、大向井とやり取りしているのだ。

 数秒のことだった。

 スズモトはすぐに根負けしたように首を振る。

「でもいいや。おまえも堂上も賀川さんも、みんな元気だし。じゃな旅館でな」

 電車に乗り込んでいく友達を見送る。

 記憶操作は完璧なのだろう。それゆえ、違和感を覚えていることだ。

 友達に嘘をつくことは嫌なことだ。でも守るために必要なことだ。しょうがない。


 さきほどまで、3人で集まっていた辺りに戻る。

 緊張感に襲われる。


 レオーネが。

 ネージュがいない。

 もう乗り込んでしまったのだろうか。


 まだ発車予定時刻まで5分以上ある。電車内待機からいきなり外に出てきて遊ぶ出す少年心の高校生がいる可能性もあるので、俺らの乗車予定は1分を切ってからの予定だった。


 なのに、二人とも、どこにも見あたらない。

 心が早鐘を打つ。体中から発汗が止まらない。焦る焦るな焦る焦るな。

 少しでも心を許していた自分を恥じる。

 あいつは。やっぱり。

 やるべきことをなすためなら。

 目の前にあるすべてをひっくり返してしまえる。サイコパスだった。

 冷や汗が止まらない。


 電車の発車まで、もう数分を切っていた。

 トイレ、なのか。乗り込む予定の車内にもやはりいなかった。どこいった。トイレワンチャンなのか。本当にこのタイミングでそれなのか。二人でトイレに行くのか。

 大向井に知らせるべきだった。自分でなんとかしようとしてしまった。自分のミスを認めるようなことをしたくなかった。ホウレンソウすべきだった。

 やらかした。


 電車の汽笛が鳴った。

 体を緊張させる。

 反対車線の電車だった。海沿いの街へ行ってしまう快速電車。

 自動扉がしまっていく。ゆっくりと電車が動き出す。

 思わずその電車を目で追っていた。

 俺の直感はよくあたる。これも勇者のパッシブスキルの影響かもしれない。


 流れていく車窓の一つ。

 見慣れた女子が二人並んで座っていた。

 微笑むネージュ。

 鬼の形相のレオーネ。


 俺は先頭車両へ向って駆けだしていた。

「やられたぞっ」

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