16話 信用信頼を得るまで。失うまで。

 ネージュの転生覚醒日当日になった。

 名前を教えてくれなかった同級生女子が、学校椅子に座っている。

 以前同様うとうと中。大向井の魔法で意識混濁状態になっているそうだ。転生の失敗要素をなくすための措置とのことだ。


 日本における転生対象者が、転生を拒否していた場合などは、精神の対立やら、意識の衝突やらがが起きてしまうそうだ。

 異世界からの魂が定着できない可能性もあるらしい。

 転生対象者とは事前にヒアリングを行い、意思確認をとる。土壇場で反故されてしまう可能性を限りなくゼロまで落とすそうだ。


 今回の同級生女子については大丈夫だと判断された。

 このルーティンは今後も行うそうだ。

「現状はとても幸運が続ています。しかし毎回協力的な状況が素直に続くことはありえません」

 とのことだ。いつか必ず来るであろう、そのときために、ということらしい。


 ちなみに今回のようにゆるい魔法を使うだけでは、ほとんど魔物が地球に受肉してくることはないそうだ。

 確率の問題になってしまうそうだが、限りなくゼロに近い確率とのことだ。


 魔力、状況、異世界との状況の酷似、などのある程度の条件や状況がそろわないと、基本的には受肉できないそうだ。

 過剰に魔力を放出するなど、意図的に魔物の受肉を促すことをすれば話は別だが、煙草の火をつける程度の火力を発生させるだけであるなら、魔物が受肉することはほぼない。

 先日の深夜の学校でのケースだと、俺の魔力という最大限の餌があり、深夜の学び舎という状況、異世界との状況についても学び舎という関連性などが重なり、受肉となったそうだ。

 結局は状況と魔力が重要であり、あのときは俺が主要因とのことだった。


「結局は確率の問題になります。レオーネのときは、まさしく受肉させるための儀式、魔術的な状況装置が、偶発的に、綺麗に積みあがって、受肉となりました。君がもっとも大きな要素ではありますが。なのでそういう状況をきちんと省けば、魔法を使用しても、あまり魔物を呼びよせることはありません。ただ運が悪ければ、きます。なので日頃とか徳を積んでください。もしかしたら効果あります」

 とのことだった。運ゲー?



 ネージュたっての希望で、関係者全員が、深夜の3階教室に集まっていた。

 実際の希望はレオーネのみであろうが、レオーネが来る以上は、俺らがくっついてくることは必然だった。

 レオーネも特に反抗することなく、この場に来ていた。

 呼ばれなければついてこなかっただろうが、呼ばれた以上は逃げたくないというメンタリティが強く作用してしまうのだろう。

 大向井はいつもの難しい顔のまま腕時計とにらめっこ。こいつは特に難しくない瞬間でも難しい顔になっている。

 もしくはすでに大向井にとって、人生が、難しくない瞬間が存在しないのかもしれない。しんどいね。


「時間です」

 先週同様、大向井の気難しい声がかかった。


 名前を教えてくれなかった同級生が、一瞬首をダランと垂らす。

 数秒間、停止。

 それからゆっくりと、顔があがっていく。


 そこにあった表情は、あのときのどこか勝気そうで、なのに自信なさげな同級生の顔ではなく。

 お嬢様として幼少期から圧倒的な自己肯定を続けてきたことを妄想させてくれる、優雅な表情をたたえたネージュが、そこにいた。


「皆さま。改めまして、ネージュ・フルール。本日、この世界に完全に転生いたしました。今後とも勇者消滅作戦の一端を担いし者として、よろしくお願い致します」


 殊勝な態度だ。丁重な言葉遣い。きちんと頭もさげている。信じてしまいたくなる態度。

 でもこれらを素直に受け取るほど、俺も大向井も、そしてもちろんレオーネもお人よしではない。

 顔をあげたネージュが、俺らを見回す。少しだけ顔から力が抜けていた。

「あまり歓迎はされていないようですね」

「少しでも歓迎されたいなら、少しは自分の言動を見直すことね」

「確かにわたくしはレオーネに酷いことをしました。自らの欲求を満たすために」

「あんまし喋るなよ。お前が口をひらくたびにダメージ喰らっているのはあたしだから」


「しかしっ」

 予想外に強く、感情的な語調に、俺は少し肩をこわばらせてしまった。

 レオーネも口をつぐんでいる。


 ネージュが真っすぐに、レオーネ、俺、大向井と、視線を向ける。

「こうして完全に転生した以上、勇者消滅作戦の駒として、真っ当に行動する意思に、嘘偽りはありません。失った信用をもう1度、1から、いえゼロからきちんと掴んでいきたいのです」


 少し上ずった声でそういうと、ネージュは深く頭を垂れた。

 後頭部がみえてしまうほど、深く深く。

 過剰ともとれるほど、深く頭をさげる。


 そのまま10秒ほど、頭は下がったままだった。

 そして顔が上がったときには、両目に涙が滲んでいた。頬も紅く染まっている。


 できすぎだ、やりすぎだ、作為的だ、と思う俺は確かにいた。

 でもしかし、これはもしかしたら真っ当になろうとしているのでは? と思ってしまう俺も、少なからず、いた。

 俺はお人よしかもしれない。


「分かっております。どんな言葉や、どんな態度を示しても、簡単に信用を得ることはできない。だからこそ、わたくしは今日から精一杯、全力であなた方の信用信頼を得るために、行動します。いつか、信用信頼してもらうために、わたくしは行動します。ですから。どうか、今は、ここにいさせてくださいませ」


 再び頭が深く、深く下げられる。

 声も態度も涙も。


 ネージュから発せられるリアクションのすべてが、あまりに誠意に満ちていた。満ちているようにみえてしまった。

 反省している、後悔している、認められたい。

 そんな想いを感じてしまう。


 俺は正直、もうこの様子なら大丈夫かもしれない、そんな風に感じてしまっていた。

 やはりお人よしのようだ。気を付けないといけない。

 大向井はいつもの難しい顔を固持しているから判断のしようがなかったが。


 レオーネは違った。


 腕を組み続けるレオーネ。

 ネージュに対しての警戒を一切解いていない態度だった。

 ネージュをほだてる言葉をかけるわけでもなく、今後の転生日程についてや、俺の魔法トレーニングについての打ち合わせなどの事務的な言葉のやりとりに終始していた。


 そんなレオーネをみて、俺は心を引き締める。

 油断してはいけない。ネージュのことだから信頼信用を得るために、なんでもやるのだ。目的を成すためなら、なんでもするのだ。

 それを今一度頭に叩き込んだ。

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